81話 変わる心②
「……くん。……吾くん。健吾君!」
「……はっ!?」
京のことがあまりにもショックで茫然自失となっていた俺は、誰かに体を揺さぶられながら名前を呼ばれ、ようやく我に返ったんだ。そして、声がした方を向くとそこには
「……都さん」
都さん―京の母さん―が俺の肩に手を置いて揺らしていてくれていた。都さんの姿を見た俺は、思わず都さんの名前を呟いた後、
「都さん、その……。京のあれは……冗談じゃ……ないんですよね?」
俺を脅かすためのドッキリでしたと言われることに一縷の望みをかけて、何とか言葉にしたんだが、言い終わる前に都さんの反応を見て冗談じゃないと悟った俺は、確認をするような言い方になっていた。そして、都さんの答えも俺が予想した通り、
「えぇ、その通りよ」
肯定の言葉が返ってきたんだ。否定したかった現実を突きつけられて、再び目の前が真っ白になりかけたんだが、何とか持ちこたえたんだ。そして、どうしてこうなったのか聞くために口を開こうとしたところで、
「あの……、お母さん。この人はお母さんの知り合い……ですか……?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたんだ。
「は……?」
思わず抜けた声を出しながら声が聞こえた方に振り返ると、未だにシーツを手繰り寄せたままの京が恐る恐るといった感じに俺たちの方を見ていたんだ。
「……都さんのことはわかるのか?」
明らかに俺だけが警戒されている状況に、俺は京にそう尋ねると、
「私のお母さんですから。わかりますよ?」
京になぜそのような確認を?という意味を含んだ返事をもらってしまった。何で俺のことは忘れているのに、都さんのことは覚えているんだ……?
頭の中で処理が追いつかず、京を軽く指さし、口をパクパクとさせながら都さんの方に視線を向けていると、
「健吾君も今の状況がわかってきたみたいだね」
いつの間にか部屋に入っていた丘神さんに声を掛けられたんだ。そして、丘神さんの方を向くと、
「それでは、京ちゃんが今どうなっているのかについて改めて説明するから、ついてきてくれないか」
そう丘神さんに促され、俺たちは一度京の病室から出たのであった。
…………
……
「それで、京は今どんな状態なんですか?俺のことは覚えていないのに、都さんのことは覚えているみたいだったし……」
空いている部屋に連れてこられたまではいいのだが、その後中々話そうとしない丘神さんに痺れを切らした俺は丘神さんに問いかけたんだ。すると、
「あぁ、すまないけど、もう少し待ってもらえるかな?もう着くと思うんだけど……」
丘神さんは俺に向かってそう言った後、扉の方を見ていたんだ。もう着くということは誰かを呼んでいるのか?そう思いながら俺も丘神さんが見ている扉の方を見ると、丁度扉が開かれ、
「すまん。遅くなってしもうた」
篠宮さんたちをつれた丘神が入ってきたのであった。
……
「さて、みんな揃ったことだし、改めて説明させてもらうね」
俺たち全員の姿を確認した丘神さんはそう切り出してきた。俺が気を失っている間に俺以外のメンバーにはすでに説明されていると思っていた俺は、ちらりとみんなの方を見ると、それに気づいた篠宮さんが、
「特殊な記憶喪失だということだけは教えてもらっていたけど、詳しくは中山君が起きてから話すって言って教えてくれなかったのよ」
と小声で教えてくれたんだ。俺のために説明をするのを待っていてくれたのか……。心の中で丘神さんに感謝しつつ、丘神さんの方に視線を戻すと、
「勇輝や小野君たちには話した通り、京ちゃんの記憶喪失は普通の記憶喪失とは少し違うんだ。それは健吾君もわかったよね?」
丁度説明し始めた丘神さんが俺の方を向いてそう言ってきたから俺は頷いて返したんだ。俺の頷きに対して丘神さんも頷いてから、
「うん。それじゃあ、何が違うのかというと京ちゃんは局所的に記憶を失っている状態なんだ。だから君たちのことは忘れてしまっているけれど、私や京ちゃんのお母さんの都さんのことは覚えている。この忘れられてしまった人と忘れられていない人に何の違いがあるのかわかるかい?」
改めて京の現状について軽く説明した後、俺たちにそう問いかけてきたんだ。俺たち側は全員忘れられているんだよな?で、丘神さんと都さんは忘れられていない……と。ふむ……。
年……はさすがにないか。仲の良さ……でもないな。それだったら都さんも忘れられているはず。
色々と思いついてはそれを否定し、京の記憶喪失の原因を特定出来ないでいると、
「さすがにこれだけじゃ難しいかな?そうだねぇ。御家族や君たち以外のクラスメイトのことも忘れていないと思うよ。でも、この場にはいない村居君のことは忘れているだろう」
丘神さんがさらにヒントをくれたんだ。クラスメイトは問題なくて、村居さんのことは忘れている……。何が共通しているしてるんだ……?人……、場所……。ん?場所か!!
ようやく原因がわかった俺は、いつの間にか下がっていた頭を上げたんだ。すると、
「みんなわかったみたいだね。みんなが予想した通り、京ちゃんはあの事件のことに関係していることを全て忘れてしまっている状態なんだ。精神的なショックによる一時的なものだとは思うけど、今は様子を見るしかないかな」
俺が最後だったみたいで、俺が顔をあげたのを確認した丘神さんがそう言ってきたんだ。やはりあれか……。でもどうして……。
記憶を失うほどのショックを受けた原因がわからなかった俺は呆然とたたずんでいると、
「恐らく京ちゃんはこう思っちゃったんじゃないかな。今回起きた事件は全て自分のせいだと、健吾君が怪我をしてしまった……いや、もしかしたら死んでしまったと思ったかもしれない。それも全て自分がいたから起きてしまったのではないか……と」
「そんなことあるはずが「そう。実際は違う」……っ!!」
丘神さんが推測なんだろうが、京の記憶を失った原因について説明をしてくれたんだが、そんなはずがないと俺は思わず声を荒げたのだが、途中で丘神さんに遮られてしまい、俺は唇を噛むことしか出来なかった。
気勢をそがれてしまった俺はこれ以上何も言えず、丘神さんが次に言う言葉を待っていると、
「健吾君の言う通り、事実は違うよ。誰が悪いのかというと、あの事件の後に何故か自ら出頭してきたグループの子たちが悪いんだろう。でもね、大事なのはそれが事実かどうかではないんだ。京ちゃん自身がどう感じたのかが大事なんだ。この違いはわかるかい?」
丘神さんは俺に諭すように言ってきたんだ。俺個人の気持ちとしてはわかりたくはないが、言われていることに間違いがないことがわかった俺は
「はい……」
何とか絞るように声を出したんだ。俺の返事を聞いて、丘神さんは一つ頷いてから、
「そういうわけで、僕たち病院側はあの事件が原因で京ちゃんが今の状態になってしまったと考えている。だから、君たちにも苦労を掛けて申し訳ないんだけど、京ちゃんのフォローをしてあげてほしい。でも、あの事件に関することからは出来るだけ遠ざけてほしいんだ。あの事件に直接的に関わっている君たちに言っている時点で矛盾しているのは重々承知しているんだけど、お願い出来ないかな?」
俺たちにそう言ってきたんだ。
「あぁ、もちろんじゃ」
「えぇ。まっかせなさい!」
「せや。あんときはすぐに助けられへんかったからな。これくらいはさせてもらわなな」
「そうッスよ。ボクの出来る範囲にはなるッスけど……。とりあえず、今ここにいない村居さんにはボクから伝えておくッス」
そして、俺が答える前にほぼ全員が即答で返事をしていたんだ。その返事に安心したのであろう、丘神さんが軽く笑みを浮かべて頷いた後、俺の方を見てきたんだ。だから俺は
「もちろん俺も京のフォローはさせてもらいますよ」
丘神さんがしてくるように頷いて返したんだ。俺なりの意趣返しだったのだが、丘神さんには伝わったみたいで、丘神さんは苦笑していたんだ。そして、
「うん。お願いね。えっと、服部さんだったよね?君は……どうなのかな?」
唯一即答で返事をしなかった服部さんの方へと向いてそう問いかけていたんだ。そういえば服部さんは返事をしていなかったな……。断ることはないだろうが、どうしたんだろうか……。
俺も気になり、服部さんの方を向くと、服部さんはブツブツと何か独り言を言っているようだったんだ。丘神さんが話しかけても聞こえていなかったみたいで、未だに何か呟いていた。丘神さんは服部さんにどうやったら気づいてもらえるかわからず困った顔をしており、俺も服部さんに話しかけていいのか迷っていると、
「ちゃんと人の話はききなさいっ!」
と言いながら篠宮さんが服部さんの頭を叩いたんだ。篠宮さんの突然の行動に驚いたが、服部さんはその衝撃で我に返ったようで、
「……何をするんですか」
抗議の目を篠宮さんに向けていたんだ。だが、
「丘神先生があんたに話しかけてるんだから、ちゃんと返事をしなさい。で、優花は京のバックアップはするの?しないの?」
篠宮さんは手を腰に当てて、服部さんの抗議の目を気にすることなくそう服部さんに告げたんだ。それに対して、
「言われなくてもするつもりでしたよ。今はどのようにして京さんを刺激せずに早急に記憶を取り戻す方法について考えていたところです」
服部さんも当たり前のことを聞くなという風にそう返していた。いつになくやる気になっている服部さんに軽く驚いていると、篠宮さんも思ったのか、
「そりゃそうだろうけど……。いつになくやる気になってるわね?」
服部さんに聞いていたんだ。その質問に服部さんは
「京さんには出来るだけ早く元に戻ってほしいですから」
軽く微笑みながらそう言った後、
「京さんがこのままですと、京さんに敬語キャラを取られてしまって、私の影がさらに薄くなってしまいますし!」
軽く握りこぶしを作りながら服部さんはそんなことを言い出したのであった。
その言葉に俺たち全員ずっこけ、服部さんが篠宮さんに「敬語キャラとか言うな」と言いながらもう一度叩かれていたのは言わなくてもわかるだろうな、うん。
一応補足となりますが、京の母親の都も一緒に部屋を移動しています。
子供たちがやる気になっているところに水を差すわけにもいかないと静観しているだけです。




