第115話 路線は聞かない方向で……配信
幸い、誤解はすぐに解けた。
知り合いが居たからである。
「おや? あんたは確か、ススリアさんじゃなかったか?」
その知り合いとは、スピリッツ組合長。
冒険者組合の長として、『錬金術師大会』の時にお世話になった人物である。
彼は、連行されてきた私の顔を見るなり、連れて来た兵士に「この人は知り合いだから、俺が預かろう」と言ってくれたからである。
いやぁ~、困った時に頼れる知り合いがいるってのは、良いもんですなぁ~。こういう時、サッと解放して貰えるんだから。
権力って良いね! うん、偉い人と知り合っておいて、損はないというモノだ!
「それで……何があったとかは聞かないのか?」
「聞かない路線で行こうかな、と」
明らかに、なにかあったのは間違いない。そして、聞いて欲しいと思っている。
しかしながら、私はその手には乗らないぞ! そんな目で見てもダメ。
私はただ、タラタちゃんとアレイスターと、宝石展覧会に見に来ただけなのだから。
「聞いてくれないのなら仕方ない……こちらから話すしかないか」
「えっ、なにその超理論? 話さなくて良いって。こっちは関わりたくないんだから」
関わりたくないから聞かないのに、関わらせるために自ら話すって……。
それって、言っちゃ悪いけど詐欺師の手口だよ? こっちは別に関わるつもりはないんだから。
「実は……とんでもない悪人がこちらに来るという情報が入っているんだ」
「だから、別に聞いてないんだけど」
その後も、普通に話しかけて来るスピリッツ組合長の熱意に根負け……というか、勝手に話されるのだから仕方ないでしょ。これは。
どうやら、ここ最近、"怪盗めしどろぼう"というのが悪さをしているのだそうだ。
その怪盗は、立ち寄った先々でご飯のお供である佃煮を置いて行くのだそうだが、その佃煮を食べたが最後、何も食べない身体になってしまうのだそうだ。
話によれば、現在最長20日間以上何も食べていない人がいるらしく、当人は元気らしいのだが、周囲の人々は心配でしょうがない、との事。
「まぁ、確かに怖いですね。知らない間に、食べ物を必要としない魔物に改造されてるのかもしれないんですから」
「魔物----?! 確かに、こんなに長時間食事を一切必要としていないなんて、魔物の類に近いかもしれない……」
「ただのたとえ話、ですから」
それで、私達が拘束された理由だが、その怪盗めしどろぼうが、『歩きで入って来る』以外、特徴が何もないから、だそうだ。
「相手はどうやら変幻自在の人物らしく、姿を自由自在に変えることができる。男だったり、女だったり、果てはエルフや獣人といった風にな。
おまけに冒険者の一人が出入り口の前で逃げないようにしていたらしいのだが、まるで煙のように消えてしまったのだそうだ。ちなみに窓もない」
変幻自在に姿を化けられ、おまけに煙のように消える事から、冒険者組合では『怪盗』という呼び名をつけて、『怪盗めしどろぼう』という名前で捜査しているのだそうだ。
ちなみに歩きである事は確からしく、これまでの事件に使われた食べ物も、全員、歩きで入って来た旅人を装って置いているらしい。
それじゃあその謎の佃煮を食べないようにすればいいのではと思ったが、話はそう簡単には終わらないらしい。
話によると、佃煮といったのはあくまでも一例。
"旅人が食べ物を置いて行き、その食べ物を食べたら食欲が消えた"という事件は、各地で起こっているのだそうだ。
ある村では、佃煮。
ある村では、鶏のから揚げ。
ある村では、温泉卵。
ある村では、ソーセージ。
そっと、置かれた美味しそうなおかずを食べた者が、全員、食欲が消えるという事態に陥っており、冒険者組合だけではなく、一般の人にも何人か被害が出ているんだそうである。
「それで、食べた人は何か変化は?」
「食欲がない割には、健康……いや、むしろ絶好調なくらいだ。うちの冒険者なんか、ずっと薬草探しをしていたのに、今朝になって大きなロックホークを単騎で討伐してきたくらいだ」
ロックホークは、身体中に魔力を纏わせて岩のように硬くしている鳥型の魔物だ。
討伐すると舌でとろけるほど柔らかい極上のお肉として重宝されるが、断じて、ずっと薬草探しをしていた冒険者が急に討伐できるようになる魔物ではない。
「となると、食べた相手の強化もされているっていう事?」
「あぁ、そう見ているのだが……やはり変か?」
そりゃあ、食べた相手を動かなくするならまだしも、もっと健康にするってのは、犯行動機としては可笑しい気がするって言うか……。
「はい! 私からも質問して良いですか!」
「良いぞ、エルフっ娘! じゃんじゃん質問してくれ!」
タラタちゃんからの質問に、スピリッツ組合長は大丈夫と応えた。
「その……模倣犯という可能性はないんですか? 同じような効果の食べ物を置いているとか?」
「何故、そう考えた?」
「だって、姿が変幻自在なんでしょう? どうして、別人という可能性を考えないのですか?」
タラタちゃんのいう事も、最もだ。
『歩き』であり、『食欲を消す食べ物を置いて行く』という以外、生別すらも分かっていないのに、同一人物であるとする根拠が薄い気がするのだ。
「あぁ、それは犯行予告があるからだ」
「犯行予告……?」
「あぁ、誰かがその食べ物を食べると、次の日に領主の家……その村で一番地位が高い者の家に、手紙が届くんだそうだ。狙いすましたかのようなタイミングで」
『おめでとうございます! あなたは食欲を考えなくて済む、素晴らしい毎日が待っている事でしょう!
今後、あなたには幸福しか訪れません! 是非、その幸せを皆様にも感じて欲しいため、出来たら食べ物を他の皆さんにも勧めて欲しく思います!
いつまでも元気で、楽しい日々をお過ごしくださいませ! 怪盗めしどろぼう』
「誰かが食べ、次の日の朝に食欲がない事に気付いたタイミングで、狙いすましたかのように、そう言うのが来るのだ」
スピリッツ組合長が「不気味だろう?」という中、私とタラタちゃんの頭の中には1つの魔道具が思い浮かんでいた。
----魔道具【メッセージ・ポスト】。
送る相手が特定の行動を取ったのを確認すると、特定の場所に物体を届ける魔道具。
そう、それは錬金術師が作る魔道具の一種で、"錬金術師しか使えない"魔道具。
この事件の犯人は、錬金術師当人、もしくは関係者に錬金術師が居る事は間違いないのだ。




