本気の散歩
一度没にしようと思い長い事お蔵入りしていたお話です・・・。なので落ち無し。
「おや? イヴァンさんのその服装、久し振りに見ましたね。何処かにお出かけですか?」
放牧場でスレイプニルの世話をするイヴァンとザミラに、そう声を掛けたホルンは繁々とイヴァンを眺める。
王宮に来てからずっと官服を着ていたイヴァンだったが、今日は珍しく刺繍たっぷりの民族衣装に身を包んでいた。
「おーおはようホルン。最近全く運動出来てなくてな、イライラして来たからスレイプニルの遠乗りがてら本気の散歩に行こうかと思ってなー」
確かにイヴァンは背中に弓矢を担いでおり、それ以外にも、ザミラがせっせとイヴァンのポケットに何かを詰め込んでいる。
その様子を見るに、散歩がてら狩りでもしてくるつもりらしい。
そのままイヴァンは鞍もつけずにスレイプニルにひょいっと跨ると、その場でくるりとスレイプニルを一周歩かせ様子を見始めた。
「遠乗り良いですね。私も最近政務で鬱々としていたので、気分転換に同行しても良いですか? ザミラさんはー……ドレスを着ていると言う事はお留守番ですか?」
「今日はメルと街でお茶の予定。イヴァンに見つからない様にメルを連れ出すの大変なんだよねー」
そのイヴァン本人に、ザミラは同意を求めるようにねーと小首を傾げ、イヴァンも当たり前の様にねーと返事をする。
どうやらメルはイヴァンに内緒で行動しているつもりらしいが、しっかりとザミラがイヴァンに報告をしているらしい。
そんな二人のやり取りにホルンがくすくすと笑っていると、ふいにホルンの体が浮き上がり、気付けばスレイプニルに跨っていた。
「イヴァンさん、もしかして二人乗り……ですか? 一応私も一人で馬に乗れますが……」
「ホルンさんホルンさん」
ザミラは困惑するホルンの服をひっぱり軽く説明する。
「普通の馬はスレイプニルについて行けないから。それと【イヴァンの本気の散歩】だから、ね? 舌を噛まない様に気をつけてね。じゃあいってらっしゃーい」
「そっ――」
「おぉ、ちょっと行ってくる。今日中には戻って来るわー」
ザミラの意味深な言葉にホルンは何かを悟ったのか、口を開きかけたが一足遅く、イヴァンはいつものふんわりとした口調のまま、ありえない速度でスレイプニルを走らせ始めた。
「あーあ。イライラしてるイヴァンの本気散歩なんて私でも付いて行けないのに……。それに、ホルンさん裸馬乗った事無いだろうなー……。まぁ、さすがにイヴァンも手加減するよね?」
ザミラは引きつった笑顔で手を振っていたが、無意識に二人が消えた裏門に向かい合掌していた。
*
二人が王宮を出て四半刻。
二人は普通に考えておかしな速度でスレイプニルの居た森に到着した。
足取り軽く嬉しそうに辺りを駆け回るスレイプニルと、何事も無かった様にすたすたと歩くイヴァンの後方で、ホルンは女の子の様に足の間にお尻を落とし、ぺたりと地面に座り込んでいた。
「よくその座り方出来るな。ザミラが刺繍する時によくそうやって座ってたけど、俺は足が痛くて無理だったぞ? と言うか、スレイプニルの背中で擦れたんなら、その座り方痛くないか?」
「痛い、と言いますか、色々な衝撃を受け止め切れていないと言いますか……。あぁ……揺れない地面、好きですよぉ……」
そう言ってホルンはゆーーっくりと前に倒れ、ゆーーくりと地面を一体化していく。
ホルンが当分その場から動かないであろう事を理解したイヴァンは、ホルンの周りにどさどさと荷物を降ろし軽く準備運動を開始。
自身の隣で腕を回し足を伸ばすイヴァンを横目に見ていたホルンは、ザミラの言わんとしていた事を嫌と言う程理解した。
「そうですよねぇ……イヴァンさんが本気で動いたら官服なんてすぐ破けてしまいますよねぇ……。あぁ、私の事は気にせずイヴァンさんはお好きにはっちゃけて下さーい」
突っ伏したままひらひらと手を振るホルンの姿に、イヴァンは思わず吹き出しそうになった。
「なんだ今日のホルンは面白いな。官服はな、足は上がらないし腕も動かしにくいし、やっぱりザミラがこれでもかって位頑丈にゆったり遊びを持たせて作ったこの服じゃなきゃ、思いっきり動けないんだよな。じゃあちょっとその上に見える山菜摘んで来るから待っててくれー」
そうイヴァンが軽く指差す先は、以前ザミラが【見渡す限り山菜! イヴァンが居たら絶対喜んで採りに行くね! そしてそのまま何日も帰らない! 迷惑!】と言っていた場所。小川の向こう側の断崖絶壁の上だった。
ホルンがその光景にうっすらと現実逃避したくなると、イヴァンは数歩崖に近付き何度かぐっぐと屈伸する。そしてそのままの流れで思い切り跳躍して行った。
その跳躍力を見る限り、ああ見えて王宮内では加減していたんだなと改めて痛感させられた。
高地に住む鹿か何かの様に、一度何も無い壁に足を着いたかと思うと、そのまままた大きく跳躍し、あっという間にイヴァンは絶壁の上へ。
そしてそのまま不安定な崖っぷちにしゃがみ込み山菜摘みを開始する。
ホルンはその光景を上半身を起し眺めていたが、深く考える事は諦め、何故か大量に寄って来たリス達の相手をして時間を潰す事にした。
それ程経たずして、ホルンがリスまみれになった辺りでイヴァンが崖の上から降って来た。
「随分大量だな。何匹か捌くか?」
「いえ、大丈夫です……」
戻って早々リスを眺めながら不穏な発言をするイヴァンに、ザミラも本当は同じ事を思っていたんだろうなと苦笑いする
イヴァンは基本あまり表情は変わらないが、少しだけ残念そうに目を伏せた仕草はザミラそっくりだった。
繁々とホルンと自分によじ登ってくるリスを眺めていたイヴァンは、何事も無かったかの様に採って来た山菜をホルンの隣に放置していた袋に詰め込んで行く。
「以前ザミラさんが軽々狼やら兎やらを獲ってましたが、イヴァンさんは採取担当なんですか? やはり静の母神――えっと、イヴァンさん? イヴァンさんが歩いた所だけ、猛烈に草が育ってますよ?」
その場に座り直しつつ山菜の袋に視線を落としていたホルンだったが、ふとイヴァンの足元とイヴァンが歩いた場所だけ草が盛り上っているのに気付いた。
ホルンの指摘にイヴァンは軽く笑い、猛烈に足元に生えて来た山菜らしき物を何本か摘み、袋に投げ入れる。
「ここ最近な、ザミラも俺も気分が良いと力が制御しきれないんだよ。ザミラもよく王宮の裏で狼達に押し倒されてるだろ? そんな感じかな。まぁザミラは人付き合いが上手いから、近衛兵達がすぐ助けに入るけどな」
ホルンの隣に肩膝を立てて座っていたイヴァンは、からからと楽しそうに笑うと、そのまま何の説明も無く空に向かって矢を一本射る。
それにつられてホルンが射った先を見上げると、ひゅるひゅるとそれなりの大きさの鳥が一羽、ホルンの膝の上に落ちて来た。
「ザミラより狩りも採取も得意だよ。俺達は今のレオより小さい頃からもう二人だけだったから、俺が死に物狂いで狩りしてる間、あいつは死に物狂いで家の事をしてたからな。そのお陰であいつの家事能力はおかしいぞ? 結婚相手が貴族や王族じゃ無かったら花嫁修業何て要らなかっただろうなー。まぁ、まだ結婚してないけど、な」
イヴァンは上機嫌のままホルンの膝から鳥を持ち上げると、矢を抜き首に紐をくくりつけると、そのままぽいっと小川に放り投げる。
獲った鳥を冷ましつつ血抜きをしている様だが、イヴァンは全て同時に、全てを片手間にひょうひょうと行っている様に見え、ホルンには先程の話の内容がにわかに信じられなかった。
「何でも器用にそつ無くこなしている様に見えますが……。それに、イヴァンさんも人付き合い上手いじゃないですか」
「そう見えるか? んー、俺は大体牧場生活狩り暮らしに必要な事は出来るかもしれないけど、人付き合いだけは本当に苦手だな。人間って動物と違って本心が分からないだろ? 本当に好意があって接して来てるのか裏があるのかどうかよく分からん。実際詐欺にあったし? だから街に物を売りに行く時も、街の側までは付いて行くが、売り買いはザミラに丸投げしてた位だ」
イヴァンは相変らず座ったまま、話をしつつ軽く矢の手入れをしてもう一度空に向かって射る。
ホルンはすぐ近くにまた一羽鳥が落ちたのを確認し、視線を戻す。
「ホルンとメルの事もな、最初から面白いなって気に入ってたんだけど、俺はその辺よく分からないからどう判断して良いか悩んでたんだよ。だからザミラが二人に懐かなきゃ侍女達みたいに表面上の付き合いだけにしようと思ってた」
落ちた鳥を回収しに行ったイヴァンの足元は、先程よりも草の育ち方が落ち着いていた。
ホルンはイヴァンが先程の鳥と同様に小川に鳥を沈めに行くのをぼんやりと眺めつつ、今の話しで、普段イヴァンが何となくひょうひょうとしている様に見えた意味が分かった様な気がした。
「そうだったのですか。そう言うのを何て言うんでしたっけ? 器用貧乏?」
「それはちょっと意味が違うんじゃないか? ……って、なんでお前は俺の背中によじ登って来るんだ? 本当に今日どうしたよ?」
一人うんうんと納得し、小川の脇にしゃがみ込んでいたイヴァンに歩み寄って来たホルンは、何の遠慮も無く何故かイヴァンの背にしがみ付く。
ザミラと同じじっとりとした胡乱な視線を向けてくるイヴァンに、ホルンはさも不思議そうに目を丸くし口を開く。
「何故って、思い切り運動したいのでしょう? 弟思いの兄としては全力でお付き合いしようと思いまして? それと、今更距離を置かれても困りますし、ここはザミラさんのやり方にに習ってみた所存です。こう言うのは慣れっこでしょう?」
「うあーーすっげー慣れっこだわーー、何でそう言う結論に至るのか意味分からない所まで完璧だわー。まさかのザミラ完コピかよ……。よーし、じゃあ本気で走り回るから振り落とされるなよー」
ホルンが【あ、早まった】と理解するまでそれほど時間は掛からなかった。





