35
そして有能過ぎて暇過ぎる宰相がさっくりと外泊申請書類を作ると、やる気に満々ていた国王は膳は急げとその日の午後からたっぷり八日半の外泊を許可を出した。
そしてホルンがその事をザミラに伝えようと栽培場を訪れた時には、有能過ぎる侍女と執事によりすっかり準備は整えられ、ホルンとザミラが合流した瞬間いってらっしゃいませと王宮の外に放り出されてしまった。
「ホルンさん、王宮の侍女さん執事さん達怖過ぎるんだけど」
王宮の馬車はどれも目立ち過ぎると言う事でそれぞれ馬に跨り移動し、必要ならばどこか他の街で馬車を借りる算段になったのだが、王都から出発しすぐにザミラはため息をついた。
「マーサの事があったのできっと色々思う所があるのですよ。私もあそこまで鬼気迫る満面の笑みで着付けされ送り出されたのは初めてです……。話は変わりますが、ザミラさんがその服を着ているのを見るのは久し振りですね」
森に行く時にいつも着ている平民服とフードに身を包んだホルンが、隣に居るザミラをまじまじと見つめる。
そこには遊牧民調の服を来たザミラの姿があった。
「馬に乗るならこれが一番しっくり来るしねー。石喰い鳥の街は色んな人でごちゃごちゃした所だって聞いたし、違和感無いかなって。それよりもホルンさんのフードと目の違和感……!」
今向かっている街は規模はそれ程大きくは無い。だが、山に囲まれた立地的に一攫千金を狙う冒険者や旅行客、商人はは必ずそこで停泊する。その為自然と店も人も集まり賑わい活気に溢れた街だ。
そんな所に乗馬服や真新しい女性用の平服で飛び込むと変に悪目立ちする。ザミラの私服は旅行者か何かに見られるだけだ。
むしろ違和感があるのはホルンの方だ。
瞳の色もそうだが髪の色もその顔も目立ち過ぎる。
髪だけでも隠せないかとイヴァンの被り物を加工しフードを作ったのだが、ただ彫刻にフードを被せただけの状態にしか見えない。
そして王宮外だというのに眼鏡をつけておらず、更にその瞳の色はメルと同じ青いもの。
瞳の色を一時的に変えたいと以前から魔術師長に相談していたらしく、ようやくそれを可能にする指輪が完成したらしい。
「私はこれで良いのですよ。【他国の商人が雇った遊牧民の現地ガイドとミクトラン見学】って事に出来ますから」
「【たまたま会った他国の商人と遊牧民の利害が一致したから一緒に旅をしているだけ】の方がしっくり来る。私、ガイドが出来る程この国を知らないもん。と言うか【他国の王族が御忍びでミクトラン見学】が一番納得出来る。間違いない」
「それでは着替えた意味が……。他国の王族を語る位でしたら、初めから騎士達を動かして正式に行動しま――って、ザミラさん、聞いてらっしゃいます?」
苦笑いを浮かべホルンが話していると、いつの間にかザミラは馬を降り山菜を摘んでいる。
ホルンはそのまま早速今日の食材の到達を始めたザミラを微笑ましく眺めていたが、馬を降り一緒に山菜摘みをはじめる。
そしてザミラはどれが山菜かホルンに軽く説明すると、何故かそのまま馬に跨り道を外れたと思っていた矢先、手に兎を持って帰って来た。
そんな事を繰り返し三日。何の不都合も無く無事目的地に到着した。
イヴァンが言っていた通り道中食料に困る事は全く無く、それどころか食後のデザートまでしっかり摂る事が出来た挙句、食糧難で身動き取れなくなっていた商隊に援助出来る程だった。
「着いたー! ここ何て名前でしたっけ? とりあえず毛皮を買い取ってくれそうな所は……」
「イヴァンさんがアマデウス伯爵に【森か地面があれば生きていける】と言っていたそうですが、確かに不便は無いでしょうね……。ここはフィンと言う街です。色々物が集まる所ですので、鮮魚もあるかもしれませんね」
同行していた商隊と別れ、二人は街の入り口に馬を預け門を潜る。そこは確かに活気のある下街と言った雰囲気で、入り組んだ路地の両脇には出店がひしめき、建屋も窮屈そうに上に上にと積み上げられているような見た目の街であった。
ザミラは道中仕留めた兎の毛皮を片手に、口をぽっかりと開け物珍しそうにきょろきょろ見渡しながらふらふらと歩き出す。
ホルンは見るからにすぐ迷子になりそうなザミラの腕を掴むと、そのまま何も言わずザミラの歩く方に着いて行く。
「おっ? おい姉ちゃん! 観光か? それどこに売りに行くんだ?」
ごった返す人の間から声をかけられた。
「観光とか色々! おじさんこの店の人? これ買い取ってくれる?」
ザミラは露店の奥の戸建てからひょっこり顔を出した男に声をかけ、持っていたウサギの毛皮を見せる。
男はそこの店主だったのか、ザミラの言葉を聞きにかっと底抜けに明るい笑顔を浮かべると、毛皮をひょいと受け取りしげしげと眺めだす。
その間人の波に流されそうなったザミラをホルンがひょいっと抱え上げ、露天の間を通って店に入る。
「おー、なかなか良いサイズの毛皮だなー。ナイフの入れ方も綺麗だし、さすが遊牧民だな! これなら文句ない! 買い取ろう!」
「やった! ついでに、近くの宿屋ってどこ? もう時間も時間だから早く見付けたいんだけど……」
ザミラは空を見上げながら、鼻歌交じりに袋に金を詰めている店主に聞く。
もう日も傾き暗くなってきていた。この人並みを考えるとほぼ宿は埋まってしまっているかも知れない。駄目元でも出来るだけ多く回りたい。
すると店主は金を詰めた袋と一緒にこの街の地図を一枚くれた。
「ここがうちの店で、宿屋は……こことここと……」
さらさらと慣れた手つきで地図に印を書き加え、更にもう満室であろう宿と穴場の宿まで親切に教えてくれた。
店主が示した穴場の宿は少し大通りから外れた入り組んだ場所にある。
店主の話ではそこは慣れない人や女だけだと戸惑ってしまう様な場所らしいが、ホルンが一緒なら大丈夫だろうと盛大に笑い飛ばし送り出された。
そのまま二人は店主に礼を言うと、地図を片手に路地裏へと進んで行った。
*
「っあー疲れたー! 地図無きゃ絶対無理だよここー!」
「はははっ、確かに地図があって良かったですね。現にこうして無事に部屋も取れ、食事にもありつけている訳ですし」
歩き出してみれば地図で見るよりもはるかに複雑な路地裏。
ホルンとザミラは散々歩き続けた挙げ句、ようやく目的地に到着し部屋をとる事が出来た。
そして今は宿の一階にある飯屋でぐったりとしている所だ。
店の奥のカウンター席の端に座りカウンターに突っ伏すザミラの隣で、ホルンも心底くたびれたようにフードを脱ぎ、すぐ後ろの壁にもたれ掛かっている。
「お客さん達この街初めてか? そりゃ大変だったろ! どんどん食ってしっかり休むんだな! ほら!」
威勢の良い店主はぐったりする二人を盛大に笑い飛ばし、どかどかとカウンターに料理を並べていく。
串焼きから小魚や野菜を揚げた物や、サッパの様に軽く和えた物等々。最終的にどっかりと置かれた飲み物でカウンターは満員状態になった。
てっきりザミラは、王宮の食事とは何もかもが違う現状にホルンは固まっているだろうと顔を上げたが、ホルンは意外にも店主に軽く挨拶し揚げた小魚を摘まんでいた。
「んっ! ザミラさんこれ、凄く美味しいですよ。かりかりとした食感が良いですね」
「あははっ! 普段はなかなか食べられないですもんねー……って、ホルンさん私の分も残してよ!?」
ホルンは相当気に入ったのか、小魚を指で摘まんではひょいひょい口に放り込んで行き、流石のザミラも慌てて手を伸ばす。
「明日捕獲出来たらすぐに戻りますか? 順調に行けば丸一日はゆっくり出来ますが、のんびりとフィンで買い物でもしますか?」
ホルンはむぐむぐと小魚を頬張るザミラの頬を撫でながら今後の予定を考える。
捕獲と言ってしまえば難しく聞こえるが、やる事はただ全力で撫でるだけ。正直、保険として滞在を二日に設定したが、ホルンもそこまで掛からないと思っていた。
ホルンの言葉にぱっと目を輝かせたザミラは、その拍子に小魚が喉につかえたのか、わたわたと飲み物に手を伸ばしぐいっと煽る。
ホルンはその様子をくすくすと笑い眺めつつ、ザミラの背中をとんとんと擦ってやる。
「っ、ふぇ……にがくてあまくてふわっふわ……」
「はい?」
空のカップをカウンターに置いたザミラはふにゃりと笑うと、目を丸くし隣に座るホルンにしな垂れかかる。
「えへへ……ほうんさん……」
「えっ? ザミラさん、酔って……」
熱を帯びとろんと蕩けた顔をし呂律の回らないザミラ。明らかに酔っている。
確かめるようにホルンが自身の飲み物を手に取り少し口に含むと、それはそこそこ強い酒が並々と次がれている物だった。
「ほうんさん、わたしにもぉ……」
「ザミラさんはもう飲んじゃ駄目ですっ」
ザミラはもぞもぞとホルンの手の酒に手を伸ばそうとするも、ホルンはそっと制しザミラの体をぎゅっと抱える。
するとザミラはホルンの胸元で満足そうに笑い声を上げ、すりすりと擦り寄ってくる。
「あっと、悪かったなお客さん。遊牧民は酒に強いってうちの爺さんから聞いたことがあったから、大丈夫だと思ったんだけどな……」
カウンターの向こう側から店主が申し訳なさそうに水を差しだしてきた。
ホルンはザミラを抱えたまま苦笑し、水を受け取るとザミラの口元に近付ける。するとザミラはコップを手に取りこくこくと飲み始めた。
「しっかし初めて見たわ、遊牧民。もう半分お伽噺みたいな存在だと思ってたからな」
ザミラの頭を撫でていたホルンはその言葉で顔を上げる。
「すっげぇ昔に遊牧民だけの国があって、確か戦争で滅んだんだったか……。被り物が邪魔だが、確か黒目黒髪だったしその服の刺繍も本物だろ? 遊牧民の頭を触るのは御法度らしいが、兄ちゃんは触ってるし大丈夫なんだな。どれ、俺も……」
カウンターから店主が試しにと手を伸ばすと、ザミラは不満そうに身を捩りその手を避ける。
残念そうにしている店主を尻目に、言われてみればと、ホルンも今更ながらに遊牧民の国の事を思い出した。
丁度ミクトランで耳飾りを交換する風習が出始めた時代、遊牧民だけで形成された国が隣にあったらしい。国王も国民も自由気ままに遊牧生活を行う、緩やかな国だったらしいが、周囲の戦争に巻き込まれあえなく滅んでしまった。
しかも一所に落ち着かない国民の耳にその情報がもたらされたのは、滅んでから何年も経った後だったと言う。
その国の一部は今のミクトランの領土となり、丁度イヴァンとザミラが住んでいた辺りがそうなる。
「本人も知らないと思いますが、その国の血を引いているのかも知れませんね。確か……【カンザック】でしたか」
「なぁに?」
亡国カンザック。
ホルンが思い出したようにその名を口にすると、もぞりと顔を上げたザミラがきょとんと首を傾げた。
ザミラのあどけない表情にホルンは口元を緩めると、ザミラを抱え立ち上がる。
「御馳走様でした。大変楽しませて頂きました」
「おう! 今日は悪かったな兄ちゃん。この辺は物騒だから、夜は外出しない方が良いぞ。その嬢ちゃんもだが、あんたもえらい綺麗な顔してんだ、この辺じゃ男に寄ってくるのは女だけじゃねぇぞぉ?」
店主は勘定をしつつ、ザミラを抱えたホルンに向かい冗談半分に助言する。
だが宿はこの店の二階で、そもそもこんな状態のザミラを連れ外出するはずも無いホルンは、店主に向かいわざとらしく【気を付けます】と身を竦ませる動作をすると、そのまま店の奥の階段を上る。
「えへへ……ふぁてぃ……」
「ファティですがファティでは……。いえ、なんでもないです……」
ごろごろと猫のように擦り寄るザミラの背中を撫でながら、ホルンは部屋の扉を開ける。
そのままベッドにザミラを降ろすも、ザミラは相変わらずしがみついたまま離れようとはしない。
「むにゅぅ……ふぁてぃがあおいぃ」
ホルンが離れないザミラに困り果てていると、当の本人は暢気にぺたぺたとホルンの顔を触り不満そうに眉根を寄せている。
しかしその顔は相変わらず赤く目もとろんとしており、眉根を寄せてもただあどけなさに拍車が掛かるだけだ。
「紫が良いんですか?」
ホルンはくすりと笑うと、指輪を外しポケットにしまう。そしてすぅっと元の色に戻った瞳でザミラを見つめ返す。
「えへへぇ……ほうんさん、ほるんさんん……」
紫の瞳を見たザミラは、今まで見せた事が無い程顔を蕩けさせると、何度もホルンの名を呼びぎゅっとしがみつく。そしてむにゅとホルンの首元に顔を埋めると、こてっと眠ってしまった。
「……絶対に今後は人のいる場所でお酒は飲ませない様にしましょう」
ザミラの頭を撫でようとホルンは手を上げたが、先程の店主の話を思い出す。
【遊牧民の頭に触れるのは御法度】
その人に降り注ぐ幸福を遮断するとの教えから、遊牧民は頭を触られるのを嫌がると、ホルンは以前本で読んだ事があった。
今まで散々撫でてしまったが、その事を思うと撫でにくい。
だが、上げた手でそのままザミラの頬に触れると、ザミラはその手に何度か頬ずりをし、今度は自分から頭を擦り付けて来た。
全く猫のような動きのザミラにたまらず吹き出したホルンは、そのままザミラの頭を撫で続けた。





