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 夜会での事は意外にも深刻で、一週間以上経ったというのに未だ王宮内はぴりぴりとした雰囲気に包まれている。

 王宮から離れた場所にある地下牢に幽閉中のマーサは、当初放心状態で口を開かなかったのだが、ここ数日、ようやくぽつぽつと事件の事を語り始めたのだ。

 母神の世話係をしていたマーサは魔術師の棟の扉を開ける事が出来た為、夜会の二日前、一人深夜にマンドレイクを魔術で破壊したらしい。

 そして夜会の当日、魔術で会場に魔狼の群れを放ちザミラを刺した。

 この事件で明るみになった事。それは、国王も宰相のホルンも、マーサの実父の魔術師長でさえ、マーサが魔術を使える事を知らなかったのだ。

 魔術の才能があった事は魔術師長は認識していたらしいが、だからと言って知識も無いマーサが自由に魔術を操る事等出来ずるはずも無く、それ以前に魔術として発動出来る程の魔力の量では無かったらしい。

 そしてマーサには共犯者がいる。

 それはザミラやイヴァンに二週間、ほぼ毎日害を与えていた者。人数と名前まではまだはっきりしていないが、マーサもこれに関しては人を雇ったと証言している。

 そしてもう一つ。これは魔術師長の憶測だが、マーサに魔術の使い方を教え、事件当時、マーサの隣でマーサに自身の魔力を渡していたと推測される人物。

 才能はあるが魔術が使えない者は他人の魔力を使うしかない。その為今回必然的に魔術師が一人関わっていると推測される。

 王宮の中に共犯者がいるかも知れない不安と恐怖。夜会後に王宮を辞した人物や不審な行動があった人物、日常的にマーサと親しかった王宮内外の者等々を、この一週間洗い出している。

 マーサ本人は事情聴取後、国境沿いの牢に幽閉される予定で、マーサの実家は爵位を剥奪され、母と兄妹は国外追放となった。

 この処分は、もし被害者のザミラや宰相のホルンが口添えをしても変わらないもの。

 被害者が誰であれ、王族と王侯貴族が集う国王の生誕祭で起こった事件。むしろマーサが処刑されなかった事が奇跡だ。

 そしてマーサの実父の魔術師長は責任を取るべく、国王に職を辞す旨を伝えたのだがあえなく却下され、未だ王宮魔術師長の立場に居る。

 魔術師長はマーサが幼い頃に側を離れていた為実質他人と言う、親からすれば非道な判断での事だったが、魔術師長は納得しきれず、自分で一年の謹慎を課せ魔術師の棟の一室に引きこもってしまった。

 そして幸か不幸か、この一件でイヴァンは真っ先に王族を避難させ、ザミラは魔狼を食い止め貴族の避難に尽力を尽くした功績が認められ、国王から感謝の言葉と共に今後の身の安全を保証された。

 これでようやく堂々と王宮内を歩けるようになったのだが、ホルンとメルはまだ不服らしい。

 【身の安全の保証】と言っても言葉だけで、まだその保証は無いような物。

 元々国王の目の前で起きた事件と言う事もあり、国王の言葉にどれ程の力があるか。ホルンとメルは気が気でないらしい。

 そんな中、何とも気の抜ける小さな事件が起きた。


「えっ? メルが風邪?」


 何故か栽培場の床の拭き掃除をしているイヴァンから意外な言葉を耳にした。


「ああ。水瓶にどっぽーん」


 部屋の入り口で立ちすくむザミラに、イヴァンは側にあった巨大な水瓶を指さしながら笑い声を上げている。

 どうやら新しく増えたマンドレイクを水の球に入れようとメルは水瓶に向かっていたらしいのだが、その背中に数体のマンドレイクが勢い良く突進し、結果メルを水瓶に突き落とす事となったらしい。

 ちなみにこの水瓶も魔術師長のお手製で、マンドレイクを一度水につけ持ち上げるだけで水の球に入れる事の出来る画期的な物。

 そのせいでメルもしばらく半身が水の球に閉じ込められ、結果風邪を引いてしまったとの事。

 その時床に散乱した水をイヴァンはせっせと掃除していたのだ。


「うへぇ……。イヴァン、ここはやっておくから液剤持って行ってあげなよ」


 ザミラはそう言うとイヴァンから雑巾を奪い取りどしどしと背中を押す。

 ちなみに二人とも魔術制御の指輪をつけているのでもう干渉し合う事は無い。


「おー、頼むわー」


 イヴァンはぐいーっと伸びをしぱたぱたと身なりを整えると、液剤の瓶を二本手に取りふらふらと部屋を後にした。


 廊下で適当な侍女を捕まえメルの部屋に案内して貰う。

 部屋に行くまでの間、夜会の一件で存外に顔が知れ渡ってしまったイヴァンは変に注目され変に気疲れする。

 侍女はイヴァンを部屋に案内するとにこやかに一礼し去って行く。

 扉を開ければ意外にも落ち着いた内装。一国の姫ともなると豪華な調度品やピンクの物がひしめき合っているかとイヴァンは思っていたのだが、案外イヴァンの部屋と変わらない様なものだった。

 イヴァンがそっと天蓋のカーテンをめくると同時にメルがふっと目を開けた。


「悪ぃ、起こしたか? 熱は?」


 赤い顔の虚ろな瞳のメル。

 イヴァンはベッド脇の椅子に座ると、メルの額に手を当ててみる。すると想像よりも熱が高かったのか眉根を寄せた。


「水と果物も貰って来たけど、先にこっちだな。ほら」


 イヴァンは液剤をスプーンに取りメルの口元に運ぶ。

 するとメルは何故か嫌そうに顔を背ける。


「……飲ませて……下さいまし」

「……ん?」


 意図が分からずイヴァンが小首を傾げると、メルは少し不満そうに頬を膨らませ瞳を潤ませる。

 意味が分からないイヴァンが何度かスプーンと瓶をメルの口元に運んでみるも、メルは全て拒否しむすっと唇を尖らせてしまった。

 

「……ま、さか? いや、まだ結婚もしてな、いんだぞ……?」


 うっすらとメルが言わんとしている事に気付いたイヴァンだったが、まさか、と確かめるようにメルの顔を覗き込む。


「こ、こんな時は……我が儘を言っても許されるのですもの……」

「我が儘って……」


 風邪の熱とは違う意味で頬を赤らめるメルに、つられてイヴァンの顔も赤くなる。

 メルは明らかに戸惑うイヴァンを見つめ続けていたが、駄目だと判断したのかぽろぽろと涙をこぼし目を伏せてしまった。

 

「やっぱり、駄目で……――っ!」


 メルはぐしぐしと涙を拭きながら口を開くが、その口が柔らかい物で塞がれる。

 反射的に顔を反らしそうになるメルの頭に手を添え固定し、メルの口に何かを流し込んだ柔らかい物はすっと離れて行った。


「えっ、と……。薬、飲ませた、けど……」


 メルがこくりと飲み下し視線を声のする方に移すと、そこには真っ赤な顔のイヴァンが、半分腰を浮かせベッドに手を付いた体勢のまま気まずそうにメルを見下ろしていた。

 それを確認し、ようやくメルは先程の柔らかい物がイヴァンの唇だったと理解し、その直後顔から火が出そうに成る程かぁっと赤面した。


「も、もしかして俺の勘違いだったか?」

 

 あまりにも真っ赤に茹であがったメルを確認したイヴァンは、わたわたと慌てだし急いでベッドから身を離す。

 するとその腕を掴んだメルが慌てて口を開く。


「ち、違いますわ! いえ、合ってますが違います! あ、あのっ……! えっと……まだ薬が足りないようですのっ! その、もう一度同じように……」

「同じ……で……」

「もうっ! 足りないの!」

「っ――!?」


 メルは寝そべったまま両手を伸ばすと、イヴァンの襟元を掴みぐいっと引き寄せ唇を重ねる。

 息を飲んだイヴァンがびしりと固まると、唇を離したメルはいたたまれないのか上目遣いでイヴァンを見つめる。


「……薬……薬は……?」


 イヴァンの問いにメルはあっと小さく声を漏らし視線を外す。そしてそのままもそもそとイヴァンにしがみつき顔を隠そうとする。

 その行動にぷっと小さく吹き出したイヴァンは、メルの頬に手を添え顔を上げさせる。


「まだ顔が赤いけど、足りないか?」

「っ――!」


 イヴァンは意地悪そうにそう言うとかぷりとメルの唇を食む。

 こんな時でもイヴァンの対応力は抜群である。


「……足りないですわ」

「ははっ。我が儘だなー。これが最後。今日はもう寝ろよ」


 若干不満そうに頬を膨らませたメルだが、しっかりと上掛けを掛けられ再び唇を食まれると満足したのか、えへへと笑みを浮かべベッドに潜って行った。

 

 イヴァンが栽培場に戻ると、いかにも仕事を抜け出して来たと思われるホルンが矢継ぎ早に口を開く。

 

「今後の予定なのですが、マンドレイク栽培方法は確立出来たと言えますので、これから本格的に人員を増やし量産して行きます。なぜか国王も今更乗り気になった様で、既に王宮のテラリウムを改築し始めております。ですのでマンドレイクの栽培はそちらに全面委託し、この部屋では新薬の研究を行っていく事になりそうです」


 ホルンはぱらぱらと手元の資料を見ながら説明して行く。イヴァンとザミラが寝込んでいたこの一週間余りの間にも話しはしっかり進んでいたらしい。

 

「新薬か。確かに今の液剤と粉末は魔力の回復は出来ないからな、魔力の使い過ぎで寝込むと辛い」

 

 魔力の使い過ぎによる疲労で寝込んだ張本人が言うと説得力がある。

 イヴァンとザミラは苦笑いでお互いに見つめ合いため息をつく。

 

「ええ、色々と種類があって困る物では無いですし、量産から手が離れた今色々とやってみるのも良いかも知れません。それに、今イヴァンさんがおっしゃた効力の薬品はまだこの国では開発されておりませんので、それが出来れば活気的な事ですね。まぁ……流通量に制限をかけ、作成方法も秘匿にしないといけないでしょうが」

 

 魔力の回復や魔力不足での疲労など、魔力に関する薬は未だに開発されていない。

 ホルン曰く、そもそも作るのが不可能や材料を入手するのが困難と言った理由では無く、ただ単に今までやろうとする者がいなかったらしい。

 魔術の使えない一般人を相手にしている医師はそんな薬、眼中に無い。そして魔術師はそもそも自身の魔力の限界を理解している為、魔力が枯渇する程酷する事は無く、枯渇させるのは未熟な証拠と言われる。

 商隊の護衛や土地の開拓等で日常的に魔物と戦う事のある冒険者や護衛達も、魔力が切れればどうする事も出来ないと教えられるのが一般的で、季節によって変わる魔物の生息地や強さと、依頼された日数の間、戦闘になっても自身の魔力がもつであろうルートの選択。それが完璧に行えるかどうかが、冒険者や護衛の実力をはかる手段ともなっている。

 その新薬があればどの業種も劇的に変化するが、戦争などに乱用されれば一国の問題では済まなくなる。

 ホルンは資料の端にさらさらとメモをとりながら話を続ける。

 

「イヴァンさんは引き続きこの部屋で新薬の研究を行って下さい。量産と加工は魔術師達に指揮をとらせ、作業員は王宮が雇う予定です。そしてザミラさんは石喰い鳥を捕獲して下さい」

「えっ、私の説明は以上? 石喰い鳥も召喚出来れば楽なんだけどなぁ……」

 

 あっさりと一言で片付けられたザミラは不満そうに頬を膨らませる。

 夜会でザミラが手懐けた魔狼の一部は断固として森に帰ろうとせず、結局王宮や辺境警備に一役買っている。

 以前魔術師が召喚しているのを見た事のあるザミラは、そのように召喚出来たらと思い、魔術師長に聞いた事があった。

 ただ意外にも召喚と言うもののシステムがザミラの思っていた物と違った。

 魔術師の力量に応じ好きな者を召喚し使役出来るものと思っていたのだが、先に契約しておかないと召喚が出来ないらしい。

 この場合の契約と言うのは個人対個人の話ではなく、人間とその種族。過去に一度でも人間と契約を結んだ事のある魔物は魔術師の魔力が伴えば召喚出来る仕組みになっており、存外に規約の多い面倒臭いものであった。

 そして残念な事に、取り立てて戦闘などに利点が無いと思われる種族、そう、スレイプニルや石喰い鳥なんかは契約されていない。

 その為直接生息地に行き捕まえるしかないのだった。

 その事を知っている三人はひたすら薄ら笑いを浮かべるしかない。

 

「石喰い鳥の生息する山まではここから片道三日程。近くに街がありますのでそこに停泊する予定ですが、捕獲には何泊位必要ですか? その街は度々石喰い鳥に外壁を齧られる被害にあっていますし、生息地も見渡しの良い岩場との事ですので、見つけるのはそこまで大変では無いかと思われますが」

「会って撫でるだけだからー、……一泊? 余裕を見て二泊? すぐに躾出来ないから口枷になる物は必要かも」

「動の母神も力を使いこなすと大概だよな。人の事言えないけど」

 

 厩の改修は完了しているのでいつでも受け入れ可能常態ではある。

 ただ、懐かせる事は瞬時に出来るようになったザミラだが、スレイプニルも魔狼も誇りを捨てて全力で甘えに来るだけで、躾けには成功していない。そのまま石喰い鳥を石造りの厩に迎えてしまえば、お菓子の家に子どもを招くのと同義だ。

 その点植物を相手にしているイヴァンはまだまともに見えるが、最近は指輪をつけていれば普通の植物でさえおかしな速度で成長するし、そもそもマンドレイクの成長速度と変化の仕方が尋常ではない。

 現に今も季節違いの花を贈り物にしたいと、王妃からいくつか花の種を預かり咲かせている最中だ。

 

「では八日間、と……。もう少しかかるかと思っていましたが、これなら今日明日にでもにでも行けますね」

「お前も身軽になったなー」

 

 夜会の一件で自分だけ逃げ何事も任せきりの国王を、王妃はくどくどとお説教したらしく、人が変わったように国王は王宮内外、または国内外に目を向け始め、最初に行った事が宰相業務の分散だった。

 今までホルンが当たり前のように一人でこなしていたありえない仕事の量。それを国王と宰相補佐三人も行うようにした。

 その為ホルンは現在その仕事の落とし込みが忙しいだけで、以前のように机に書類が山盛りになる事は無くなった。

 

「他にやるべき事は山のようにあると言うのに、国王は何を今更私のご機嫌取りをしているのでしょうね。まぁ、お陰で私はほぼ隠居生活のようなものですけどね」

 

 実質的にはただ普通の宰相と同じ位の仕事量になったのだが、そもそも規格外の量を一日でこなしていたホルンからすれば暇でしょうがない。

 三者三様に規格外。イヴァンとザミラが苦笑している隣で資料をとんとんと纏めたホルンは、すっと立ち上がりぐいっと伸びをする。

 

「では、今から申請してきます。石喰い鳥は餌の心配は要らないですし、今回準備する物は着替えと道中の食料位ですが……」

「この時期食い物なんてその辺に腐る程生えてるし歩いてるだろ? 弓持って行かないのか?」

「絶対言うと思った。ホルンさんが色々大丈夫なら、私は水とククル位で大丈夫ですよ」


 王妃から貰った種を植えた鉢植えを撫でながらイヴァンはさも不思議そうに目を丸くするが、そもそもそんな発想をするのはこの王宮ではこの双子位だ。

 

「ははは! では着替えと水とククルの手配をして参ります」

「あと眼鏡も忘れずにー」


 王宮外に行く時は眼鏡をかけて。いつぞやかホルンが言っていた事。

 扉を開け部屋を出ようとした背中にかけられたザミラのその発言に、ホルンは再び声を上げて笑うとそのまま退出して行った。

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