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 翌日早朝。

 荷物を抱えたホルンとザミラは以前と同様に、王宮の裏門で馬車を待っていた。

 ホルンが言っていた通り、王宮内は未だライアン師団長の一件で代わりの師団長に誰を立てるのか等でもめているらしく、以前の様にホルンに書類の確認待ちの列が出来る事は無く、至って優雅な朝を迎えていた。

 ホルンの服装は前回と同じグレーのコートだが、ザミラはメルが準備した乗馬用のシャツとジャケットとズボン姿である。


「のんびりしてるホルンさん信じられない……。これ夢かな」


 前回は出先でも持ち込んだ書類の処理をしていたと言うのに、今回はそれすら無いのか、ザミラの隣で警備の魔狼を背もたれにし荷物の上に腰掛けのんびりと魔狼の頭を撫でている。


「今仕事をしても今回の滞在予定は一週間ですので、自ずと処理も一週間後と。ですので帰って来てからまとめてやる事にしました。それと、なぜか衝撃を受けているようですが私も人間ですのでのんびりしますよ?」


 馬車が近付いて来たのか、それまで大人しくしていた魔狼がふと顔を上げザミラの顔を見ると、嬉しそうに尻尾を振り出す。

 それに答えるようにどちらからとも無く立ち上がり伸びをしていると、予想通り前回と同じ馬車が到着した。


「そうだ一週間だった、忘れてた。人間……いや、ホルンさんほぼ彫刻だから」

「ザミラさん……彫刻と婚約なんて、いくら嫁ぎ先に困ったからってそれは言っていて悲し過ぎじゃないです?」

「あ! 御者のおじさんお久し振りでーす! また宜しくお願いしまーーす!」


 ザミラは魔狼を警備に戻し、半ばヤケクソで荷物を積み込むとそのまま御者に絡みに行く。

 そしてホルンはそのザミラの行動にたまらず吹き出すと言う、いつもと変わらない流れで出発した。

 ザミラとしては約一月ぶりの外出。

 正直な所色々と忙しかった為それ程窮屈な思いはしていなかったのだが、いざ外に出てみれば最後に見た春先のまだ新芽が出始めたばかりの時期より、力強い緑が広がっている様を見ると、自分だけ酷く取り残されてしまったような気分に晒される。

 例年なら今の時期は家畜を追い緑の深い場所に放牧に行き、ついでに狩りを行ったり山菜を摘んだり、染物用の染料になる実や植物を集めたりとしているはずだ。それが今では自由に外出もままならない王宮暮らし。ぼぅっと周りの景色を眺めながらそんな事を考えてしまう。


「ザミラさん、あまりお転婆してると馬車から落ちますよ?」


 馬車から乗り出し新芽に触れようとしていると、ふと背後から声をかけられる。

 完全に考え事をしていたザミラは、振り向いた先で眠そうに伸びをしているホルンを見るまで全くその存在を忘れていた。


「二十二にもなってお転婆って言われるなんて思ってなかった……。と言うか、ホルンさんまた昨日徹夜? 今日から野宿って分かっててそれはどーなーのー? まだたっぷり時間はあるから寝てて良いですよ? また昨日みたいによしよししましょうか?」

「大丈夫です! その指輪、私の前では外してて下さいよ。全く、イヴァンさんのマンドレイク育成の為に作った指輪が、まさかザミラさんの力にも有効だったとは……」


 両手を差し出しながらにじり寄ってくるザミラをかわしたホルンがため息混じりに愚痴る。

 多少の魔力と愛情と母神の力でマンドレイクを育てると発覚した時、耳飾りでは不便だと作った指輪だったが、それは当たり前だが動の母神にも有効なようだった。

 ライアン師団長が暴れた時ザミラが賭けで魔狼を撫で回したところ、元々王宮飼いで人には懐いていたが、ほぼ初対面のザミラにお腹を見せる程気を許していた。

 あの時は状況が状況だっただけに全員何事も無くやり過ごしたが、よくよく考えれば無茶苦茶な話だ。

 結局ホルンは指輪をつけているザミラの左手には一切触れず、行きの道中はスレイプニルの捕獲についての話が二割、残りの八割は本当に身の無い会話をして過ごした。


 前回と同じ場所に降ろして貰い同じように川沿いを進む。だが今回は一週間分の二人の食料とスレイプニルの餌候補、それと防寒具や着替え等々、それなりの量の荷物なので、前回の滞在でスレイプニルが水場にしていたあの開けた川沿いを拠点にし、一週間過ごす計画だ。

 一月ぶりに訪れた森は、葉が生い茂ったせいかよりうっそうと薄暗くなっていた。

 ただ前回滞在した場所は開けている為か、他の場所よりはまだ幾分か日の光は入る込む。


「見渡す限り山菜! イヴァンが居たら絶対喜んで採りに行くね! そしてそのまま何日も帰らない! 迷惑! よし、お湯を沸かそう!」

「それは独り言という解釈で宜しいですね。では水を汲んで来ます」


 森に着いた瞬間から変なテンションのザミラを軽く受け流し、ホルンは慣れた様子で川に入っていく。

 各々前回と同じように布膳を広げお湯を沸かし、あっという間に茶会の準備を整えた。

 スレイプニルが現れるまではこのままひたすら待つしかない。


「スレイプニルが来たらどうしますか? 前回のように張り付いて観察します?」

「近付けなかったら観察で、近付けたら色々与えてみる! 乗ってみる! 撫でてみる!」


 ホルンがお茶を注ぎながら今後の予定について尋ねると、ザミラは意外にも今回はすぐに返事を返して来たが、内容としてはほぼ何も無い薄っぺらなもの。

 だが意外にもそんな回答にホルンは突っ込まず、母神のしたいようにと頷いている。


「今回は連れて帰るのが目的ですからね、食性の事はあまり気にしなくても良いでしょう。ですが……今更ですが、どうやって連れて帰りましょう? 馬車と一緒で大丈夫なのでしょうか? 乗って帰るにしても本来跨るべき所にも足があるんですよね? 鞍も馬着も手綱もハミも特注、と言う事でしょうか」


 予期していなかったホルンのその発言にザミラは完全に固まってしまった。

 スレイプニルに跨るにしろ、本来跨る足の間になる部分にも足が一対生えている。

 勿論普通の鞍では歩行の邪魔になるし、下手したらスレイプニルが怪我をする事が目に見える。それ以前に、普通に乗ってしまうと本気で走るスレイプニルの足に騎乗する人間の足が巻き込まれてしまう。

 普通の馬ならばたとえ裸馬にだって問題なく乗りこなせるザミラだが、さすがにいきなりスレイプニルで試す勇気は無い。

 そして大前提に、スレイプニルが鉱山作業に適しているかも現段階では分かっていない。マンドレイクに比べ全く作業は進んでいない現状だ。


「連れて帰るってなった時は簡易のソリでも作って曳かせましょうか……馬車は馬が怖がっちゃいそう。きっと王宮に着く頃には二人共お尻真っ赤だね」


 お互いにソリに乗って帰る自身の姿を想像すると、むしろお尻が真っ赤になるだけで済めば良いと思えて来る。

 二人でなんとも言えない薄ら笑いを浮かべあいお茶を飲もうとカップに手を伸ばした時、遠くの方から低い地響きのような音がかすかに聞えたきがする。

 最初は空耳かと思いお互い顔を見合わせたが、見合わせた瞬間間違えようがない程の地響きが物凄い速度で近付いてくる。

 とっさに立ち上がり二人が双剣と弓を構えた瞬間、最高潮に達した轟くような地響きは盛大な土ぼこりを立て二人の前で止まった。


「うっわ! ごほっごほごほ!」

「大丈夫ですかザミラさ……え?」


 辺りを覆う土ぼこりのせいで二人が咳き込んでいると、その土ぼこりの中からひょっこり顔を出したのはスレイプニルだった。

 地響きの音的にかなり遠くから走って来たと推測出来るが、なぜ真っ直ぐ二人の元に来たのか、それ以前に全く心の準備が出来ていなかった二人はただただ放心するしか出来ない。

 そんな二人を尻目にスレイプニルは全力で尻尾を振りザミラの顔を舐め髪を引っ張り背中を押し、ホルンの匂いを嗅いでは荷物をぐいぐいと引っ張り回す。


「うええええ力強いいいいい。耳飾りひっぱっちゃいたたたたたた」

「前と同じ固体でしょうか? ……ザミラさん、マンドレイク持って来て……あ、食べた」

「取りあえず助けて下いたたたたた」


 鞄も気になるようだがそれ以上にザミラの方が気になるのか、スレイプニルはザミラを布膳の上に押し倒すようにぐいぐいと鼻で押した後、これでもかと言う程巨大を擦りつけ舐め回し、ザミラが携帯薬として持って来ていたマンドレイクをぺろりと食べてしまった。

 さすがに相手が巨大なスレイプニルだったとしても、この全く予期せぬ事態にたまらずホルンがザミラを引っ張り止めに入る。


「ありがとホルンさ……ん?」


 ずるりとスレイプニルの元から救出されたザミラがお礼を言おうと顔を上げると、自分の頭上にあったホルンの顔が見る見る下がって行き、それに比例するようにホルンが唖然とした表情で見上げている。

 なぜかスレイプニルがザミラの襟元を後ろから咥え、ぷらりと持ち上げた状態だった。


「ス、レイプニルさん……あの……返して下さい、ね?」


 ぎこちない動きでホルンがザミラに手を伸ばした瞬間、スレイプニルが大きく一鳴きし前足を大きく振り上げた。


「ちょっ!? ちょっ、ちょっとまわああぁぁぁぁホルンさぁぁぁぁあああん!!!」

「うわあぁぁあザミラさあぁぁぁん!!!」


 前足を大きく振り上げホルンの頭上を軽々飛び越えたスレイプニルは、ザミラを咥えたまま来た時と同じ速さで駆け出してしまった。

 ザミラは首の後ろ側を咥えられているせいで周囲が良く確認出来ないが、それでもホルンの絶叫が凄い速さで遠離っていくのだけは分かった。


 尋常じゃ無い速度で森を駆け抜けることしばし、時間にすればほんの些細なものかも知れないが足も付かずしがみつく場所も無く、ただ吊され運ばれるザミラにとっては失神ものだった。

 実際、ザミラはスレイプニルが自身を草の上に降ろすまで、どこをどういった風に走ってきたのかさっぱり記憶に無い。

 気付いたら突如どさりと草むらに降ろされ、スレイプニルが隣に寄り添うように座り込みうとうととし始めていたのだ。


「えっと……ここは、寝屋? ……っ! いった」


 少し背の高い植物が生い茂り、背後には苔むした岩がごろりと転がっている。ザミラの周りは草を踏み固めたような形状をしている事から、スレイプニルは普段からこの場所を寝屋にしていると考えられる。

 以前ホルンとスレイプニルを追い掛けた時は、大きな木の側で休んでいた覚えがある。あれは二人を警戒していたのか、それとも複数箇所に寝屋が存在しているのか。

 何にせよ今現在隣で体を丸めているスレイプニルは、ザミラに危害を加えるつもりは無いと考えて良さそうだ。


「足痛ぁ。動くけど……歩くのは無理かな。イヴァンが気付いて……くれないね。うん」


 右足首に強い痛みを感じブーツを脱いでみると、見事に腫れ上がり変色していた。

 どうにか動くので骨は折れていないだろうが、少しでも動かすと激痛が走り、酷い打ち身か捻挫か、もしかしたら骨にヒビが入っているのかも知れない。

 どこかにぶつけたかスレイプニルの前足に巻き込まれたか、残念ながら一切心当たりは無い。

 しかもこう言う時の為にマンドレイクを一株持って来ていたと言うのに、ザミラの鞄に入れていたマンドレイクは、見るも無惨にギリギリ葉と根の一部分が残っている程度の状態だ。

 これだけでは足が治る保証も無く、どうにか育てても元の大きさに戻るにはそれなりに時間が掛かるだろう。ため息しかでない。

 とうとう隣で寝息を立て始めたスレイプニルをじっとりと睨み付けながら、一先ずザミラはマンドレイクを土に植え必死に撫です。


「早くホルンさんと合流しないと。多分パニックになって探し回ってるよねぇ……王宮に戻って人を連れて来るなんて事するかなぁ。人が増えたってスレイプニルが警戒するだけか。と言うかひとりぼっちのホルンさんのが危ない?」


 マンドレイクを撫でながらぶつくさ独り言を言う。

 こうでもしていないと痛みと不安に押しつぶされそうになる。こう言う時は極めて通常運行を心掛ける。

 たまたま一緒に運ばれた鞄からククルパンを一つ取り出し少しだけ頬張る。無音の中に粉っぽいククルパンを噛み締める音が静かに響いていく。

 ふと鞄の中に視線を落とすと、木の実の蜜漬けの瓶が目に入った。前回話の流れでホルンが興味を持っていたので、今回持って来ていたのだ。

 ザミラの足は負傷したと言うのに、幸か不幸か、蜜漬けの瓶は無傷のまま鞄の中に転がっている。


「そう言えば、次お餅を汁物にしようって言ってたんだっけ。……ホルンさん今一人だけど御飯どうするんだろう。料理出来るのかな?」


 なぜか、どう考えても考えてもこの状況下で危ないのはホルンの方だと思うザミラ。

 マンドレイクを撫でる手を止め、しばし腕を組み考えると、恐る恐る寝息を立てるスレイプニルのたてがみに触れる。


「よーしよしよしよーし……起きてーお願い聞いてーよーしよしよしよーし」


 頭のてっぺんから首の根元まで撫でながらスレイプニルに小声で話し掛ける。

 時折耳と尻尾は気持ちよさそうに振るが、気持ち良すぎるのかスレイプニルの睡眠がより深くなり反応が鈍くなっていく。

 そしてついにまんじりとも反応しなくなってしまった。

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