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 彫刻と屍に上掛けを掛け直し数刻。ザミラがレイとホルンマンドレイクに水を飲ませていると、メルが血相を欠いて部屋に飛び込んで来た。

 どうやら口止めしてはいたのだが、今朝の事を人伝に聞いたらしいメルは、部屋に横たわるホルンとイヴァンを見た瞬間膝から崩れ落ちてしまった。

 ずるずると這ってイヴァンの元まで進んだメルは、イヴァンの顔を確認し呼吸を確認し、胸に耳を当て心音まで確認したにも関わらず、それでもザミラに不安そうな視線を向けている。


「えっと、イヴァンはマンドレイクをそのまま食べさせたから傷は大丈夫なんだけど、ただ衝撃が凄くて失神したままって言うか……。そしてホルンさんは度重なる心労で彫刻となりました」


 するとぼろぼろと涙を流し始めたメルは、イヴァンの腕にしがみついた。


「私が我が儘なのがいけないのよね。だから旦那様も兄様もこんな姿に……」


 【いや、生きてるから】ザミラは出かかった言葉を必死に飲み込み、ぼろぼろと泣き崩れるメルになんて声をかけたら良いか困惑する。


「メルー……俺、今土まみれだから、そんな泣きながらしがみつくとどろどろになるぞぉ……」

「旦那様!?」

「イヴァン、起きたの?」


 メルの頭をぽんぽんと一撫でし、イヴァンはのっそりと身を起こすと、ぐったりとソファの背もたれにしがみつくようにもたれ掛かる。


「頭ん中ぐらんぐらんする。ザミラは何ともないのか?」

「一緒に失神したかったって位の衝撃はあった。色んな意味で」


 頭突きの衝撃をはじめ、怒り心頭のホルンがライアンに近付くと、至って自然に息をするかのように絞め落とし場を鎮めてしまった事も含め、色々衝撃的だった。

 イヴァンはずるりと泥だらけになったコートを脱ぎ捨てると、未だに床に座り自身を見上げたまま放心しているメルをソファに座らせ、顔に付いた土を上掛けで拭ってやる。

 ザミラはイヴァンも起きた事だしと、何となく覚えている範囲で二人に説明しておく事にした。

 ライアンの謹慎と栽培場の移動、イヴァンとザミラの立ち位置と上司、それに今後のマンドレイクとスレイプニルの計画・予定。

 何となく彫刻になる前にホルンが言っていた事をかいつまんで説明していった。


「魔術師長か。会った事無い人間を気に入り過ぎなとこがちょっと怖いけど、まぁいっか。で、スレイプニルの餌問題はどうする? マンドレイクついでに育てるか?」

「結構な量が要ると思うよ? 王宮では難しいんじゃ無い? 母神でも普通の植物はそこまでおかしな速度で育たないだろうし」

「貴族……貴族の……王侯貴族の養子……」


 完全に覚醒したメルのみスレイプニルとは違う話をしているが、ほぼ独り言のためさらっと流す。


「一度スレイプニルを連れて来てみて、餌が無くなって来たら日中は森に放牧に行けば良いんじゃないか? それとスレイプニル自体が鉱石の運び出しであまりここにいないかも知れないから、そもそもそんなに備蓄しなくてもいい気もするし、もういっそホルンが寝てる今の間に勝手に森に行って連れて来るとか。後報告事後報告。と言うかそもそもスレイプニルの蹄で登れるかも分からないんだったな……あー、やっぱりホルンが起きるまで待つべきか?」

「ホルンさん、怒ると、ヤバイ。あの、お上品な、顔が、歪むの、すっごく、ヤバイ、怖い。王の、健やかな、眠りを――」

「起こします? 兄様は鼻を摘まめば一瞬で目を覚ましますわよ? 起こした位じゃそこまで怒らないでしょう」


 突如会話に戻って来たメルの言葉にイヴァンとザミラが硬直していると、メルはソファの上をずりずりと移動し、スヌードを少し下にずらすと、何のためらいも無く鼻を摘まむ。


「あら? おかしいですわね……」


 ぷにっと鼻を摘まんでみたところ、寝苦しそうに身悶えはしたものの、こてっと首を倒すと、再び健やかな寝息を立て始める。

 そして再びメルが鼻を摘まみホルンが身悶えするという光景が繰り返えされている。


「当たり前だけど、ホルンさんの顔って柔らかいんだ……」

「な、寝てるとまるっきり彫刻だもんな。どうする? 今更だけどメルを止めるか?」


 そう言いつつも、メルに続きレイやイヴァンマンドレイク達もホルンによじ登って行くのを楽しく見守っていた。



「王宮内外で不足分を栽培し、日中は森へ放牧をしに行く、ですか……」


 結局全員で顔中をつついて遊んでいた結果、突如ぱちりと目を開いたホルンに驚きイヴァンとザミラは叫び声を上げてしまった。

 そして驚き過ぎで脳が完全停止した二人をよそに、全く動じなかったメルは先程の話を伝え今に至る。

 ホルンはいつもと変わらぬ涼やかな目を伏せ、メルから聞いた話を考え込んでいるらしい。


「あとは他の飼料を準備するかですわ。でもそうなるとスレイプニルの食性を更に調べないといけないですし、もう手っ取り早く連れて来ちゃった方が宜しいのではなくて? 魔狼も連れて来てから餌の工面をしたのでしょ?」


深く考え込むホルンとは対照的に楽観的な意見をさらりと言うメルだが、その言葉で考えが纏まったのか、ホルンは伸びをする様にソファに凭れ掛かりため息をつく。

しかし、どこかしぶしぶ決断を下した感がひしひしと伝わってくる冴えない表情のまま、ホルンはスヌードに顎を埋めながらザミラの顔を見上げている。


「申請は完了していますので行けない事は無いのですが、ザミラさんはそれでも宜しいですか?」


ザミラは一度小首を傾げてから問題無いと相槌を打つ。

ザミラの性格上考えるより先に行動してしまうタイプなので、ホルンが段取りに四苦八苦している間暇で暇でしょうがなかったのだ。だが、だからと言って餌問題を解決しない事には動けないとも思ってはいたので、正直な所相談されたところで判断に困るのでホルンが了承さえすればそのように動くつもりだ。

不思議そうに小首を傾げるザミラをしばし眺めたホルンは突如吹っ切れてのか、先程まで纏っていた張り詰めていた空気から一変し、普段のやんわりとした空気になった。


「ではささっと出かける準備をして参ります。今日、明日位はライアン師団長の一件で王宮内はごたごたしていると思いますし、その騒動に紛れて抜け出してしまいましょう。もう文官やら魔術師長やら騎士団長やらその他諸々面倒な面々を言い包めるのにも嫌気がさして来たところですし」


 爽やかな笑顔で伸びをしながら晴れ晴れと言ってのけたホルンに、全員がはっとある事に気付く。

 恐る恐る全員が顔を見合わせると、代表してザミラが口を開いた。

 

「そう言えばホルンさんも一緒に来てくれるんだっけ。その……本当に大丈夫?」

「えぇ、通常業務は全て片付けて参りましたので、後は突発的に入った仕事の処理ですが……諸々の修理やお二人に会わせろと騒ぐ魔術師長はしばらく放っておいても支障はないでしょう。さすがに厩の片付けは指示して来ますが残件はそれ位ですかね」

 

この一週間不眠不休で対応していたホルンのストレスはほぼピークのよう。通常業務に加えマンドレイクとスレイプニルの繁殖方法から場所の確保に必要素材の確保、さらにそれに群がってくる面倒な貴族や官僚の一掃にイヴァンとザミラに危害が及ばないよう根回しをする等々。素人が考え付くだけでも面倒事ばかり。

以前森に行った際も息抜きがてらと言っていたのを思い出したイヴァンとザミラは、王宮に戻っていくホルンをただただ笑顔で見送った。

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