人生と言う名の道を照らす、宿命の星
オレとルベリアは各地を渡り歩いた。時に同僚だった聖堂騎士を頼り、時にリスタールの力を借り。ただ、紅玉の瞳のせいで長く同じ場所に留まることができなかった。かなり無茶な旅をしたこともあるが、ルベリアは普通の子どもと違ってえらく頑丈で病気ひとつしなかったので、そこは大変助かった。
魔力にあふれていると言うが力の発現はなく、赤い瞳も普段は茶色に見えるようになってきた。このままいけば、もしかしたら、どこかの聖堂で同じ年頃の子どもたちと勉強できるくらいに落ち着くかもしれない。友達を作ってやりたいものな。
そんなわけで、現在はとある山間の村で雇われ狩人として生活しているというわけだった。オレが管理地を縫うように見回る間、ルベリアはその後ろからついてくる。尻尾のように束ねたオレの髪の毛に飛びかかるのが好きで、掴むのに失敗しては転がり、失敗しては転がり、おかげでいつも泥だらけだ。
今日の仕事を終え、丸太小屋まで帰ってきたとき、出入り口の前に立つ来客に気がついた。旅姿の二人で、背の高い男ともうひとりは少し低めだ。警戒を強める前に、ルベリアが駆け出していた。
「あ、こらっ」
客人が妙な動きをしようものなら、白術で一撃、痛いのをお見舞いしてやろうと思ったのだが……
「ああっ、なんて可愛らしい男の子なんだ! ジェレミアそっくりじゃないか! ほら、こちらへおいで? 抱っこしてあげよう、坊や」
両手を大きく広げると同時にそんな戯言を叫んだのは、誰あろう、フレデリック・ガルムだった。懐かしさが込み上げてくると同時に、あんまりにも変わらないので呆れてしまった。こいつは立派な不審者だ、迎撃しても文句はあるまい。
「ああ、ジェレミアが小さかったらこんな感じなんだろうなぁ!」
「そんなに僕と似ているか? 自分ではわからないな」
「似ているさ! この髪の毛の柔らかさといい、くりっとした目許といい。唇もそっくりだ!」
「おい、そこの変態、さっさとオレの娘を離せ」
「トマス=ハリス!」
フレデリックの横に立つのは、若々しさにあふれ在りし日の姿そのままのジェレミア・リスタールだった。絹糸の束のような髪の毛を揺らし、少年のように笑う。おもむろに、どちらからとなく歩み寄ったオレたちは、がっしりと手を握った。肩を叩き合い名を呼べば、積年の別離によってできた溝も淡く消えていく。
「ジェレミア……」
「探したぞ、兄弟」
「ん……。ちょっと、色々あってな。兄貴にも世話になった」
「そんなことはいいんだ、それより、すぐに来られなくてすまなかった」
ジェレミアの言葉にオレは思わず首を横に振っていた。
「……正直に言えば、お前たちと再会したのが今で良かったよ。ああ、そうだ、挨拶しなさいルベリア」
「うべいあ、です!」
自分の名前を上手く言えない三歳児の挨拶に、二人の口許もほころぶ。ジェレミアはしゃがみこんで目線を合わせ、まるで大人を相手にするように丁寧に自己紹介を始めた。あっという間に打ち解けた二人は競うように駆けて行ってしまった。なんとも微笑ましいことだ。
「久しぶり、フレディちゃん。老けたね、お前さん」
「君もな、トム」
「ジェレミアは変わらないな」
「そうだな。だが、それで良いんだ」
「そうか……」
満足そうにそう言い、遠ざかる背中を目で追うフレデリックの横顔からは、昔のようにどこか飢えたようなところがなくなっている。それを老いと取るか成長と取るかはひとによって異なるだろう。だが、オレにはヤツが良い年齢の重ね方をしたように思えた。
「エトワールから手紙が届いたんだ」
「…………」
「そこには、もうすぐ赤ん坊が産まれること、そのときにはもう彼女自身はこの世にはいないだろうということが書かれていた。そして、すぐに、トム、君に会いに行ってほしいという言葉で結ばれていた。細やかな気遣いとこれまでの感謝に満ちた、素晴らしい手紙だったよ。
だが、ジェレミアが……すぐには行かない方がいいと言ったんだ。私としては手紙に従いたかったんだが、ほら、彼は頑固なところがあるだろう?」
「……違いない」
「そのときに身を寄せていた聖火国でえらく足止めを食らったこともあって、こちらへ渡ってきたときには君たちはいなかった。知り合いの聖堂騎士やジェレミアの生家であるリスタールの縁者を辿って、ようやくここまで辿り着いたというわけさ。結局、ジェレミアの言った通り、君には時間が必要だったんだな……。本当に辛いとき、側にいてほしいのは、愛した者だけだ」
「皮肉なことに、な」
「ああ、そうだとも。定めなんて、くそくらえ、だ」
「驚いたな、お坊ちゃんがずいぶんと悪い言葉を覚えたもんだ!」
「上品さだけじゃやっていけない土地だったからね。荒くれどもに鍛えられたのさ」
差し出された拳に、拳をぶつけてやった。
二人はその夏の間、この村に留まっていた。遠くから来た見目麗しい男二人は、物珍しさも手伝ってか歓迎され、しまいには近隣の村からも何かしら理由をつけて見物人がやってくるぐらいだった。ジェレミアはルベリアにつきっきりで剣を教え、そのせいか、ルベリアは「大きくなったら聖堂騎士になる」と言い出す始末だ(もちろん、きちんと喋れていないので推測しただけだが)。ルベリアは四歳になった祝いにと、まだ持つには早すぎるゴツい短剣をもらってとても喜んでいた。我が娘ながら将来が心配だ。
また大陸へ戻ると言うジェレミアとフレデリックを村の外まで見送り、なんとなく帰りそびれてしまい、二人寝転んで空を見上げていた。時間が経つにつれ段々と色の変わっていく大きなキャンバス。そこに星の輝きが見え始めたとき、エトワールの昔話を思い出した。
「……ルベリア。お前の母さんは星なんだ。それも、ただの星じゃない……いっとう輝く星なんだぞ」
「ほしぃ?」
「ああ。いつもお前を見守ってくれているよ。どんなときも。
だから、好きなように、思うように生きてごらん。それが父さんと母さんの望みだ」
「ん~」
「まだ、難しかったな。いいさ、うちに帰ろう」
「うん!」
手を差し出せば、強く指を握ってくる手がある。
それはあたりまえのようでありながら、掴むことが容易でない幸せだ。
いつか、この手はオレから離れていくだろう。
オレが置いていくのか、それとも置いていかれるのか、それはオレが知ることのできないことだ。だが、いつそうなってもいいように、この娘が自分の足で歩いていけるように、手助けができればいいと思っている。きっとこの娘の旅路は困難なものだろう、だからこそ真に彼女に必要なのは、いつかいなくなってしまう庇護者ではなく生き抜くための智慧と勇気なのだ。
人生には嵐の訪れがあり、ひとは皆それに翻弄される。そのまま飲み込まれるか、それとも踏み止まれるか、それはそのときになってみなければ判らない。オレのエトワールは嵐の中でも前を向き続けた、その強さの何分の一でもいい、娘に分け与えてやれたらと思う。
喪失の傷は癒えないままだ。だが、オレもまた前を向いて歩いていかねばならない。
宿命の星が照らす道の終わりは、まだ見えないのだから。
了
無事に最終回を迎えることができました。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
番外編などもぼちぼち書いて行きたいと思いますので、よろしければ合わせてお楽しみくださいませ。




