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追放された俺は逆行転生した〜TS吸血姫は文化を牛耳る〜  作者: 石化


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再誕

 

 自分の死期を悟った香子は、夜を枕元に呼んだ。


「何?」


「私から、親友の夜に、贈り物があるの。受け取ってくれるよね?」


 震える手で、彼女は一本の書簡を取り出す。


 ひとまとめになった書物の題名は雲隠。


「これは⋯⋯!」


「夜だけに、見せてあげる。公開するかしないかは、夜が決めて。」


 それだけ言うと、彼女は満足そうに目をつぶった。


 次の見舞い客が来る。


 夜は、やむえずその場を離れた。


 香子からもらった書簡を開く。


 雲隠は、光源氏の死を描くはずだった部分であり、白紙で作られた時点で、そう言うものだと、さすが紫式部だと、そう言われていた。


 震える手で、ページをめくる。


 そこには、光源氏の最後がきちんと描かれていた。

 円熟期に入った香子の筆致で、魅力的な主人公、光源氏が、死に怯え、悩み、最後に受容して満足げに天に昇る。そんな話が描かれていた。

 他の巻に、勝るとも劣らない、それどころか、これが一番良いのではないかと思ってしまうほどの出来栄えだった。


 これを公開しないのはもったいない。

 でも、香子は、これを、夜のためにと言って渡してくれた。

 夜の独占欲が働く。この物語の最後は自分だけの胸に秘めておこう。


 自他共認める、源氏物語の一の読者であった夜が、初めて見せたエゴだった。


 読めば読むほど味が出る話だ。

 何度でも読みたい。


 こうして夜は、雲隠に没頭することになるのだった。



 ●


 正気に戻った夜は、慌てて香子の元に戻った。

 ずっとつきっきりだったのに、目を離してしまった。


 これで、彼女の容体が急変していたら、悔やんでも悔やみきれない。


 戸を開く。


 静かな寝顔だと思った。


 安らかに、透明に、眠っている。


 眠っている⋯⋯?


 夜は、その印象に違和感を覚えた。

 この頃、香子は、患うことが増えた。

 寝顔はいつも苦しそうで、気が気ではなかった。


 でも、今の彼女は、静かに眠っている。

 軽く微笑んでさえいる。


 一歩、また一歩、ゆっくりと夜は彼女の元に歩み寄る。


「ねえ、香子?」


 声は、小さく震えていた。


 返事が返ってくると信じたかった。


 だけど、当然、そんな奇跡は起こらない。


 彼女の手を握る。ひどく冷たい。

 生きている人にはあり得ない、温度だった。

 夜は、香子の体から命が失われてしまったことを理解した。


「うそ、だよ、ね⋯⋯?」


 夜は、彼女の服をひん剥いて、心臓の鼓動を確かめる。


 当然ながら、なんの鼓動も響いては来ない。


「俺の、せい。俺が、目を離してしまったから⋯⋯。」


 夜の瞳から涙が溢れ出す。

 今までで一番、通じ合っていた人間だった。ライバルであり目標であり、親友だった。途轍もない喪失感が、彼女の身を竦ませた。


 のろのろと、彼女は、香子の死体に顔を埋めた。


 ひんやりと冷たい体温は、彼女の死を残酷なまでにはっきりと示している。


 それは、自然な行為だった。

 愛惜と、寂しさと、苦しさが、彼女を突き動かした。


 夜のほとんど使われたことのない牙が、香子の首筋を甘く噛む。


 もう手遅れであるということは夜にもわかっていた。

 だからこれは、ただの自己満足であり、代償行為だ。


 真夜に言われた、自分の血と相手の血を循環させていくようなイメージを無意識に実践して、夜は血を啜る。


「うう、ん⋯⋯っ。んくぅ、ああ⋯⋯んっ。」


 ジュルジュルと水音が広がる。


 それは、倒錯的で、淫らで、そして、とてつもなく悲しい光景だった。


 茫漠と流れる涙と、血が混じり合う。


 その液体はとろりと肌を流れ、布団へとしみ込んだ。




 いきなり香子の体が、ピクンと跳ねた。


「へ?」


 夜は、戸惑いの声を上げる。


 彼女の覆いかぶさった香子の体が、何かに生まれ変わろうとするかのように、収縮し、膨張する。


「は?」


 夜は事態についていけていない。


 蛹が蝶へ羽化するように、完全に終わっていた香子の体が裂けていく。


 言葉もなくそれを見る夜の目の中に映ったのは、死体の中から立ち上がった17歳ごろの香子によく似た少女の姿だった。


「⋯⋯、香子?」


 少女は瞳を開く。

 深い知性と、そして、なぜだか疲れ切った印象を与える、深い色をした目だった。


「あなたは、誰ですか?」


 完全に初対面の相手に向けられたその言葉は、香子の今の状態を、明確に示していた。


 夜の、いや真夜の類いまれな吸血姫としての力は死体でさえも眷属として復活させる。だが、記憶がそのままになるわけではない。

 死体を復活させたというのにそれ以上を望むのはやりすぎだろう。


 つまり、ここにいるのは、香子のポテンシャルを有する、記憶喪失の少女というわけだ。



 夜はそこまで思い至ってはいなかった。

 だが、彼女を、香子の生まれ変わりだと思うくらいには思いつめていた。


「俺は夜。よろしくな。」


 生前の通り、男言葉で、彼女は話した。


 少女は一瞬戸惑ったように首を傾げたが、すぐに頷いた。


「よろしくです。ところで、私の名前を知りませんか?」


「それは⋯⋯。」


 答えようとした夜の聴覚に、この部屋に向かってくる足音が聞こえてきた。


「話は後、とりあえずこの場を離れるぞ。」


 少女を抱きかかえた夜は、素早くその部屋を脱出する。

 香子の死体はまだ部屋にある。そのままではややこしいことになりそうだった。




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