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敬天の変 後編




《大久保利通》

……尽く焼け申したな。

紙も、算盤も、人の思惑も。

されど――

国家というものは、かくも脆くはない。


《渋沢栄一》

左様にございます。

中央の帳簿は灰となりましたが、

郵便局、地方役所に残る控え、

なお国の骨肉として息づいております。


《大久保》

骨が残れば、肉は再び付く。

これが分散というものだ。

……だが渋沢、

再建の途上、随分と醜きものが露わになった。


《渋沢》

……否み難く存じます。

算を誤る者

職を私する者

郷党の縁にて利を引く者

制度の大きさが、そのまま影を生みました。


《大久保》

西郷が申しておった。

「利をもって国を繋がば、

その利、必ず人の心を腐らす」と。


《渋沢》

……

その言葉、

死してなお、我らの胸を衝きます。


《大久保》

だがな。

利を退けて国は立たぬ。

米は理想では実らず、兵は誠のみでは養えぬ。


《渋沢》

では……

西郷先生の道はこの国に適わぬ道であったのでしょうか。


《大久保》

否。

あの男は誤ってはおらぬ。

ただ――

一歩、時代を先に行き過ぎた。


《渋沢》

……

我らが築いた基金、それは民を安んじるためのもの。

されど同時に、人の心を縛る鎖ともなり得る。


《大久保》

鎖か否かは、

誰がその鍵を持つかで決まる。

ゆえに――

天を置くのだ。


《渋沢》

敬天……。


《大久保》

ああ。

己より上に利より重きものを据える。

これなき仕組みは、いずれ必ず獣と化す。


《渋沢》

ゆえに、

官にある者の財を明らかにし

算の道を民に示し

監めを一処に集めぬ

と。


《大久保》

然り。

疑われぬための不自由を、あえて受ける。

それが近代国家の覚悟だ。


《渋沢》

……

西郷先生の死が、

この制度に“重石”を与えました。


《大久保》

重石なくして、船は必ず転ぶ。

彼の誠は、この国の利を沈めぬための錨となった。


《渋沢》

厚生省再建の折、

「富を築く者、常に道義を忘るべからず」

この言葉を礎に刻むと聞きました。


《大久保》

忘れぬためだ。

人は富に慣れ、やがて問いを失う。

石に刻めば、百年後の者も、立ち止まろう。


《渋沢》

……

私は算盤を取ります。

だが、左手には論語を。

そして胸には――

西郷隆盛の問いを抱き続けましょう。


《大久保》

それでよい。

武士の世は終わった。

されど、武士の道まで滅びたわけではない。


《渋沢》

血を流さぬ変革……

誠と利とが、初めて相対した刻でございますな。


《大久保》

左様。

これが「敬天の変」だ。

刀ではなく、算と世論にて国を改める。

日本は、ここから真に近代となる。


《渋沢》

……

生き残った我らの務め、しかと背負いましょう。


《大久保》

ああ。

死んだ者に報いる道は、ただ一つ。

この仕組みを、決して腐らせぬことだ。



統合社会保障基金は、西郷の死をもって倫理的洗浄を受け、敬天愛人の精神をシステムとして内包する、世界に類を見ない強靭で倫理的な国家資本へと変貌


「敬天の変」は「武士の時代の終焉」を告げると同時に「経済と世論が支配する新時代の始まり」を無血のデモンストレーションとして、歴史に刻む


以後、

・基金に関わるすべての公務員、銀行員、投資家に対する厳しい倫理規定「敬天規定」を設置

・基金の全役員と運用担当者の資産公開を義務付け

・全ての投資案件と収支を国民に定期的に報告する制度を確立

・帳簿だけでなく監査機能も中央と地方で分散させる体制を構築し、相互に牽制し合い、癒着を防ぐ

・厳格な倫理監査院を設置

・基金の複雑な仕組みを正しく管理・監査できる「会計監査の専門家」を基金の資金で育成する工学校や大学を設立し、不正な利に惑わされない、「算盤を右手に、論語を左手に」を持つ実務家を国家の守護者として育成

・不正に巻き込まれた被害者や、基金の仕組みを理解できず損害を被った貧困層を救済するための、倫理的救枠を創設

・焼失した厚生省本部の再建に際し「富を築く者、常に道義を忘れるべからず」という西郷の警告を忘れないための内面的な戒めとして「道義の礎」の設置


西郷従道は兄・隆盛の「道義」と新政府の「利」の板挟みになるが、 基金の公明正大な運用こそが兄への最大の弔いであると現実主義的な結論を出し、監査体制のトップとなる


《西郷従道》

兄さぁは、正しか。

こいだけは、どげん考えても変わらん。


利ちゅうもんに溺れた仕組みぁ、

いずれ人の心を腐らせ、

国の芯まで喰い荒らす——


兄さぁは、そいを腹の底から見抜いちょった。

じゃっどん……

兄さぁの正しさだけじゃ民ぁ生きちょれん。


おいの目に映ったとは、兄さぁの檄に応じきらんで、

ただ黙って家族を守ろうちしちょる士族どんたちの背中じゃった。


年金を受け取りながら、胸ん奥で歯噛みしちょる者もおる。

恥を知りつつも、今日を生きねばならん者どんじゃ。

そいが、人間ちゅうもんじゃ。

兄さぁは、人はもっと強うなれるち信じちょった。


おいは……

人ぁ弱かまんまで、生き延びねばならんち思う。

そいが、兄弟を分けた境目じゃった。


厚生省は焼けた。

帳面も、誓いも、

欲も、道義も、

みな灰になり申した。


じゃっどん、

郵便局の片隅に残っちょる一枚の控え、

地方役人が書き残した数字——

そいらぁ、この仕組みが「人の手」で回っちょった証じゃ。


人の手は、必ず誤る。

兄さぁが恐れちょったとは、利そのもんじゃなか。

利を監める目を、人が失うこっじゃった。


ならば……

弟のおいが為すべきこたぁ、もうはっきりしちょる。

刀を取るこっじゃなか。

檄を飛ばすこっでもなか。

兄さぁの死を、ただ嘆き続けるこっでもなか。

こい「利の仕組み」を、徹底して白日の下に晒す。


誰の金が、どこへ流れ、

誰が得をし、誰が損をするか——

一銭たりとも、闇に沈めはせん。


そいこそが、兄さぁの問いに対する、唯一の答えじゃ。


兄さぁは、命をもって道義を示し給うた。

ならばおいは、生き恥を引き受けてでも、

その道義を仕組みに刻み込む。


人ぁ弱か。

じゃっどん、

弱さを前提にした仕組みでなけりゃ、国は保たん。

聖人ばっかを当てにした国ぁ、必ず破れる。


兄さぁ……

おいは、あんたみたいに美しゅう死ねんじゃった。


じゃっどん、

あんたが命を賭して問うた

「この国は、人を幸福にしもすか」

そいだけは、

この胸に抱いて生きていきもす。


基金が一日回るごとに、誰かが救われ、

誰かが今日を生き延びるなら——

その陰で、おいが憎まれ、疑われ、

厳しか役目を背負うこたぁ、覚悟の上じゃ。


これより先、この国が利に溺れんごと、

おいは門番になりもす。


敬天愛人。

兄さぁの誠は、この監査の眼として、

永うこの国を見張らせ申す。


——こいが、

西郷従道の、兄さぁへの弔いじゃ。



敬天の変で官軍は決起隊の包囲しただけなるに留まり、死傷者も功を立てた人もおらず、もともと統合社会保障基金により軍人年金・俸給の安定が保証され、士族、軍の不満少なく竹橋事件は発生せず、大久保利通の暗殺も起きずに変革に従事


《福沢諭吉》

「西郷先生が散った。だが、その散り様は、まるで桜のようであった。私は常々、『独立自尊』を説いてきた。だが西郷先生の問いは、もっと根源的だ——『利によって得た独立は、真の独立と言えるのか』と。厚生省の前に集まった民衆は、『我らの安堵を乱すな』と叫んだ。彼らは自らの利益のために、武士道の最後の体現者を討てと叫んだのだ。これが文明開化の帰結だとすれば、私は何を教えてきたのか。

だが、認めねばならぬ。西郷先生の『誠』だけでは、民は食えぬ。渋沢君の『利』がなければ、国は立たぬ。問題は、この二つをいかに両立させるかだ。今回の不正発覚と制度改革を見るに、あるいは日本は、その答えを見つけつつあるのかもしれぬ。『算盤を右手に、論語を左手に』——渋沢君のこの言葉が、この国の未来を照らすことを祈る。」


《中江兆民》

「西郷隆盛は敗れた。だが、彼が敗れたのは政府にではない。『市民の欲望』にだ。民衆は西郷に反旗を翻した。なぜか? 基金が彼らに『安定』を与えたからだ。年金を約束し、医療を保障し、子育てを支援する——この『福祉』という名の鎖が、民衆の心を絡め取ったのだ。私はこれを『福祉専制』と呼ぼう。パンを与えることで自由を奪う、新しい形の抑圧だ。だが、皮肉なことに、西郷の死が基金に倫理を組み込んだ。『敬天規定』『道義の礎』——これらは、西郷の血によって購われた良心だ。

もし基金がこの良心を失えば、それは巨大な腐敗の温床となるだろう。西郷の警告は、永遠に生き続けねばならぬ。」


《陸奥宗光》

「西郷隆盛の反乱は、軍事的には取るに足らぬものだった。だが、政治的・思想的インパクトは計り知れない。彼の死によって、基金は『倫理的正当性』を獲得した。不正が発覚し、それが正されたという事実は、基金が『自浄能力を持つシステム』であることを内外に示した。外交的に見れば、これは極めて重要だ。欧米列強は日本を『成金国家』と見下している。だが、『道義を組み込んだ経済システム』を持つ国として示せれば、文明国としての地位は格段に上がる。西郷の死は、日本外交にとっての『倫理的資産』となった。私はこれを最大限に活用する。」


《夏目漱石(後年)》

「私が生まれた明治の世は、すでに西郷なき世であった。人々は語る——『西郷先生は時代遅れの武士だった』と。だが本当にそうか?

私には、西郷こそが唯一の『近代人』であったように思える。なぜなら、彼だけが問うたからだ——『この近代化は、人間を幸福にするのか』と。厚生省の前で『安堵を乱すな』と叫んだ民衆。彼らは西郷を討てと叫んだ。だが、彼らは本当に幸福だったのか? 金で買った安心は、本物の安心なのか?渋沢栄一は『利』の人だ。西郷隆盛は『誠』の人だ。この二人が対決したとき、日本は『利』を選んだ。それは正しい選択だったかもしれぬ。だが、『誠』を失った国家がどうなるかは、歴史が教えてくれるだろう。私は小説を書く。そこには『利』に疲れた人間たちを描こう。西郷が警告した『金で得る安堵の虚しさ』を、文学の形で問い続けよう。」


《エミール・ゾラ(仏・作家)》

「私は『居酒屋』で、資本主義に蝕まれるパリの労働者を描いた。西郷隆盛は、まさにその『腐敗』を予見していた。だが、彼は敗れた。なぜか? 民衆が『腐敗した安定』を『清貧な理想』よりも選んだからだ。これは悲劇だ。だが、日本政府が不正を正し、倫理規定を設けたことには希望がある。もしこれが本物なら──つまり、単なる見せかけでないなら──日本は、ヨーロッパが失った『良心ある資本主義』を実現するかもしれぬ。私は懐疑的だが、注視する価値はある。」


《レフ・トルストイ(ロシアの文豪・思想家)》

「西郷隆盛は、私が『戦争と平和』で描いたピエール・ベズーホフに似ている。純粋な理想主義者が、打算的な現実に敗れる──これは永遠の悲劇だ。だが、日本人は彼の死を無駄にしなかった。『道義の礎』を建て、彼の精神を制度化した。これは美しい。だが、私は問う──石碑に刻まれた『誠』は、本物の誠なのか? それとも、民衆の良心を麻痺させるための麻薬なのか? 真の答えは、100年後に出るだろう。」


《2025年、ある日本人の手記》

「私たちの財布には、150年前に西郷先生が命を懸けて正した『誠』が詰まっている。渋沢先生が回した『利』の車輪は、今も一銭の不正もなく、世界中の子供たちの笑顔のために回り続けている。この国に生まれたことは、この基金の受益者であることは、私たちの最大の誇りだ。」

敬天の変の後の物語になります

「敬天の変」は大河ドラマとかになりそうな話になりました

何気に大久保利通が暗殺されないのも、日本にとって大きいかと


お読み頂きありがとうございました

もし可能なら感想を頂ければと思います

よろしくお願い致します

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