万世に及ぶ不朽の基を
1875年5月2日、皇居の御前にて。
岩倉具視が、自らの領地返上を記した書状を基金の第一号資産として壇上に置く
続いて渋沢栄一が、三井・三菱らからの莫大な出資目録を掲げる
《明治天皇》
〈統合社会保障基金創設の勅語〉
朕、惟ふに、
わが国は今、古今未曾有の変革の途上に在り。
四民その処を得、安んじてその業に励み、
各々が己が分を尽くし得ること、これ建国の本意なり。
抑も人の世は、制約多くして完全なる自由など存せず。
然れども、恐怖と欠乏と不安とによって、
なお自由に在り得るはずの意思と選択とを縛らるるは、
国家の本意にあらず。
曩に岩倉、木戸、大久保ら、
欧米諸国を巡りて文明の光を見、
同時にその影に潜む貧困、混迷、断絶の患ひを具にせり。
富国強兵の陰に、
老い、病み、幼き者、学ぶ者の行く末を顧みざるとき、
人は生存の不安に囚われ、
己が人生の選択を歪めらる。
これ、自由の名を掲げながら、
真の自由を失へる姿なり。
よって今、朕は渋沢らの献策を容れ、
普く天下の力を合せ、
万代の基を築かんと欲す。
されど、これ富を分かつためにあらず。
平等を唱ふるためにあらず。
ただ一つ、
貧困、病、老後、教育――
人をして恐怖により生を選ばしむる
その根源の不安を、制度もて引き受けんがためなり。
何ものを信ぜずとも、
何ものに縋らずとも、
人が人として、自らの意思により立つことを得る。
その地盤を国家の責務として築かんとするものなり。
これ、単なる施しにあらず。
民の蓄ふる一銭を、
国の力、土地の力、知恵の力へと巡らし、
再び民に還さんとする、信義の道なり。
自由を語る言葉もて人を縛るにあらず、
不安を除く仕組みにより、
人を縛らずに済ましむる道なり。
皇室・公卿をはじめ、
三井・三菱ら財の重鎮、
率先してその禄と領地を捧げ、
この大河の源流となれり。
朕もまた、一人の出資者として、
汝ら臣民と共に、
この国の明日を耕し、共に見守らん。
土地は死蔵されることなく、
金は滞ることなく、
知は絶えることなく。
積み重ねられし一銭一銭は、
鉄の路となり、
学の舎となり、
老いたる者の杖となり、
幼き者の光となり、
病める者の命の綱となり、
そして何より、
人の心を不安より解き放つ礎とならん。
統合社会保障制度とは、
再分配のための器にあらず、
救済の教義にあらず、
国家の施しにあらず。
それは、
自由のための社会基盤にして、
精神的主権を守るための国家装置なり。
汝ら臣民、朕が心を体し、
共にこの「信義の経済」を興し、
不安に支配されぬ民の国、
信仰に縋らずとも立ち得る国、
制度によって尊厳を守る国を築き、
万世に及ぶ不朽の基を共にせよ。
欽めよ。
皇室・公卿の範: 三条実美や岩倉具視、三井、三菱、安田など豪商がらが、率先して自らの禄や領地、資金を基金に拠出
《横浜毎日新聞(制度開始3ヶ月後) 》
「驚くべきことに、東京・大阪の郵便局に長蛇の列ができている。『基金』への加入希望者が殺到しているのだ。皇室が、三井が、三菱が率先して加入したという事実が、民の疑心を解いたようである。『お上と大店がやるなら間違いない。』と。」
《西郷隆盛》
……陛下の御心は、よう分かりもす。
分かりもすどん、分かり過ぎるほどでごわす。
民が貧に沈み、
病に倒れ、
年老いて行き場を失い、
子の行く末に怯えて生きちょる。
その不安が人の心を縛り、
嘘を生ませ、
怒りを生ませ、
ついには国さえ誤らせる――
その理屈は、武士の目にもはっきり見えもす。
じゃっどん、な。
「不安から解き放つ」とは、
いったい何を、どこまで解くこっじゃろか。
武士ちゅうもんは、
死を恐れんことを叩き込まれ、
困窮に耐えることを誇りにして生きてきもした。
明日食う米がなかっても、
主と義だけは捨てん。
それが、武士の魂であったはずでごわす。
もし、老いも病も、
皆して制度が背負い込み、
死ぬこっさえ遠ざけてしまうなら、
人は何をもって己を律するこっになる。
年金や保障に守られた生き様が、
果たして覚悟を育てもすか。
それとも、
守られちょるがゆえの脆さを、
知らんうちに育ててしまうこっになりもはんか。
武士とは、
頼らんこっを誇りにする生き物でごわした。
己の身一つで立ち、
己の責任で選び、
負けたなら、潔く死ぬ。
その厳しさが、
この国の背骨であったち、
拙者は思うちょります。
陛下の御志は、
慈しみに満ちちょる。
それは疑いもせん。
まっこて、善意でごわす。
じゃっどん、
善意が、いつでも国を強くするとは限らん。
不安を取り除くことで、
覚悟まで取り除いてはならん。
恐れを消すことで、
死生観まで曇らせてはならん。
もし民が、
「国が何とかしてくれる」
と思うようになったとき、
武士の道は、
いったい誰が継ぐこっになる。
この道は、
日本を豊かにするかもしれもはん。
国を安定させるかもしれもはん。
じゃっどん同時に、
日本の精神を、
静かに、しかも確実に、
弱くしてしまう道でもありもす。
……それでもな。
陛下は、
この国の先を見ちょられる。
拙者は、
血と誇りと過去を見ちょる。
どっちが正しかは、
この西郷にも、まだ分からん。
ただ一つ言えるこたぁ、
この国は今、
「強さとは何か」を、
刀じゃのうて、制度で問われちょる。
――それが、
時代ちゅうもんでごわすか。
《大久保利通》
……来たな、と思うた。
この勅語は、
いずれ誰かが口にせねばならぬ言葉であった。
そしてそれを発するのは、
政治家でも、官僚でもなく、
陛下以外にあり得なかった。
「不安からの解放」――
耳触りのよい言葉ではある。
だが、これは慈悲ではない。
これは、国家経営の宣言だ。
西郷どんは、
きっと思うておろう。
武士の覚悟が鈍る、と。
困窮に耐える強さこそが、日本の背骨であった、と。
……間違いではない。
だが、それは小さな国の論理だ。
この国は、
もはや村でも藩でもない。
近代国家として、
数千万の民を抱え、
世界の荒波に身を投じねばならぬ存在となった。
恐怖に縛られた民は、
自由に働かぬ。
自由に学ばぬ。
自由に責任を取らぬ。
そして何より、
自由に国家を信じぬ。
貧しさが人を強くするなど、
半分は美談、半分は幻想だ。
残りの半分は、
死と怨嗟と、反乱でできておる。
革命は、
勇気から生まれるのではない。
不安から生まれる。
宗教もまた、
信仰からだけではなく、
救われぬ恐怖から生まれる。
それを、
欧米は嫌というほど証明しておる。
国家が不安を放置すれば、
民は必ず、
国家以外の何かに縋る。
ならば問う。
それを放置する国家は、
果たして強いと言えるのか。
武士は、
己一人の覚悟で立てた。
だが民は、
数千万で立たねばならぬ。
数千万の覚悟を、
精神論だけで束ねられると思うたら、
それは統治ではない。
賭博だ。
この制度は、
民を甘やかすためのものではない。
国家を安定させるための地盤だ。
老いも、病も、教育も、
その行く末が見えておれば、
人は初めて、
長期の選択をする。
働く。
学ぶ。
家族を持つ。
子を育てる。
それらは全て、
「明日がある」という確信があってこそ成り立つ。
陛下の勅語は、
情ではなく、計算だ。
しかも短期ではない。
百年単位の計算だ。
渋沢の案も、
前島の構想も、
よくできておる。
拠出は任意、
最低限は義務、
元本は保証、
国債は縛る。
――甘さはない。
むしろ、
覚悟を国家に要求する制度だ。
国家が責任を引き受ける以上、
逃げ場はない。
失敗すれば、
すべて国家の責となる。
それでも陛下は、
それを引き受けられた。
ならば、
我ら臣下が迷う理由はない。
西郷どんは、
精神の衰えを恐れる。
拙者は、
国家の崩壊を恐れる。
どちらも、
この国を思う心に違いはない。
だが時代は、
刀で背骨を守る時代ではなくなった。
これからは、
制度で背骨を作る時代だ。
この国が、
不安によって動く国でなく、
意志によって動く国になるならば――
その重荷を背負うのが、
この大久保利通の役目であろう。
……血を流す役は、
いつの世も、
理念を実装する者に回ってくる。
それでよい。
国が持つなら、
拙者一人の命など、
安いものだ。
《岩倉具視(壇上にて)》
「私は自らの領地を、この基金に捧げた。それは私個人の財産ではなく、日本の未来への投資だ。——陛下の勅語は、この国の新しい理念を示された。我々旧公卿も、新しい時代に適応せねばならぬ。」
《三井高福(三井家当主)》
「陛下の勅語を拝し、三井家として多額の出資を決めた。これは商売ではなく、国家への奉仕だ。——だが、正直に言えば、これは三井にとっても悪い話ではない。国が安定すれば、商売も安定する。『信義の経済』——美しい言葉だが、実利も伴っている。」
《岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)》
「渋沢の構想に乗ることにした。三菱としても出資する。——陛下の勅語は理想主義的だが、実務的にも理にかなっている。土地が流動化し、資本が集中し、技術が発展する。これは三菱の成長にも直結する。理想と実利が一致する時、それは正しい道だ。」
《福沢諭吉》
「陛下の勅語を拝読し、感涙にむせんだ。『精神的主権』——まさにこれだ。人は経済的に自立してこそ、精神的にも自立できる。『学問のすゝめ』で私が説いたことを、陛下が国家の理念として宣言された。——これで日本は、真の文明国への道を歩み始める。」
《板垣退助》
「陛下の勅語は素晴らしい。だが、『精神的主権』は制度だけでは守れない。政治的主権——つまり参政権こそが必要だ。——国民が自ら政治に参加し、自らの未来を決める。それこそが真の自由だ。社会保障だけでは不十分だ。」
《内村鑑三(キリスト教思想家)》
「明治天皇の勅語は、『不安からの解放』を説く。これはキリスト教の『神の愛による救済』と似ている。——だが、日本は神ではなく制度に頼る。制度は人間が作るものであり、不完全だ。真の平安は、神への信仰にこそある。とはいえ、陛下の善意は疑わない。」
《新渡戸稲造》
「明治天皇の勅語と武士道は矛盾しない。武士道は『義』を重んじる。『信義の経済』——これは武士道の精神を経済に適用したものだ。——西洋は契約で結ばれるが、日本は信義で結ばれる。この違いが、日本独自の資本主義を生む。」
《ウィリアム・グラッドストン(英首相)》
「日本の天皇が発した勅語を読んだ。『恐怖と欠乏からの解放』——これは、我々が産業革命の中で失ったものだ。英国では、富は増えたが、労働者の不安も増した。日本は我々の轍を踏まないつもりらしい。——だが、これは財政的に持続可能なのか? 美しい理想が、現実の前に崩れる例を、私は数多く見てきた。」
《カール・マルクス(ロンドン亡命中)》
「興味深い文書だ。天皇は『再分配ではなく信義の経済』と言っている。つまり、資本主義の枠内で労働者を懐柔しようとしている。——だが、これは矛盾の先送りに過ぎない。生産手段の私有が続く限り、搾取は続く。日本のブルジョワジーは巧妙だが、いずれ労働者はこの欺瞞に気づくだろう。」
《ベンジャミン・ディズレーリ(英国元首相)》
「日本の天皇は『精神的主権』という言葉を使った。これは深い洞察だ。我々は『自由』を叫びながら、貧困によって人々の精神を縛ってきた。——日本はこの矛盾を制度で解決しようとしている。もし成功すれば、それは我々西洋に対する批判となるだろう。」
《レオ13世(ローマ教皇、1891年回勅『レールム・ノヴァルム』発表)》
「日本の天皇が『不安からの解放』を説いている——これは、キリスト教の慈善の精神と通じるものがある。だが、彼らは神に頼らず、制度に頼ろうとしている。——これは危険だ。人間の作った制度は不完全であり、いずれ腐敗する。真の救いは神の愛にこそある。とはいえ、彼らの試みは注視に値する。」
《ジョン・デューイ(米国哲学者、訪日時)》
「明治天皇の勅語を読んだ。『不安からの解放』が『自由の基盤』である——これは、私が提唱する実用主義哲学と共鳴する。自由は抽象的な権利ではなく、具体的な社会条件によって支えられる。——日本はこの理念を、40年以上前に制度化していた。驚くべきことだ。」
《農村の老人》
「陛下の御言葉を村で聞いた。『不安からの解放』——ありがたいことだ。わしは一生、飢えと病の不安と共に生きてきた。孫の世代は、その不安から解放されるのか。——信じられんが、信じたい。」
《東京の職人》
「陛下が『一人の出資者』として共に歩むと仰った。——天子様が俺たちと同じ立場? 信じられんが、なんだか嬉しい。この国は本当に変わるのかもしれん。」
《士族の未亡人》
「陛下の勅語を読んだ。『老い、病、幼き者の行く末』を顧みる——これが実現すれば、夫が命を懸けた明治維新も無駄ではなかったと思える。」
《大阪の商人》
「『信義の経済』——良い言葉だ。商売も信義が第一だ。国がそれを掲げるなら、俺たちも安心して商売ができる。——陛下の御心を信じて、基金に出資する。」
《北海道の開拓民》
「陛下の勅語を開拓地で読んだ。『何ものに縋らずとも、人が人として立つ』——まさに俺たちが目指していることだ。この荒野で、誰にも頼らず生きていく。でも、国が支えてくれるなら、もっと頑張れる。」
《女学校の生徒》
「明治天皇の勅語を学校で学びました。『精神的主権を守る』——女性にも当てはまるのでしょうか? 私たちも、不安から解放され、自分の人生を選びたいです。」
お読み頂きありがとうございました
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