第78話 始動
12月23日 水曜日
『あの、五木さん』
『ん?』
『なに?』
『そろそろ私に関わるの、辞めてください』
『え?』
『そんなこと言っちゃうの?』
『やだなー』
『友達じゃん』
『あたしたち』
『五木さんは友達をいじめるんですか?』
『いじめって笑』
『ちょっとスキンシップしてるだけじゃん笑』
『ちょっとお使い頼んだり』
『ちょっとお小遣い貰ったり』
『ちょっとプロレスごっこしたり』
『ほら、仲いいじゃん笑』
『パシリ、カツアゲ、暴力、立派ないじめですね。いや、もはや犯罪です』
『は?』
『あのさあ』
『立場ってもんわかってる?』
『そんなこと言ってると』
『本気でいじめちゃうよ』
『あいつみたいになりたいの?』
「お、怒らせてしまいましたよ……これからどうするんですか……」
メガネをかけた大人しそうな少女は五木学園中等部の三年生だ。
彼女は璃莉と同級生。
そして、璃莉をいじめていたという理事長の娘、五木の新しいいじめの標的でもあった。
彼女は体育館裏でブルブルと震えながら、自らをいじめる五木に向かってレインを飛ばす。
その文面を隣で指導しているのが、私、月上京花。
「落ち着いて」
「で、でも……」
「悪いようには絶対にしないわ。私の言った通りの言葉を打ち続けてくれたらいいから」
一度ちらりと彼女を見て、無表情でそう投げかけた。
そしてまた、五木を誘い出すべくスマホに向かう。
この日、私は久しぶりに学校を訪れた。
といっても、素直に授業を受け平穏に過ごしていたわけではない。
――『中等部三年、璃莉ちゃんと同じ学年の『五木』って女子。理事長の娘でさ、友人一人と一緒に璃莉ちゃんをいじめていた……らしい。そいつ、理事長の威を借りていつも好き放題してる不良だから、あり得ない話ではないと思う。なんでも、標的を変えて今もいじめをしてるとかしてないとか……』――
以前先輩が自宅を訪れたときの言葉を覚えていた。
懲りない五木は今もなお、いじめに及んでいると聞く。
だが、それが今の私にとっては好都合だった。
今のいじめの標的を利用し、五木とその友人をおびき出す。
そして、復讐を完成させる。
これが私の企みだ。
そのために、今日はまず情報収集から始めた。
学校にはいたが、高等部の校舎には一切立ち寄っていない。
つまり表向きは不登校継続中のまま、璃莉をいじめたという五木とその友人、それと今のいじめの標的の情報をコソコソ集めていたというわけだ。
朝のホームルームが始まる前から共同校舎のトイレに身を潜ませ、やって来る生徒達の会話に聞き耳立てた。
加えて昼休みには自室の押し入れに眠らせてあった中等部の制服に着替え、中等部の校舎に潜り込んだ。
こうして涙ぐましく集めた情報は、なかなかよい成果だった。
まず五木。
理事長の娘だという中等部三年の彼女は傍若無人の一言だ。
その見た目は超派手。
中学生とは思えない明るい色に髪を染め、耳にはピアスを光らせている。
中等部の校舎の潜り込んだ際には、周囲のことなどまるで考えない大きく下品な声を上げながら、まるで学校が我が物だといわんばかりに廊下を闊歩する姿を見かけた。
その次に五木の友人。
こちらは岡部という名で同じく中等部三年生である。
五木ほどではないが岡部も相当派手な見た目をしている。
染髪・ピアスはこちらも同様で、五木と行動を共にし、すれ違う人達をふたりで萎縮させていた。
最後に、今私の隣にいる女の子。
弱々しい表情の彼女は五木・岡部のいじめの標的だ。
しかも他の生徒達からは傍観を貫かれており孤独。
だがその分、声はかけやすかった。
『放課後、体育館裏へ来て。あなたを救ってあげる』
彼女にそう耳打ちしたのは昼休み終盤。
次が移動教室なのかクラスの面々が共同校舎へ向かう最中、ギリギリに席を立ってひとりで向かおうとしていたところを、すれ違いざまに。
過度な接触は避けた。私の正体がバレたらまずい。
正直なところ、応じてくれるかは賭けであった。
だが、得体も知れない私に一抹の望みをかけてくれたようで、今に至る。
「次の言葉は……そうね……」
次に打つべきは『あいつみたいになりたいの?』に対する返信だ。
その『あいつ』がなにを指しているのか?
考えずとも頭に浮かんで、より一層、復讐心の炎が燃えたぎった。
「いちいち伝えて打つのもじれったいわ。私にスマホを貸してくれる?」
手を伸ばすと、彼女は怯えた目でビクッと震え上がった。
「ほ、本当に大丈夫なんですよね……」
「大丈夫だから。さっさと貸しなさい」
躊躇する彼女の手から、スマホを強引に奪い取った。
「ああ、勝手に……」
「黙っていなさい」
その気になればいつでも力尽くでスマホを奪い取ることができた。
昨日、無理矢理食べ物を流し込んだ甲斐もあり、体力と気力が全快だからだ。
スマホを手にした私は、さっさと本題に入ることを決める。
五木とその友人を誰もいない場所へ呼び出せたらいい。
そのためには、餌をぶら下げたら手っ取り早い。
『手切れ金、払います』
送信。
金は、欲にまみれた人間にとっていい餌となる。
『手切れ金?』
『いつもお小遣い貰ってるし同じじゃん』
『そんなのであたし達から逃れられると思う?』
『30万』
『え?』
『30万、払います』
『まじか』
『ほんとに』
『うそつくな』
『本当です。もし嘘だったなら、これから煮るなり焼くなり好きにしてください』
『へえ』
『そこまでいうなら』
『信じてあげる』
『ほんとに30万くれたら』
『もうあんたには関わらない』
はっ、釣れた釣れた。
見た目通り頭は空っぽのようで、警戒心に欠けている。
これからどうなるとも知らずに金の話をしたら飛びつきやがった。
さて次は……事が運び易いところへおびき出すための話を振らなければ。
『ありがとうございます。それで受け渡し場所ですが、誰の目にも付かないところがいいです。お金を渡しているところを見られたくありませんから』
『あーね』
『それはこっちも』
『同じだわ』
同意を受け、どこかのホテルの一室でもと提案しようとしたところで、
『じゃあ学校の屋上』
『そこに来て』
先に五木から提案が飛んできた。
「……屋上?」
思わず声に出た。
屋上へと繋がる扉は鍵が掛かっている。
だがそれは見せかけ。実は鍵は壊れており自由に出入りできる。
璃莉と私が屋上でふたりきりになれたのもそのおかげだ。
それにしても、なぜそのことを五木が知っている?
ここはカマをかけてみる必要がありそうだ。
『屋上は出入りできないのでは?』
『あーだいじょぶ』
『あそこの鍵』
『パパに頼んで細工してもらってあるから』
『実は簡単に開くんだよ』
『授業がめんどいとき』
『よくサボってんだ』
『あたしと岡部のアジトって感じ笑』
なるほど。事情が読めた。
あの鍵は壊れていたのではなく、意図的に壊されていたのだ。
そして初めて屋上を訪れた際に璃莉が言っていた『派手な女の子達が話しているのを聞いた』とは、五木と岡部の事だったのだろう。
なにはともあれ、部屋に入るまでに人目につくホテルよりも、屋上の方が安心だ。
ここは相手の誘いに乗ってやるとしよう。
『わかりました。屋上へ伺います』
『うん』
『じゃあさっそく』
『明日の夜10時に持ってきて』
『パパに頼んで』
『学校開けとくし』
『警備もなしにしてもらっておくから』
ほう、より都合がよくなった。
邪魔者は誰ひとりいないというわけだ。
「はい、これ」
用件は済んだ。持っていたスマホを持ち主に返す。
すると彼女はすぐさま画面を見て目を丸くさせ、とたんに顔を青白くさせた。
「さ、30万って。そんな大金持っていませんよ……!」
「安心しなさい。全額私が出すわ」
「え⁉ い、いいんですか⁉」
「ええ、明日も私が代理で屋上へ向かうわ。これであなたはいじめから解放される」
言うやいなや、彼女は一変してぱあっと晴れやかな笑顔を見せた。
私が女神にでも見えるのだろうか。
ふっ、実際は死神に利用されただけなのに。
「もう帰っていいわよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
一礼して去って行く足取りは非常に軽やかだった。
私の理由はどうであれ、彼女からしてみれば降って湧いた幸運に違いない。
取引に使われるのは30万もの大金だ。
まあ、もうすぐお金なんて持っていてもしかたなくなるけど。
「……むこうも、私もね」
たったひとりの体育館裏にて、自身のその声は自虐的であった。




