第57話 剣を振るう意味
面接の最中、席を外した社長。
待つほどでもなくすぐに帰ってきた小太りの身体の後ろには、若い男性の姿があった。
「待たせたね。ここにいる剣崎君と試合してもらうよ」
剣崎と紹介された男性は社長と同じく枝豆色の作業着を身に纏っていた。
だがその体格はまるで別物。
背が高く、筋肉質なその肉体はスポーツマンである想像に違わないだろう。
「剣崎君はここでバイトしてくれている大学生でね。幼い頃から今に至るまで剣道を続けている生粋の剣士でもあるんだ」
まるで自身の自慢をするかの如く、嬉々とした口調で言葉を続けた社長に、剣崎は驚きの表情を向けた。
「社長、まさかこの女の子と試合するんですか⁉」
「そうだよ。本気でやってね」
「いやいや、俺、女の子をいたぶる趣味なんかないっすけど……」
剣崎は自身の短く切りそろえられた茶髪に手を置く。
チラチラとこちらに向けられる困惑した表情は、自分が負けることなど念頭にない様子を如術に表していた。
ああ、どいつもこいつも、私が負けるとばかり思い込んで腹が立つ。
璃莉と出会い、私はかなり穏やかな性格になったと思っていた。
だがそれは璃莉といるときだけのようだ。
元来の私は、強気で、勝ち気で、負けず嫌い。
忘れかけていた闘争心が顔を出し、挑発の言葉となって表に出る。
「可哀想、とは? 今から年下の女に負ける自分に対してですか?」
刹那、困惑の表情を向けていた剣崎の目が変わった。
「……あ?」
鋭い眼差しに臆することはなかった。
むしろ煽情心が昂ぶったほどだ。
「相手の心配をして自分が負けたら滑稽ですよね。今のうちに『参りました』と土下座する練習をしていたらどうですか? 私は大笑いをする練習をしておきますから」
剣崎は額に青筋を浮かべて口を開く。
「おいお前、剣道を始めて何年になる?」
「中学一年の頃始めましたから、四年に満たないですね」
「はっ、それでよくそんな大口が叩けたもんだ」
「笑いたいのはこちらですよ。実力と経験年数が比例すると決めつけているなんて、浅はかにもほどがあります。頭がバカでは剣道もできませんよ。もっと勉強したらどうですか? 大学生さん」
挑発の言葉は止まらない。
殺伐とした場の空気に社長が冷や汗を垂らす中、私は嘲笑うかの如く、剣崎は鬼のような形相で、互いをにらみ合った。
「このクソガキが……。いいぜ、道場に行こう。泣かせてやる」
「そちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね」
座っていた私は立ち上がり、少しだけ口角を上げた。
その笑みは自信の表れと、約一年ぶりの試合に嬉々とするもの。
かつて私は中学の全国大会を征した。
だが、そのときと今の剣術は完全に異なる。
正統派の剣士とはかけ離れた存在、古流剣術の剣士になったのだ。
新しい剣術を試合で試すのは初めて。自然、高揚感が私を包む。
ああ、早く試合がしたい。私の示現流で強く美しく戦いたい。
……とは思いつつも。
脳裏に浮かぶのは大切な恋人の顔。璃莉がこの場にいたらよかったのに、と強く想う。
観戦してもらって、強く美しくかっこいい私を見てほしい。
そして完勝して、さらに惚れてもらえたら嬉しい。
あ、でもさっきの挑発はあまり聞かれたくないかも。その件に関してはこの場に璃莉がいなくてよかった。
ひとりの女の子を想い、望み、願う。
たまに不安になって、けれど最後は安堵する。
剣術が変わったのと同じく、私の中身も中学までとはまるで違う。
やっぱり、私の全ては璃莉なのだ。
その璃莉に、自分で稼いだお金でクリスマスプレゼントを贈るため、剣崎に勝つ。
それが、今の私が剣を振るう意味だ。




