第27話 イチャイチャほのぼの
昼休憩の時間がやってきた。
座敷にて師匠と対面する形で座り、昼食を取る。
ここまではいつもと同じなのだが、今日は私の隣に璃莉がいた。
おいしそうに親子丼を食べる璃莉。
その様子をチラ見しながら考えることは、
『この構図、結婚の挨拶に来たみたい』
なんて脳がとろけた者の終着点。
「どうした京花? 箸が止まっておるぞ」
「あ、いえ、なんでもありません!」
「ならよいが……」
師匠に不審がられた。
大体、まだ付き合って半日が経過した程度で考えることじゃない。
妄想だとしても飛躍しすぎている。
恥ずかしくていたたまれない気持ちになった己を誤魔化すように、親子丼をかき込んだ。
「お姉様、ほっぺたにご飯粒がついてますよ」
「え? どこ?」
早食いのせいか、頬に米粒がついてしまったらしい。
取り除こうと頬に手を当てると、
「ここですよ」
私が触っている反対側の頬から、璃莉が米粒を取った。
そして、なんと、驚くことに、その米粒を食べてしまったではないか。
「えへへ、ごちそうさまでした」
……かわいすぎる。
もう一度、今度はわざと頬に米粒をつけてみようか。
・・・
いつもよりご機嫌な昼食が終わった。
ちなみに食べた後の洗い物は私の仕事。
ただで稽古を受けさせてもらっている上、ご飯までお世話になっているのだから、せめてもと私からお願いしたのが始まりだ。
というわけで台所に立って洗い物をしていると、そこに璃莉がやってきた。
「お姉様、手伝います」
「今日は少ないから大丈夫よ。璃莉は座ってて」
メニューが親子丼だったから、洗い物といっても人数分のどんぶり、コップ、箸、それと調理器具のみ。
すぐ終わるし、璃莉を手伝わせるまでもないと思って断ったのだが、
「いえ、手伝います。手伝いたいです」
「どうして? 洗い物なんて、楽しいものじゃないでしょう?」
首をかしげる。
すると璃莉は背伸びして、私の耳に唇を寄せようとした。
耳打ちしたいみたいだが、身長の差がかなりあるため、届かない。
私が身体を曲げて、お出迎え。
「だって……お姉様の近くにいたいですもん……」
カクン、と膝から崩れ落ちる。
耳元でそんなことを囁かれるなんて、破壊力抜群だ。
「お、お姉様⁈ どうしたんですか⁈」
「な、なんでもないわ…」
なんでもなくない私はヨロヨロとどうにか立ち上がる。
どうやら璃莉自身は己の破壊力に気づいていないようだ。
これが無自覚だと考えると恐ろしい。
「そ、それじゃあふたりで片付けましょうか」
「はい!」
・・・
洗い物が至福の時間になるとは思わなかった。
ふたりでの洗い物はあっという間に終わり、居間に戻る。
すると師匠が腰を上げながら口を開いた。
「食休みの散歩に行ってくる。おぬしたちもゆるりとしておれ」
食休みの散歩? そんなの初めてだ。
「はーい」
「は、はい」
師匠はすぐに居間を後にし、やがて玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
うーむ、なぜ急に散歩なんか……?
なにはともあれ、言われた通りゆっくりしようと畳の上に座る。
すると璃莉も私の隣に腰を下ろし、
「今日のお姉様、とてもかっこよかったです。こんな人が璃莉の恋人だなんて、信じられないくらい嬉しいです」
稽古を褒めてくれた。
よかった、少しは泣き虫の汚名返上ができたのではないか。
「ありがとう。私も璃莉にそう言ってもらえるのが一番嬉しいわ」
「えへへ、お姉様……」
突如として目がトロンとなった璃莉。
「今、ふたりきりですね……」
そして私の腕を取って、ピトッとくっついてきた。
昨日の夜も似たようなことをしてきたが、腕を絡め合っている分、触れ合う面積は今日の方が大きい。
しかも璃莉は半袖だから、その柔らかな肌の感触が私の全身を駆け巡り、胸が高鳴る。
……やばい。クラクラドキドキする。
ぶっ倒れてしまうのではないかと思いながらチラッと璃莉を見る。
すると璃莉もまた私を見て、見つめ合う形になる。
璃莉って、本当にかわいい顔をしている。
まつ毛が長くて、お人形さんみたいだ……ん?
見つめ合っていると、不意に璃莉が目を瞑った。急にどうしたのだろう?
しばらく眺めたのち、
「目にゴミでも入ったの?」
尋ねた瞬間、璃莉が目をパチっと開けた。
そして頬を膨らましながら、私を睨む。
……怒っている?
「ね、ねえ璃莉……」
「ふん!」
プイっと首を横に向ける璃莉。
やはり怒っている。なんで? どうして?
わけが分からずうろたえながらどうすればいいのかを考えるが、いい案が思い浮かばない。
こうなった原因が不明なのだから手のつけようがないのだ。
「そ、そういえば璃莉って随分と早起きなのね。日曜日なのに七時過ぎには起きているなんて」
結局、話を逸らすことにした。
今朝、璃莉からレインが来たのは七時過ぎ。
休日にこんなに早く目覚める人は少ないだろう。
私からしたら遅いくらいだが、それが例外であることは分かっていた。
璃莉はそっぽを向いたまま、不機嫌な様子を隠さずに答える。
「頑張って早起きしてるんですよ! 日曜日はププチュアがありますからね!」
「……ププチュア?」
ププチュアとはたしか、日曜日の朝に放送している女児向けアニメだ。
代替わりしながら長年にわたって人気のある女児向けアニメで、私も過去に見ていたことがある女児向けアニメだ。
まあ小学校に上がってすぐに見るのをやめたが。
何度も言うがあれは女児向けアニメ。
したがって来年高校生になる璃莉が見るようなものじゃないと思うのだが……。
勢い任せについ口走ってしまったのだろう。
璃莉は顔を真っ赤にして、『しまった!』という表情を浮かべた。
「ち、違うんです! あの! その! ゴーゴーレンジャーとお面ライダーを見るついでにププチュアも見ているだけで!」
必死に釈明を試みているが、まったく意味をなさない。
その二つは男児向け特撮番組で、結局子供向け番組を見ているという事実に変わりはないからだ。
「ププチュア、見てるの?」
「……はい」
「ゴーゴーレンジャーとお面ライダーも?」
「……見てます」
真っ赤な顔で頷く璃莉。
私はそれを見て、思わずクスッと笑みがこぼれた。
「本当にかわいいわね。璃莉って」
「あーっ! 馬鹿にしましたね!」
「かわいいって褒めてるじゃない」
「今このタイミングだと嬉しくありません!」
馬鹿にしているわけではない。
子供向け番組を見ていることを知られて恥ずかしがる璃莉。
こういう一面があるところも、私は好きだ。
「もう! お姉様ったら! ……お姉様……お姉様? ……うーん」
「どうしたの?」
璃莉は真っ赤な顔を元に戻しながら『うーん』と唸り、
「あの、『お姉様』って呼ぶの、やめた方がいいですか? 誤解を生んでいたし、恋人をそう呼ぶのは少しおかしいかなって」
そんな話を切り出した。
たしかに私は『お姉様』と呼ばれることにより、脈なしと誤解し、一時的にひどい精神状態に陥った。
そして恋人をそう呼ぶことに違和感を覚える璃莉の気持ちもなんとなく理解できる。
でも、だ。
「じゃあなんて呼んでくれるの?」
「そりゃ恋人っぽく……下の名前とかですかね……京花さん、京花ちゃん……うーん」
どうも璃莉はしっくりきていないみたいだ。
かくいう私もありきたりで特別感のない呼び名だなと思う。
「ねえ璃莉、呼び捨てにしてみて」
「ええ⁉ 呼び捨てですか⁉」
「おかしいことはないでしょう。その……恋人同士……だし……」
特別感はなくても恋人感が強まるのでは、と提案してみた。
恋人というワードに照れを感じながら。これさえなければクールでかっこよかったのに。
「じゃ、じゃあ……きょ、京花……」
勇気が要ったのか、おそるおそるゆっくりと名前を呼んだ璃莉。
だが、そこまでしてもらって恐縮ではあるが、
「……なんか違うわね」
強まったのは恋人感ではなく日常感だった。
元々『お姉様』なんて日常感皆無の呼び方だったこともあってかそう感じる。
「璃莉もなんか違うと思いました。あの、やっぱり『お姉様』のままでいいですか?」
「ええ、私もそっちがいいわ」
やはり『お姉様』の特別感は格別だ。元々言葉の響きは気に入っていたし、璃莉からのアプローチだったと気付いた今では意味も含めて幸せな気分になれる。
むしろこれ以上の呼び名なんて存在しなかったのでは。
あと、京花と呼び捨てにされたときに少し思ったのだが、
「璃莉、敬語はやめましょう」
「え⁉ タメ口ってことですか⁉」
「そうよ」
私が年上とはいえど、今は恋人同士なのだ。片方だけが敬語なんて違和感がある。
「ええ……でも……」
「簡単なことでしょう?」
「その……お姉様は璃莉にとって好きな人であると同時に、憧れや尊敬の人でもありますから、急にタメ口というのはちょっと……」
ふむ。そう言われて嬉しくないわけではないが、遠慮めいたものも感じる。
これは取り除いておきたい。
「遠慮しないで。ほら、試しになにか言ってみて」
「ええと……じゃあ……」
璃莉は勢いを付けるように両手を高く上げて、
「いえーい! 璃莉は今日も元気だよ! いえーい!」
「……」
無理をしている。
そうとう無理をしている。
前後に不必要な『いえーい』を挟んでいることからも分かるし、なにより真っ赤になってプルプル震えているではないか。
「……やっぱり璃莉の話しやすい方でいいわ」
「……じゃあしばらくは敬語がいいです。いけそうになったらタメ口にしますね」
「無理はしなくていいのよ」
そう、無理強いはしたくない。
でもタメ口を使ってほしいのも本音。
だから待とう。
待っていればいつかその時がくるだろう。
「お姉様」
「なあに、璃莉」
「呼んでみただけです。お姉様」
「じゃあ私も。璃莉」
「えへへ、お姉様」
璃莉は私の腕を取ってピトッとくっつく。
本日二度目だがこれに慣れるほど私の適応能力は高くない。
その肌の感触や匂いに、思考力を全部奪われてただ酔いしれる。
特段、なにかをしたわけではないがとても幸せだった。
そのままどのくらいの時間が経っただろうか。璃莉が口を開いた。
「お姉様、デートがしたいです」
その言葉にハッとなり、思考力が戻ってくる。
そう、デート。
私もこの夏にやりたいと思っていたところだ。
「璃莉はどこに行きたいの?」
「えーと……あっ! あそこ! あそこに行きたいです! 遊園地とプールが一緒になっているところ!」
と言われてもまったくピンとこない。
候補すら思い浮かばないから「えーと」と言って黙ることしかできず、こんな風にいちいち会話がストップするから遊び慣れていないというのも問題だとむなしく思う。
私が頼りにならないことを悟ったのかどうなのかは知らないが、璃莉は立ち上がり、少し離れたところに置いてあったスマホを取ってこちらに戻ってきた。
そしてしばらくスマホを操作して、
「あっ! ここです! 江戸サマーパーク!」
見せてきたスマホの画面にはホームページが映っていた。
大規模なプールと遊園地を併せ持つ複合型テーマパークである。
『江戸』と名前につくだけあって、建物が一部歴史を感じさせる造りになっていたり、キャストが全員ちょんまげのかぶり物をしているらしい。
前者はともかく後者にはいったいなんの意味があるのかと思ったが、こういうものに意味を求めていてはなにも楽しめない。
ここは『いえーい! 江戸は今日も最高だよ! いえーい!』くらいのノリを心がけるとしよう。
まあとにかく、江戸はどうでもいいとしても、遊園地とプールなんて夏のデートにはもってこいの場所だ。
「いいわね。ここにしましょう」
「えへへ、楽しみですね。プールだから水着持って行かなくちゃ……」
璃莉は笑顔から一変、なぜか不安げな表情を浮かべた。
「あの、お姉様」
「なあに?」
「水着、持ってますか?」
「ええ、体育の授業で使っているやつがあるわ」
名札が付いた紺色のスクール水着を思い浮かべてそう言うと、璃莉は「やっぱり」と呟いて大きなため息をついた。
「ダメです」
「え? ダメって?」
「そんな水着でデートはダメです!」
ダメな理由がよく分からないが、璃莉から言わせるととにかくダメなのだろう。圧が強い。
「江戸サマーランドに行くより先に、やるべきことがありますね」
「それは……なに?」
尋ねると、璃莉は北海道のクラーク博士像の如くビシッと力強く指を差して、
「お買い物デートです! 水着を買いに行きましょう!」
高らかに宣言した。
一応、指差す方向を一瞥するが見事になにもない。
これも意味よりもノリを優先した行動なのだろう。
まあ、かわいいからヨシ!
「お姉様、るるぽーとに行きましょう」
璃莉は何事もなかったかのように手を下ろしながら、私でも聞いたことのある巨大ショッピングモールの名前を告げた。
「わかったわ。璃莉がそう言うのなら」
「よーし! お姉様に似合う水着、璃莉が張り切って選んじゃいますね!」
「ふふふっ、お願いするわ」
「じゃあ明日、十時に駅で待ち合わせしましょう」
「ええ、明日……明日⁉ それはまた急な話ね……」
「善は急げって言うじゃないですか。稽古も休んでくださいね」
丁度今日、休みたいときがあればいつでもと言ってもらえたばかりだ。
だからある意味グッドタイミングだが、
「うーん……」
「どうしたんですか?」
「師匠に休みたいって言い出しにくくて……」
言ってもらえたばかり、だからこそ図ったようで言い出しにくい。
こういう意味ではバッドタイミングだ。
「遠慮することないですよ」
「そりゃ璃莉にとってはおじいちゃんだから……」
「もしなにか言われたら璃莉がおじいちゃんをやっつけますよ!」
どう考えても不可能だ……いや、そうでもないか。
こんなにかわいい女の子で、しかも自分の孫を攻撃できるわけなどない。
璃莉が『えい』と剣を振ったら、師匠は『あいたたた、おじいちゃんの負けだよ』と倒れるだろう。
「剣を持って、とりゃーって!」
楽しそうに意気込む璃莉を見ながら、師匠に剣で勝てる数少ない人物なのでは、と。
そんなことを思うのだった。




