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第25話 歓喜と、新たな不穏と 

 目を開けると、自室のベットで横になっていた。

 カーテンの隙間から差し込む光を感じながら、身体を起こす。

 時計を見ると午前七時前。

 今日は日曜日ではあるが、普段五時に起きる私からすれば寝過ぎだ。

 

 さて、朝稽古に行かなくては。

 平日の朝稽古は午前六時からだが、土日はだいたい午前九時頃から始めていた。

 疲れを溜めないため、と師匠が打ち出した案である。

 そのことに関しては納得していたのだが、夏休み中の平日は何時に行けばいいのだろう? 

 今日、師匠に相談するとしよう。

 

 着替えようとベッドから降りる。

 今日は随分と身体が軽い。たくさん睡眠を取った上、昨日の稽古が午前だけ……昨日?

 

 

 昨日……花火大会……璃莉……王子様……お姫様……。



「あっ……あっ……あっ……!」

 

 

 稽古のことなんて考えている場合じゃない。

 どうして私はこんないつも通りの朝を過ごそうとしていたのか。

 習慣というものの怖さを思い知った。


 昨日の記憶が次々と、光に照らされていくように鮮明になっていく。

 

 璃莉と行った花火大会で、私は告白してしまった。

 拒絶されると思って逃げ出したが、結果はその真逆。

 

 私達は両想いであった。

 

 そして記憶が正しければ、私と璃莉は付き合うことになったはず。

 てことは、だ。


「璃莉は……私の……恋人……」

 

 顔を押さえてベッドにダイブ。その上でゴロゴロ転がる。

 嬉しい。

 こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。


 璃莉と念願の恋人同士になれたのだ。

 まるで夢のよう……ん?

 

 ピタッと、ベッドの上で止まる。

 

 もしかしたら、本当にただの夢かも……。

 

 実際、公園のベンチからどうやって家まで帰ったかの記憶が曖昧だ。

 はっきりと覚えているのは璃莉に『お姫様にしてください』と言われたところまで。

 いや、その記憶すらも、なんだか自信がなくなってきた。

 

 押し寄せる不安はまるでリゾートビーチに突如として現われた津波の如く。

 上機嫌だった私を飲み込んで恐怖の底へたたき落とす。

 

 そんな時だった。

 

 スマホの通知音が鳴る。

 しかも一回だけじゃなく連続して数回。

 

 手に取って見てみると、画面には『新着メッセージがあります』の表示が。

 急いでレインを開いて内容を確認する。相手はもちろん璃莉。

 そしてそこにあったメッセージは……。


『おはようございます。よく眠れましたか?』


『昨日、ずっと泣いていたので璃莉は少し心配です』


『今日、おじいちゃんの家で会いましょうね』


『かっこいいけどちょっと泣き虫な璃莉の王子様、大好きです』

 

 恐怖の底からの生還。

 私の心がリゾートビーチに舞い戻ってきた。

 そう、夢じゃなかったのだ。

 本当の本当に、私達は恋人同士になれたのだ。


「やった……やったわ……璃莉……私も大好き」

 

 小躍りしたい気持ちになりながら、どちらが年上なのか分かったものじゃないメッセージを眺める。

 昨日ずっと泣いていたらしい私も今はにやけ顔。

 どんなメッセージを返そうかと考えながら、酷使し続ける表情筋にねぎらいの言葉のひとつでもかけてやりたくなった。



 


 悩んだ末に『楽しみにしているわ。私も璃莉のことが大好きよ』とひねりもない言葉を打ち込んで、震える指で送信。

『大好き』なんて言葉、メッセージで送るだけでも心労でどうにかなりそうなのに、昨日の私はよく声に出せたものだ。


 気がつくともう七時半。

 メッセージを推敲するのに随分と時間がかかってしまった。


 文字を打ち込んでは消して、また打ち込んでは消してを繰り返していたからだ。

 それで出来上がったものがあれだから、少し頭を抱えたくなる。

 もう少し気の利いたことが言えたらいいのに。

 

 とまあそんなことを考えながら、ジャージに着替え、朝食を取ろうと階段を降りてリビングへ。

 そこにあった珍しい光景に、


「あっ」


 私は思わず声を上げた。


「京花、おはよう」


「おはよう、京花」


「……おはよう、お父さん、お母さん」


 このふたりが揃ってリビングにいるところなど久しぶりに見た。

 平日はもちろん働きづめで、土日ですら休日出勤や取引先との接待などで家を空けることが多い両親。

 たまに休みが重なったとしても、持ち帰りの仕事をしたり、昼まで寝ていたりするため、こんな時間から起きてふたりでゆっくりと朝食を取っているなんて珍しいことこの上ない。


「コーヒーとパンと目玉焼きでいい?」


 立ち上がったお母さんに『うん』と首肯する。

 珍しい光景に動揺した私はどことなくぎこちない。

 相手は自分の親なのに。

 

 とりあえず椅子に座って、どこに目をやっていいのか、目玉焼きができるまでなにをすればいいのか、色々と戸惑っていると、


「どうして、って顔をしているな」

 

 お父さんが図星をついてきた。

 そして聞いたわけでもないのに説明し始める。


「たまには旅行でもと思ってな。だから今日、日帰りだけど箱根の温泉に行ってくる」


「お父さんが昨日の夜、誘ってくれたのよ」

 

 少し照れくさそうなお父さんと声を弾ませるお母さん。

 

 ふうん。

 普段一緒に過ごす時間は少ないが、心まですれ違っていたわけではなさそうだ。

 まあ、仲がいいに越したことはない。


「京花も来るか?」


「あら、そうしましょ」


「行かないわ」

 

 温泉なんて興味ないし、そもそも今日は璃莉と会う約束があるのだ。

 両者を天秤にかけたら温泉は空高く吹っ飛んでしまうだろう。璃莉との約束は超重量級だから。

 

 卓上に置いてくれたコーヒーをひとすすり。

 ああ、早く璃莉に会いたい……。


「恋人と約束でもあるのか?」


「ブホォ!」


 璃莉のことばかり考えていたのが顔に出てしまったのか。

 あるいは今日のお父さんが非常に冴えているのか。

 花丸大正解に動揺した私はコーヒーを吹き出してしまった。

 

 マグカップを置いてティッシュを手に取り、被害を受けた口周りと卓上を拭く。

 ジャージも後で着替え直さなければ……。

 

 ふと目線を上げると、どうやら動揺したのは私だけじゃないようで、


「じょ、冗談のつもりだったのに……」


「ほ、本当だったの……」

 

 ふたりは上司から青森への転勤を告げられたとしても見せないであろう驚愕を私に向け、固まっていた。


「ち、違うわ!」

 

 とっさに否定する。

 親に恋人の存在を知られるなんて、なんとなく恥ずかしい。

 

 だがふたりは聞く耳持たずで、


「いいじゃない。ねえ、お父さん」


「うぅん……だが、少し早くないか……?」


「そんなことないわよ」


 私の否定を無視して勝手に話を進める。

 お母さんは嬉しそうに、お父さんは少し不機嫌に。

 もう一度否定しようかとも思ったが、おそらく逆効果だろう。


「京花も花の女子高生、彼氏だってできるわよ」

 

 この場では黙っていよう。

 そう思っていたのに、気になる言葉をかけられ、反応してしまった。


「かれ……」

 

 彼氏じゃないわ、彼女。

 そう言いかけて、口を噤む。


「「ん?」」


「いや、なんでもないわ……」

 

 もしカミングアウトしてしまったら、このふたりはどんな顔をするのだろうか。

 娘に彼女ができたと知ったら、どんなことを思うのだろうか。


 付き合うというのは、男女の組み合わせが普通だ。

 女同士は普通じゃない。


「いつか、紹介してね」


 ……そんな日など、来るのだろうか。

 

 コーヒーをひとすすり。

 いつもは平気なその味も、なぜか今はやけに苦い。

 得も知れぬ罪悪感に包まれながら、私は必死に平然を装った。


 



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― 新着の感想 ―
[良い点] ひたすら尊い…… [一言] ストイックな女子が自分だけのお姫様と出会って恋に堕ちる流れ完璧過ぎる……
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