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拝啓スノードロップ  作者: 梨乃実
第X章 伝承
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正典:岐路編 #2 巷説 Ⅲ

 その日の学校はサイケデリックな色彩に包まれていた。ある種のアートなのかもしれないが、異様としか表しようがない。


「何このビラ……」


 時期的には仕方がない。『五月祭』――街をあげての一大イベントに、誰もかれもが浮かれきっているのだ。


「イーリスさんおはよう。玄関ホールの景観は……良い方ではなかったが、今日は特にひどいな」

「同感。ヨキネンにしてはまともなことを言うね」

「ひどいな。俺は至ってまともだ」


 朝っぱらから辛気臭い表情でいるのはヨキネンだ。彼は眉間に高校生らしからぬ皺を刻んで抗議した。まともと呼ぶにはやや行動が突飛な気もするが、今まで私が思っていたよりは話の通じる人だ。水浸しにしてくれたことは許せないけれど。


 ヨキネンはビラを一枚破り取る。天井近くまで埋め尽くしてあるのだ、ちょっと剝がしたくらいじゃどうにもならない。


「ビラもここまで来ると凶器になるな。朝から頭を殴られているかのようだ」

「私は酔いそう」


 文字を読み取るのも困難なくらい眩い紙面。かろうじて分かるのは『ヴァルハラクラブ』といういかにも怪しげな名称だけだ。


「やっぱりあの乱痴気騒ぎをする連中か。毎月やってよく飽きないな」

「飽きるような人たちなら、まずクラブなんて作りそうもないけれど」

「いやいやイーリスさん。意外や、飽きてはいけないからかもしれないぞ」


 お互いに力なく笑うしかないなんて、なんだか末期症状みたいに思えてくる。反骨精神旺盛なヨキネンはため息を一つ漏らすと、紙を折り畳んで飛ばした。極彩色の飛行機が、同じく極彩色の廊下を通り抜ける。


 ――と、それを派手なネイルの手が拾い上げた。


「ヨキネンの言う通りよ、まったくもう」

「ヨンナさん、随分お疲れの様子だな」


 高めのヒールを雑に鳴らして、彼女はずんずん近づいてくる。いつも携帯端末以外持っていないヨンナなのに、今日は珍しく何かを抱えている。


「ヨンナ。その紙束は……?」


 彼女は勢いよくヨキネンの胸に紙束を叩きつける。そして痛いくらいに私の肩を掴んできた。力任せにぐいぐい引っ張るので視界が揺れる。本当に酔いそうだ。


「聞いてよイーリス!」

「な、何……?」


 ヨンナは深く息を吸った。甲高い声で喚きだす合図だ。


「やらなきゃ仲間外れにされる、じゃないのよ。そう思うなら自分でやれって話。アイツにとって彼女って便利屋なの? 徹夜で印刷させられて、しかも労ってくれるのかと思ったら朝一で校門の前に放り出されたんだけど! ありえない!」


 ビラのことを言っているのだろうけれど、正直それ以外分からない。何なら、あまりにも騒がしいのでヨキネンは半分耳を塞いでいる。廊下を通る人たちも苦笑するくらいの有様だ。


「ちょっ、ちょっと待って。話が読めないんだけど……」

「彼氏と別れたいって話!」


「ヨンナさん、ちなみにその彼氏とは交際何日目になるんだ?」

「四日目、何か文句あるの?」

「ヨンナさんにしては長いなと」

「は?」


 ヨキネンが無遠慮な質問をするので、ヨンナの声がワントーン下がる。この二人の間に割って入りたくなどないが、仕方がない。


「わかった、わかったから一旦静かに!」

「嫌」

「愚痴なら私が幾らでも聞くから」

「なら良し」


 ヨンナは挑発的にヨキネンを睨む。ヨキネンは何故か不敵に微笑んだ。意味が分からない。


「で、どうしてビラを貼って回る羽目になったの?」


 ヨンナは、ヨキネンに押し付けたビラの束から一枚だけ抜く。忌々しげに指で弾いた場所には、日時が書かれていた。


「五月祭の前日の夜からパーティーをやるの。主催者グループの一人があたしの彼氏」

「今度の彼氏はヴァルハラクラブの人なの?」


 ヨンナは何かに気づいたような顔をして訂正する。


「違う。いつものパーティーは学内のクラブでやっていたんだけど、今回は工科大のクラブが全部お金出してくれるとかで」


 そこまで言うと、ヨンナは私とヨキネンの肩を抱いて引き寄せる。途端に小声になって耳打ちしてきた。


「なんか、()()()()()()()()()()()らしいって、ヴァルハラクラブの中では噂になっているの。怪しいから適当にあしらっておいたし、やばそうなら当日途中で逃げる予定」


 そこまで言うとヨンナは手を放して、甲高い声で付け加える。


「だからあたし以外にはパーティーの受付をやらせるなってお願いしたの。嫌ならあたしより顔の良い子を連れて来いって」

「ヨンナさん、実は策士だろう」

「当り前でしょう? 受付ならたくさんの人にあたしの顔を見てもらえるんだから」


 終始ヨンナらしくて安心する。入口なら一番出口にも近いし、人の行き来があるから紛れて逃げられる。何より参加者の出入りもおおよそ把握できる。勘で生きているくせに、大切なところは外さないのだ。


「流石。私、ヨンナの性格と顔が好き」

「ありがとイーリス。あたしも好き」


 ハグを交わして拳を突き合わせる。横に突っ立っているヨキネンは不服そうだ。つま先で床を叩きながら無言でいる。


「もうそろそろ教室に向かうぞ。あとこのビラ、トイレットペーパーにしていいと言われても要らない」

「そりゃそうだけど、あたしも要らない」

「しかしヨンナさんの持ち物だろう」


 仲が良いのか悪いのか、二人は喧嘩をはじめる。実に楽しそうだ。私は御免だけれど――主張の強い似た者同士、仲良くすればいいのに。


「そういえば、なんでヨンナはそんな彼氏と付き合っちゃったの?」


 怪しい奴を見分けるのも、彼女の十八番みたいなものだ。現に今までの数々の彼氏は、悪い男ではあれど怪しい男ではなかった。


「だって顔が良かったの! 勿論一番好みの顔はレヴィンさんだけど……。頭も良いしお金もあるからつい」


 訂正しよう。ヨンナらしい選択だった。乙女らしい困り顔で言おうが、彼女の選択はいつだって現金だ。

 それを傍で見ていたヨキネンは、人の恋愛話に興味津々だ。


「レヴィンさんのことが余程好きらしいな。で、そのレヴィンさんって誰なんだ?」

「レヴィンさんは銀髪のイケメンなの。あたしはあの人の顔が一番好き」

「それと碧眼、挙動不審、無類のスイーツ好き」


 なるほど、とヨキネンが相槌を打つ。そして意味不明な動きで指を鳴らした。


「この街で、俺の次にイケメンなあの人か」

「どこが?」

「ヨキネンなんて足元の塵にも及ばないけど」


 私は多少抑えたつもりだったけれど、ヨンナは容赦ない。間髪入れず、ヨキネンは大袈裟にのけぞった。


「言うまでもなく冗談なんだが……真正面から否定されるとつらい」

「お互い様だと思うけど」

「イーリスさんは優しくないな」

「心外な」


 立ち話をしているうちに、玄関ホールが騒がしくなってきた。この時間は生徒が一斉に登校してくるので、広いはずの廊下は軽く詰まりを起こしている。必然、押し流されるしかない。


 ロッカーと人の隙間を縫って歩いていくと、前方にエレノアがいるのを見つけた。いつもはもっと早くに教室に着いているはずだ。寮を出たのもいつも通りの時間だった。珍しいこともあるものだ。


「エレノアさんじゃないか。また告白されていたのか?」

「えっ、またって何?」

「イーリスさんはそんなことも知らないのか?」


 にやついて自慢げに語りはじめる予感がする。しかし、ヨキネンはただ不思議そうな声で続けるだけだ。


「イーリスさんの目を掻い潜るように、男子たちが告白をしにいっているぞ」

「何それ知らない」

「そういえばこの前、中等部の男子に告白されて付き合うことになっていたような」


 おかしい。ヨキネンのくせに何故そんなことまで把握しているのだろう。クラスの人間関係に一切興味がなさそうな、あのヨキネンが。


「絶対嘘」

「本当だって。イーリスはボディーガード失格ね」


 ヨンナは大声で笑いながら言ってのける。知らなかったのは私だけらしい。別に恨みはしないが、親友なのだから教えてくれたっていいのに。


「エラのいじわる!」


 追いかけて飛びつくと、エレノアは不意打ちに飛び上がった。ずれた眼鏡を直して迷惑そうに振り返る。


「なあにイーリス。心臓が止まりそうだからやめてちょうだい」

「やめない。だってエラが告白されたんだもん」

「何それ。今日のは告白じゃないわ」


 じゃあ何だというのだ。エレノアのルーティンが崩れるなんてそうそうないのに。あるとすれば、本当に告白くらいなものだ。


「告白じゃないなら何だったの?」

「勧誘よ。それも、とびっきり意味不明なやつ」


 聞かせて、と言いかけたが、先にエレノアが首を横に振った。


「人の多いところで話すのは良くない気がするわ。あっちで内緒話しましょう」


 エレノアが言うくらいだ。相当に怪しい話なのだろう。エレノアは私たちを先導する。比較的生徒の少ない廊下を探しているようだ。だが普段そんなことはしないせいか、足取りに迷いがある。


 するとヨキネンが前へ躍り出た。


「いい場所がある。折角だ、四人で内緒話をしよう」


 早足で進む彼を追いかけて、私たちは小走りになる。普段使わない棟の奥に入っていくと、魔術実験室に辿り着いた。確か、上級生が選択授業でしか使わない場所だ。


「鍵かかってるんじゃ――」


 ヨキネンはお構いなしでドアを三回ノックする。


「――間抜けな小鍵、3308、実行」


 彼は鍵穴に向かって呟いた。授業でやっているのと似たような呪文だ。鍵はひとりでに回って、ドアが開くようになる。


「内側から術式を書き込んでおいたんだ。魔法陣の上にペンキを塗って、その上に落書きをしてから、透けるようにペンキを塗った。誰も術式には気づかない。落書きを消したとしか思われていないだろう」


「やっぱりヨキネン君ってヤバい人だよね」

「そうだよね、エラ。やっぱりヤバい奴だよね」


 ヨキネンは慣れたそぶりで教室に侵入する。彼が窓を開けると、かび臭い空気が追い出されていった。


「ちなみに照合に使うコードは3308。三号棟三階の八号室だ。好きに出入りすると良い」


 ヨキネンはきざったらしく窓枠に腰掛けている。まるでこの部屋の主人みたいだ。


「まあ……内緒話をするには丁度いいかな。エラ、この二人もその話聞いて大丈夫そう?」

「ヨンナちゃんとヨキネン君なら、秘密をばらす相手もいないし良いんじゃないかなって」


 それを聞いて二人が同時に喚き始めた。間違いではないのでフォローのしようがない。


「ありがとう。それで……何の勧誘をされたの?」

「例の『ヴァルハラクラブ』よ。今朝声を掛けてきたのは隣のクラスの男子だったわ」


 また『ヴァルハラクラブ』。


 彼らが騒いで回っているのは毎月のことだ。名前を聞くのも、それほど珍しいことではない。とはいえ、この短い時間に何度も名前を聞くと胸騒ぎがする。


 エレノアはヨキネンの所に行くと、ビラを一枚取って眺めた。カラフルな柄をじっと凝視して、そのあと首をかしげる。


「後ろについているクラブが、何でも新しい延命方法を研究しているんだとか。そのクラブの名前が――」

「白鳥の会」


 ヨンナが先に名前を告げた。エレノアが頷く。


「そう、白鳥の会。そこの工科大で活動していて、おおもとは結構大きな団体らしいって」


 色々メッセージが書いてあるって言っていたんだけれど、とエレノアは不思議そうに呟く。ビラの裏面まで見て――何も見つけられなかったらしい。ヨキネンのところに戻しに行く。


「さっきの人は、その『白鳥の会』が研究開発しているものを、一足早く使わせてくれるかもしれないって」


「ヨンナさんが言っていたことと一致するな。パーティーで何をしたいのだろう。治験でもするのか?」

「あたしも分からない。でも彼氏が人数を集めたがっているのは確か。じゃなきゃ、こんなにビラを刷れなんて言われない」


 延命方法を研究する団体が大きなパーティーをする。しかも人を集めたい、何かをくれるという。


 どこまでも怪しい。詐欺か違法薬物か、そんな印象を受ける。


「あとは不死とか命とか言っていたのだけれど、訳が分からないから覚えていないわ」


 不死、命。


 この前アルマスさんから忠告された。


『近頃学生たちの間でカルト集団の勧誘が多くてな。どうも、命の流れやら不死化やらと説いて信者を集めているらしい』


 間違いない。彼の言っていたカルト集団だ。


「それだ!」

「ちょっと、イーリスどうしたの!?」


 みんなが驚いて顔を上げる。それもそうだ。こんな話、集団に近づかないようにしようとまとめるのが一番無難だ。


 けれどやり過ごしてはいけない何かが、知らないままでいてはいけない何かがある気がする。


「ねえヨンナ」


 勿論首を突っ込むのは得策ではない。けれどアルマスさんがあれだけ気にかけているのなら、ただならぬ理由があるはず。彼は、一体何のために走り回っているのか。


 知るべきだ。


「私もパーティーに連れて行って」

「良くないわ、見るからに怪しいもの」

「エラ……。良くないのは分かる。でも街で起こっていることを知らずにのうのうと過ごすのは嫌なの」


 エレノアは大きく溜息を吐いた。どう説得するか考えているのだろう。


「それでも、危険な場所には行くべきではないわ。私たちは無力な高校生なの。身を守る手段はない」

「イーリス。あたしもエレノアと半分くらい同意見。下手に首を突っ込まなければ、今回もヴァルハラクラブのいつも通りのパーティーだと思う。けどイーリス、絶対変なことするでしょ?」

「しない」

「いや、する」


 ヨンナにまで反対されると、押し切るのは容易じゃない。けれど絶対に、何が行われるのか確かめたい。


 そのときヨキネンが口を開いた。


「ヨンナさん、一ついいか。イーリスさんが危険な行動をしないようにすればいいんだよな?」

「まあそうだけど……その点イーリスは信用ないから」

「なら俺も一緒に行くぞ」


 突然のことに場が沈黙する。確かに人数が増えるならありがたい。けれどヨキネンにとってそんなに気になることでもあるのだろうか。昨日の写本のことも然り、パーティーのことも然り。興味があるなんて、私が言うのもなんだが酔狂な人だ。


「だから、俺もパーティーに連れて行ってくれ。力になる」

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