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拝啓スノードロップ  作者: 梨乃実
第1章 千三百三回目の春
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濃紫編 #2 過渡 Ⅷ

 最高なこととサイテーなこと。

 あたしは何故か、ロランなんかに悩まされ続けている。


「――シェリルは一連の意思判断が早いだけで、決断に気まぐれが介入したところは見たことがない。何か僕の知らない、乱数に頼らない条件分岐が存在するはずなんだ」


 こんな愚直な言葉に、耐性なんてあるはずないじゃん。恥ずかしい。ロランの顔を直視できなかったし、勝手に帰ってきちゃった。とりあえずアルマスにもらった写本は、ロランの家の門の内側に入れといたから、きっと問題はないはず。


 はっきり言って、ロランが他人のことを語っているのを聞くなんて、初めてだった。しかもその初めてはあたし。こんなに嬉しいことはない。


 でも同時にサイテーでもある。


 ロランはあたしのことを意地でも傍に置いておきなくないみたい。今日のデートまでは、あたしに言われるまま後ろをついてきていた。けど、今日、ショッピングモールで暴走した後からは避けられている気がする。堕ちて暴れるかもしれない、危ないからって、ロランは飽きるくらい繰り返した。今までそんなこと、一言も言わなかったのに。大事に想ってくれているのかもしれないけど、それで遠ざけられるのは複雑。


「あたし、ロランの大切な人になれてるのかな」


 目の前の棚に、紫色のリングノート。眺めるだけでちょっとテンションが上がる。頻繁に開いたり閉じたりするから、けっこうボロボロになってきているけど、あたしはこのノートが一番好き。


 でもロランの分はまた後で。まずはアルマスについて考えなきゃいけない。

 確か新品のストックがあったはず。丁度雪柄があった。それっぽいから、アルマスのことを書くノートはこれにしよう。


 最初はぱっと見の印象。


「外聞に漏れず銀髪碧眼。面倒見が良さそう。どこかふわっとしてる。ちょっとビビりだし。それといろんなものくれるからお爺ちゃんみたい。いや本物のお爺ちゃんか。いい人っぽいけど、ちょくちょく怪しいんだよなぁ」


 ひとまずアルマスの性格はこんな感じ。鉛筆の粉を吹いて、このページを書くのは一旦おしまい。


 次は今日のイベント。アルマスが何をしたか、一から思い出す作業。出会いからして謎ばっかりだし、何かあったときのために記録しておかないといけない。


「アルマス・ヴァルコイネンの作戦行動。あたしを助けたし、逃がす提案をした。頼んだらロランを助ける手伝いをしてくれた。うーん、脈絡が……あるような無いような。そもそもあたしだけを逃がすつもりはあったのかな。改竄術式を使って、竜災対策軍にバレないように戦ってた。あたしたちにくっついてほしいみたい。魔道具のピアスをくれた。大量の本をくれた。何故? ……今日のところは以上かな」


 並べると一層意味が分からない。親切心と言ってしまえば片付くかもしれないけど、引っかかる言動が多いし。最初から魔道具のピアスをくれる予定で、そのために「今後ともよろしく」って言ったのかもしれない。でも、そんなに今後を意識する必要ある?

 それに、もし仮に、魔道具をくれたのが本当にロランを助けるためだとして、じゃあ古代魔法の本はどうなるんだろう。ロランも見たことないような貴重な本をくれる理由は、全く見いだせない。


 そもそも、何でアルマスはショッピングモールにいたんだろう。街で見たことなんて一度もないし、ショッピングモールを歩いていても、それっぽい人は見当たらなかった。助けられた瞬間が、アルマスを初めて見た瞬間だった。


 疑おうと思えば疑えることばっかり。


「うーん。お節介は、単なるお節介?」


 時々見せる気弱そうな印象もあるし、親切心だけって可能性も拭えない。

 警戒だけはしておこう。どうせロランは、興味のないことには関心を寄せない。疑いもしない。これはあたしが担うべきことなんだ。


 その時、ノートの上に大きな影が差す。


「あー、またシェリルが気持ち悪いことやってる」

「うわっ! 急に入ってこないでよ、サム。あたしの部屋なんだけど」

「見方を変えれば、この部屋もオヤジの財産だけど。で、俺は、オヤジの代わりにこの家を支配しているお袋から命令された。つまり俺は、巡り巡ってオヤジの代理。シェリルの部屋とか関係なし」


 サムはあたしの手元を覗き込んで、文句を言ってくる。弟のくせに生意気。ロランに勉強を教えてもらってから、やたら屁理屈を言うようになったし。むかつく。

 サムはバスケチームのジャージのまんまで、超汗臭い。着替えればいいのにそのまんまだし。


「サム、臭いんだけど」

「ひっでぇ。ロランさんじゃあるまいし、良い匂いなわけないだろ」


 サムはおどけて答えるけど、その後の行動がありえない。あたしのベッドに汗まみれで座るなんてサイテー。デリカシーなさすぎ。


「汗かくのは仕方ないけど、そんなんじゃモテないよ。女の子は細かい気遣いができる人の方が好きなの。折角だから教えてあげようか? 顔も運動神経も、頭も悪くないのに、サムがあんまりモテない理由。ねえ?」


 するとサムは急に目を逸らして、あたしの手元にあった雪柄のノートに手をかけた。

 やばい、引っこ抜かれる。ここにはアルマスのこと書いてあるんだけど。


「放して!」

「何でそんなに必死で隠すんだよ!」

「あんたには関係ないの!」


 多分、お互い十秒くらい粘ったと思う。咄嗟に手をつねらなかったらどうなっていたことか。サムの魔の手から何とかノートを死守できた。こいつほんと、油断も隙も無い。

 諦めたサムは、腹いせなのか人をディスってくる。


「あーそれ、っていうか棚にある全部、戦略ノートだっけ? ほんとキモイよな、シェリル」

「どうせ家族以外の誰も知らないし、それで楽しく学校生活が送れるんだからいいじゃん。サムも戦略ノート書けば、彼女の誕生日、覚えていられるかもよ?」

「うるせ。つか、そんなことする暇があったらゲームするわ。――そうそう、三十分もすればメシだって」


 伝言は有り難いけど、他がマジでウザい。あたしが早く出てけ、と手でジェスチャーしてもサムは全然動じなくて、大股で歩いて部屋を出ていった。


「あと三十分……ロランに電話してみるかな」


 携帯の電話アプリを開くと真っ先に出てくる、「お気に入り」のアイコンをタップする。発信して耳に寄せ、ロランの声を待った。


 ロランがあたしを遠ざけたいなら、あたしはロランの思い通りに事が運ばないように、手を打つしかない。まずは外堀を埋めてやる。


 十三コール、十四コール、十五コール。そしてお決まりの、伝言メッセージサービスの女性の声。どうせまた、着信を切ったまま放置しているんだろう。女性の合図に合わせて、一呼吸。


「――ロランのばか! 家に帰ったらサイレントモード切っとけよ! 明日、髪切りに行くよ。それと、まだ頼んでないけど、ジェイとクロエに服を選んでもらうから。放課後、ちゃんと待っててね。あたし、チアの練習休むんだから。逃げたら許さないから」


 伝言を入れている間にも、ロランはまるで応答しない。でも構わない。明日、とっ捕まえればいいだけの話。


 逃がすもんか。ロランを一人になんて、絶対してやらない。

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