濃紫編 #1 方略 Ⅴ
視点が変わります。
あたし――シェリル・キングストンは生涯二人目の彼氏とのデートに来ていた。
一人目は……、何の不満もないどころかスッゴイ良い奴だったけど色々あって別れた。
今日は新しい彼氏との五回目のデート。
二人目はその「色々あって別れる」原因になった男子だ。一人目に勝るところといえば顔と財力と、土壇場での勇気くらいだ。これだけ並べるとメチャクチャ優良物件に見えてくるけど、実際そんないいもんじゃない。
たとえば財力。
とんでもない金額を軽々と出すので見ているこっちは気が気じゃない。きっと請求しようなんて気はさらさらないし、そもそも彼にとってはスナック菓子一袋奢るくらいの感覚なんだけど、そんな気軽にブランドバックをプレゼントされてもちょっと引く。もうちょっと努力して贈ってくれた方があたしだって嬉しい。というかふざけてねだってみただけなのに、名家ってレベル違い過ぎて怖い。
それに、顔も色香ある超美男子だけどやっぱ人間顔だけじゃない。
まず服がやばい。いっつもサイズのあってないジャケットとかスラックスとかばっかり着ている。しかも地味。絶対ブランドものの高い服だけど、着方がおかしいから凄くダサい。
顔も良し悪しとは別のところでやばい。造形のいい顔が常に隠れていて見えないから。総合学校の一年生の時から同じ学校に通っているあたしでも、まともに顔を見たのは近所のスポーツクラブでプールに入っている時くらい。
液晶画面を見ていないときでもブルーライトカットの眼鏡をかけているし、前髪が長すぎて目玉があるのかさえ分からない。
赤毛は目を引くし綺麗だ。猫毛も好き。けどストレートに近い天然パーマは、身なりに無頓着な彼には向かない毛質だと思う。ワックスなんて使わないうえに髪が長いから全体的にもさっとしているし、ブラッシングしても整えきれなかった寝ぐせみたい。
そして何より性格に難あり。あたしが思う中でこれが一番致命的。
とにかく彼は根暗。冗談も通じない。興味のない話は全スルー。卑屈に卑屈を混ぜて卑屈を絞り出したくらい卑屈。彼はあたしが学校で挨拶してもちょっと会釈するだけで逃げていく。
そのくせ理系の授業の時だけは生き生きしている。彼はお気に入りの授業のときだけ、穏やかな甘い美声で聞いてもいない正答をべらべら喋り出す。ただし暗くて早口だから人気はない。誰だって小難しい理論なんかより、明るい声色で愛の言葉をささやいてほしいと思っているはず。でも彼は自分に親しみやすさなんて求めてない。
しかも一番大きな欠点はキレること。
大体怒っていてもそれは自分の中に向かっていくタイプだから、別に殴られるとかそんな心配はない。けど彼はトラウマに触れる方法で攻撃されたとき抑制が効かなくなるみたいだった。
いつもは喧嘩しないのに運動神経は悪くないし加減もしないから、ある事件のときには相手に重傷を負わせた。悪い人じゃないって分かっているけど、彼が唇を噛み締める姿にビビるときもある。
でもあたしが彼に告白したのには何よりも大きな理由がある。欠点なんて乗り越えてやろうと思えるくらいおっきい理由がある。
彼は助けてくれた。大騒動の中、暴力を振るわれたあたしを庇ってくれた。
彼は偶然居合わせただけの傍観者だ。当事者はあたしとアイツと、強いて言えば元カレだった。容赦なく魔法で攻撃してくるアイツと泣き喚くあたしの間に割って入った影を見て、元カレが助けに来てくれたんだ、って直感した。
でも吹き飛ばされて命も危うくなるくらいの血を流して倒れたのは、ろくに話したこともないような同級生だった。それが今の根暗な彼氏。
あたしの親友の呼びかけに返事できないくらいの怪我をしていて、でもあたしはアイツに攻撃されたままで――本当にパニックになりそうだった。彼にはあたしを助ける義理も、何なら怪我のせいで意識だってほとんどなかったはず。一度は助けに来てくれたけど、もう二度目はないと思った。
なのに彼は願った。
彼は全身血だらけであたしの横に立つ。一瞬合った目は子どもの時に見たグリーンではなくて、魔力が放つ鮮やかな紫色に変わっていた。彼はゆったりと足を踏み出して、耳元で呟いた。
「僕は理不尽が許せないんです」と。
あたしは隣で体を光の糸へと解いた彼の姿を覚えている。彼は巨大な鷲のような姿になり、アイツの魔法を淡い紫の翼で打ち払う。
彼はドラゴンになった。それも親しくもないあたしのために。
アイツが彼にやられて気絶する形で騒動は収まった。あたしも彼も、嬉しくないけどアイツも退院して、彼とアイツの家同士の裁判で彼の家が勝って。
近くで彼のことを見ていて責任を感じないほど、あたしは図々しくなれなかった。
だから大騒動がひと段落したとき、あたしは元カレを振って彼に告った。最初は「二人だけでカフェに行かない?」って誘った。でも彼は究極にニブいから「僕と行く必要ありますか?」なんて首をかしげていてお話にならない。だからあたしは言葉を変える。
「どうしてもお礼がしたいんだ。これからずっと一緒に居るっていうのはどう?」
流石に彼もあたしの意図を察したみたいで、それでも受け入れるつもりはなかったらしい。腹立つけど「まずは友達あたりからはじめませんか?」なんて正論を吐いてあたしの告白を断った。
でもあたしは諦めない。彼には散々迷惑をかけたから、既成事実を作って無理やり付き合って、優しい美人に一生愛される幸福を味わわせてやる。
ちなみに、あたしを持ち上げようとしないところと、ふとした瞬間に見せる笑顔を好きになっちゃったのは秘密。だってきっかけがなきゃ彼の良いところに気づけなかったなんて、学園の天使にとって汚点だもん。
その二人目の彼氏の名前はロラン・D・アグノエル。
ついでに言うと、彼は普段ローレント・D・ハーグナウアーを名乗っている。けどご先祖様の出身地ではロラン・D・アグノエルと発音するらしくて、親しい人にはロランと呼んでもらいたいと言われた。
ただしそう頼んできたのはロラン本人じゃなくてロランのお父さんだ。どんだけあたしと関わりたくないんだよ。そんなに避けたくなるほどあたしのこと嫌いなの?
だから今日のこれはデート。気のない相手と休日に二人きりなんてありえないから、ロランは友達とかほざいているけど絶対にデートだ。
服選びにもメイクにもいつもの三倍は時間掛けた。そのせいで家を出る時間を読み誤ったけど、映画にはなんとか間に合ったし結果オーライ。欲のないロランだってきっと今日こそは男の子らしい積極性を見せてくれるはず。そのためにあたしの気持ちを匂わせる内容の映画をセレクトした。……伝わるかどうかすごく不安だけど。
今回は絶対にオトす。
「ロラン、おはよ!」
「……おはよう。あと五分二十二秒で映画はじまるよ」
あたしはロランの手を握って走る。




