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拝啓スノードロップ  作者: 梨乃実
第1章 千三百三回目の春
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濃紫編 #1 方略 Ⅲ

 僕らは高等学校へ進学した。


 地獄のような日々からやっと解放される、と思った。


 だが運命とは無慈悲なもの。


 意図はしていないだろうが、僕がいじめられる原因になった高嶺の花。彼女はどういうわけか僕と同じ学校へ進学してきた。何をやるにも理屈なんて知らないとか言い出しそうな性格なのに、理詰めにも対応しているらしい。


 僕らの通う高校は魔法研究に特化した特殊な学校だし、流石に彼女が尖った学問をしたいわけでもないだろうと踏んでいたのに、見事に予想は裏切られた。確かに授業の内容はよく覚えていたし、留年もしなかったから要領はいい方なのだろう。驚異的なスペックだ。そうしてめでたく同じクラスになった僕らは、気まずい雰囲気の中不干渉を貫いて暮らしていたのである。こんなことなら飛び級を蹴らなければ良かったと、その当時は後悔した。


 そして、僕の人生というのは彼女の信念とは違ってひどく恒常性に欠けるようで、ターニングポイントが訪れる。あれほどに僕が情動的になったのは恐らく後にも先にももう二度とない。


 そのとき彼女が驚愕の表情を浮かべていたのはよく覚えている。そして驚いた割にはすんなりと僕を受け入れてくれた。当然僕は拒否した。彼女が責任を取ろうとしているように見えたからだ。しかし彼女は退かない。とりあえず責任の話は置いといて、と数年ぶりの超理論をかまし、一緒に居たいと要望するようになった。彼女は変なところで優しいから、僕の不安を最大限中和しようとしてくれたのだろう。


 僕は何度も断った。しかし強情な彼女は駄目と言って絶対に譲らなかった。脇に置けていないじゃないか、というツッコミと、なぜ僕をという疑問に苛まれた末、僕はあえなく処理落ちした。美人と仲良くなりたいという思春期的欲求が混じった可能性もあるが、それはないと思いたい。そんなに短絡的になれるのなら僕は僕でないはずだ。


 つまり一連の騒動に終止符を打つために、彼女が諦めてくれそうにないので僕が折れた、というわけである。


 不本意ながら、今はそこそこの仲だ。今日も彼女と映画鑑賞、ランチ、ウインドウショッピング……だ。全く今日は何時まで続くのだろう。そんなデートの皮をかぶった交流イベントも、はや五回目だ。


 ただ五回目とはいえ相手が相手であるのでそう簡単に色めくことはできない。最近の発見だが、僕は理性による抑制が非常に上手いみたいだ。いや彼女の性格にも問題があるのだろうが。


 実のところ彼女の積極性は飛びぬけていた。一足飛びにベッドへ連れ込もうとする彼女を前に、健全な高校生らしく胸をときめかせていたかつての自分は消失してしまった。簡単に言えばあまりの押しの強さに萎えた。結局それからは――貞操の危機を覚えないでもなかったが、僕は押し倒されたという思い出だけに留まるよう努力をしている。今日も今日とて彼女の家に甘んじて連れ込まれるかどうかで相当揉めることだろう。


 そんな僕の胸中を察するなんてことは頭に無いようで、彼女はいつも通り随分と派手な服で派手な内容の恋愛映画を見ようと誘う。僕は誘いを断るいわれも権利も無いので定刻十分前に駅前に到着した。遅れてきた彼女の、毎度のことながらいかにも誘惑していますといった服装に唖然とするのはいつものことだ。そのまま映画館へと引っ張っていかれ、全く気は進まなかったが料金を無駄にするのも性分に合わない。自分でも驚異的であると思うのだが、今しがた真の無表情で流行りの役者のいちゃいちゃを鑑賞し終えたところだ。



 彼女――シェリル・キングストンはあんな恋愛映画のどこが良かったのか、ボロボロと泣きながら僕の袖を徐に掴む。


 彼女は色素の薄い金髪を右肩に流しているので必然的に僕の側にうなじが晒される。研磨剤で磨き込んだ鉄球みたいなシルバーの瞳は涙で輝き、僕を見つめた。リボンのチョーカーが脈動に合わせてわずかに変形を繰り返す。カジュアルな黒いレースのドレスは胸元を大胆に露出し、ついでに太ももも露わにする。ショートブーツは踏まれたら足の甲を貫通しそうなほど鋭利なピンヒールだ。


 彼女はいつだってド派手だ。僕の趣味がイカれていると勘違いされそうだが断じてこういった好みは持ち合わせていない。とはいえ僕も男。美人の同級生が自分に縋り付いているというこの絵面には、好みに関係なくそそられてしまうのも確かだ。


 ただしそそられるのは絵面だけ。


 流石の僕も先刻の恋愛映画よろしくな展開を期待してしまった。しかし蠱惑的な見た目のくせして、シェリルにそんな思いはない。人の袖で涙を拭きとると、それでも足りないのか「ティッシュ」と僕に促す。自称シェリルの十倍はジョシリョクがある――ああいいやこの言い方だと語弊を生むから説明をしておくが、全人類のほとんどがおおよそシェリルの十から十五倍のジョシリョクを持っている。その相対的にジョシリョクに溢れた僕がハンカチとティッシュを取り出すと、彼女は僕の手をテーブル代わりにしながらそれらを交互に手に取った。


「ロラン、ほんとごめん」

「そう思うならゴミぐらいは自分で捨ててよ……」


 涙を拭い鼻をかんだ後のティッシュをさも当然のように僕の手の上に置く彼女。薄々勘付いてはいたものの本当に彼女の無神経さには呆れる。しかもそれは確信犯であることも儘あるのだから、なかなかの胆の据わりようだ。そんなことしたらみんなに嫌われると彼女の行いを嘆いていた女子たちを見習ってほしい。


 とにかく彼女は飾らないし、常に自然体であり続けるのがモットーであるようだ。いささか繊細さに欠けるような気がしないでもないが、それが僕の惚れ込んだところの裏返しでもあるので文句は言えない。自分の思うままに動いて周りをどんどん巻き込んでいく。明るい――とはまた違うような気もするが、そんなマイペースでさっぱりした性格と、その中にある一本通った芯が彼女を美しい女性たらしめている。そう思ってしまったあの日から僕は彼女のことが気になっている。


 ……と言いたいところだが、現状を見るに少々マイペースが過ぎる。



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