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拝啓スノードロップ  作者: 梨乃実
第X章 伝承
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二千年前の手紙編 #3 メッセージ Ⅶ

 赤髪の青年は対面のソファに行儀よく腰掛けてエスプレッソコーヒーを飲み干した。大きな窓から差す逆光の中で軽く唇を舐める彼は神々しい――が、怪しさ満点だ。


 空調の低く唸る声にコーヒーカップを置く音を重ね、彼は視線を上げる。


「――そうでしたか。ご学友と仲違いさせたままにならなかったのは幸いです」


 私の話を聞き終えた彼は形式的な文句を並べ、コーヒーを淹れに行く。その色艶ある所作は目に毒だ。


 客員教授ノエ・シュバリエ――もといローレント・D・ハーグナウアーは、ミルクだの砂糖だのを持って戻ってきた。私が一向にエスプレッソコーヒーに手を付けないからだ。彼は少なめに淹れたコーヒーに鮮やかな手つきでミルクを注ぎ込んで、葉っぱのような柄を作る。そしてその器を私の方へ滑らせた。いかにも高尚なセンスが(ほとばし)っている。


 しかし目はどうしてもコーヒーではなくテーブルの方へ吸い込まれてしまう。硝子の天板を乗せたローテーブルの中には、色とりどりに輝く魔石や古びた魔法陣が飾らている。明らかに、今の時代の技術ではない。


 するとハーグナウアーさんは私の心を読んだのか、わずかに頬を緩ませる。


「心配なさらずに。教授お手製の幻影です。本物はアルマスが厳重にしまい込んでいますよ」

「またそんなことに高度な技術を……」

「ここは客間、研究室の顔とも呼べる場所です。どんな場所か理解してもらうにはパフォーマンスも必要でしょう。アルマスのいる研究室に足を運ぶなんて、特別な理由がない限りあり得ませんからね。一種のもてなしというわけです」


 やはりここはアルマス・ヴァルコイネンの居城なのだ。ネームプレートには見覚えのない名が掲げられていたが、きっと偽名なのだろう。


 ハーグナウアーさんは指の腹でテーブルを叩く。そして流れるように手を持ち上げると周囲を指した。


「この本もパフォーマンスの一つです。中は白紙ですが、ちょっとしたギミックがありましてね。ちなみにこれは僕の管轄です。何故かアルマスからはそう明言するように言われています」

「……ああー、理解しました」


 狂気を感じるほど整然と並べられた背表紙に、アルマスさんの意図を察する。私が彼とともに両壁の本棚を眺めている間にもそれは実感できた。彼は突然立ち上がり、優雅に本棚に歩み寄る。


「……ハーグナウアーさーん、何してるんですかー?」

「ああ、失礼しました。本がずれていたので」

「ちなみにどれくらい?」

「……二ミリほど」


 だろうな。私の位置からはまっすぐな隊列を組む本しか見えなかった。二ミリは誤差だ。


 彼は居心地が悪くなったのか怖いくらいの笑顔でソファに戻ってくる。そして私に当たり障りのない話題を振った。


「イーリスさんは何故こちらに?」


 大胆な、というか雑な切り出しだ。


「ああ、まずはハーグナウアーさんからちょっとずつお話を聞けたらと思って来たんです。連絡手段がないもので、ハーグナウアーさんの偽名を出して大学の事務の方に案内してもらいました」

「相変わらず非常に行動的だ。しかし……、そういえばこの前言いかけていましたね。僕とアルマスが何故知り合ったのか、と。余程興味をひかれたようだ」

「はい。右腕とか腹心とか呼ばれるくらいなので、特別な出会いでもあったのかなと。アルマスもあなたのことが好きだと言ってましたし」


 私が補足すると彼は目を見開いた。スラックスに包まれた長い足を組んで珍しく苦笑する。普段の妖艶でミステリアスな雰囲気は薄れ、同年代の男子みたいな無邪気さが覗いた。彼は左手の指輪を弄りながら革張りの背もたれに体を沈める。


「その食いつき方、なんだかシェリルが思い出されます。……いいですよ。少し長くなりますがお話しましょう。ただしまた後で。もうそろそろアルマスの用事も終わります」


 彼は私から目を逸らす。部屋の奥、洒落た木製のパーテーションパネルの先で開錠の音がした。聞きなれた少年のような美声と、男性と女性の声が、部屋から溢れる。


「ハーグナウアーさん、また後日よろしくお願いします。でもとんでもない情報量を詰め込まれそうだなぁ」

「ちなみに電子機器を用いた記録の一切を許しませんから。覚悟しておいてください」

「うへぇ……。それどうやって記録しろと?」


 彼は右手でペンを持つ形を作って「手書き」と囁く。憎たらしいほどの色気だ。


「嫌だな……。手間が……」

「――でもロランの提案は合理的だぞ?」


 ハーグナウアーさんの背後から現れたのは穏やかな風貌の男性だ。白銀の髪を少し長めに切り揃え、まさに少年と青年の境にいるような人である。彼はタブレット端末をローテーブルに投げ出し、ハーグナウアーさんの隣に腰を下ろす。


「電子機器はメンテナンスが必要なのと、寿命の問題があるのとで少々使い勝手が悪い。情報漏洩も怖い。何より電源消失の事態に備えるとなればアナログが一番だ」


 そう言ってのけるのは二千年前からこの世界に生き続ける邪悪なドラゴン、アルマス・ヴァルコイネンである。



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