1-93:80年目の冬です
今目の前に広がる光景は、もはや戦闘とは呼べなかった。正に蹂躙としか呼べないものであった。
碌な武器すら持たない者達が、棍棒や、木の鍬、鋤、手近にある物で武装し、ただ数を頼みに次々にフランツ王国の村々を蹂躙した。食料を求め、同朋とも呼ぶべき人族同士が殺し合う光景を、空高く旋回しながらオオワシは眺めていた。この村に襲いかかった者達は、十字の旗を靡かせる。それぞれに”魔族に組する者達を殺せ!””亜人を殺せ!””ユーステリア様の為に!”などの叫び声を上げ、目に付く物をすべて奪っていく。
その光景を見て、オオワシはかつて遠くの森で見た軍隊蟻を思い出した。
時々、思いついたかのように自分へと放たれる矢は、空高く飛ぶ自分へ届くことなく失速し、地面へと落下していく。そして、その場所にいる同朋達へと突き刺さるのだ。
阿鼻叫喚が広がる地獄、この世に再現される餓鬼の姿にオオワシはこれ以上見ていても意味が無いと、自分達の拠点へと踵を返した。
ユーステリア神国が、全土に向け聖戦を唱えてから、まだ僅か一ヶ月足らずである。
しかし、飢えや寒さに後押しされるように続々と信者達は集まった。協会は彼らを統率する事無く、ただフランツ王国は魔族に屈した。それ故に、神の名の下にかの地を人族の手に取り戻す!更には、魔族に組した者達を殲滅し、その地を神国の者達で統治する。即ち、略奪自由のお墨付きを与えた。
其処からは正に悪夢のようであった。
既に数万人に膨らんでいた者達が、神の名を免罪符にフランツ王国に襲いかかったのだ。
フランツ王国の国教もユーステリア教である。確かに、国は別であり、利害による対立もある、しかし無辜の信者達を平然と犠牲にするとは周辺諸国でも想像していなかった。
フランツ王国の軍隊は、先の遠征で大ダメージを受けていた。更には、多くの者達が熱病に倒れ、未だに復帰できた者達の数は少ない。その為、砦を中心とした防御に偏らずにはいられなかった。
政治的混乱で碌に情報が集まらない中、完全に奇襲となったこの襲撃は、数十万に及ぶ一般市民を殺害した。
襲撃から辛くも逃げ延びた者達が、近隣に散る中でかろうじて籠城を行えた砦は、逆に逃げてくる市民たちを見捨てる事となった。
ただ、これは市民達にとって幸いとなる。より首都へと向かう事によって、この後に始まる壮絶な殲滅戦を回避する事が出来たのだ。そして、砦がついに陥落した時、双方共に4万近い死傷者を出す事となる。
砦側の生存者は0人、最後の一人となるまで戦い抜いた、もっとも、これは降伏が許されなかった結果である。
そんな中においても、神国より次々と新たな侵略者達がフランツ王国へと雪崩込んで来る。
周辺各国はその状況に恐怖し、本国へと次々に情報を送り続ける。
そしてこの結果、神国周辺の小国家は次々にこの聖戦への参加を表明し、自国の兵士達をこの十字軍へと参加させる。これにより更に送り込まれる人数が跳ね上がって行った。
唯一この侵略においてフランツ王国に味方したのは、無統率の集団である侵略軍は略奪を行う為移動速度が次第に低下していった事であった。多くの村や街から市民達は王都へ、場所によっては他国へと逃げ出して行く。しかし、侵略者達はそれを気にした様子も無く、フランツ王国王都へと向かったのだった。
そして、目の前の丘を越えればその先には王都が見える場所へと現れた侵略者達は、その丘の上に並ぶ軍隊を視界の中へと収める。
しかし、その数は多く見積もっても1000騎程、その周辺に立つ兵士達を合わせても3000はいないだろう。自分達の数と比べても余りに少ない敵に、嘲る笑いが沸き起こった。
そして、誰もが怒号を上げて、軍隊へと駆け出していく。その動きに統率などと言った物はまったくない、しかし、ここに辿り着くまでに得た勢いだけはあった。
「ちょっと多くねぇか?まぁそれでも負ける気なんざまったくしねぇけど」
「まったく統率されていない事の方が心配ですが、我々をすり抜けて進む者が出ると」
「まぁそこは他の連中が何とかするだろうさ、ん?連中であってるか?それとも動物?」
指揮官と思われる男はそんな軽口を叩きながらも視線は鋭く前方へと向かっていた。
そして、剣を高々と振り上げ、一気に前方へと指し示す。
「蹂躙せよ!」
指揮官の指示の下、兵士達も敵に負けじと怒声を上げ丘を駆け下りていく。
その者達の額には、皆一様に一本の角が生えているのだった。




