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1-92:80年目の秋です3

ユーステリア神国の教都では、新教皇の即位、その後の演説による聖戦発動によって混乱が支配する領域となっていた。特に教会首脳部の中では連日その対応に頭を抱えていた。

事前になんら根回しもなく聖戦と口にした為、近隣から続々と集まってくる信者達の対応に、教会の面々は臨時の宿舎や炊き出し、人数の把握、集まってきた者達の管理など、司祭クラスの者達は、まさに飛び回るかのごとき勢いで義勇軍の組織立上を行っていた。


「食糧の供給体制に目途が立ちません!明らかに食料目当ての難民達が聖戦を旗印に集まって来ています!」


枢機卿の下に集まってくる報告は、どれも酷い物ばかりであった。

聖戦の名の下に、様々な不正が罷り通り始め、商人達はここぞとばかりに物資価格の釣り上げに入る。

そして、なんといっても食料目当てとしか思えない者達が、村単位で押しかけてきている。

各地から上納されるとはいえ、昨今の食糧事情において決して教国とて裕福ではない。

此のままでは早晩蓄えが尽きるのは目に見えていた。


「猊下に御目通りして来よう。このままでは何ともならん、とにかく人を減らさない事には」


「はい、早急に出陣させなければ、とにかく人を減らさなければ、すでに各地で揉め事単位の事であれば無数に発生しております」


食い逃げ、スリなどは可愛い物で、押し込み強盗、強盗目的の殺人など、教会の騎士団が巡回警邏を強化してはいても、人が増える速度と正比例して犯罪件数も拡大の一歩を辿っている。

少しでも状況を改善させようと教皇の下へと向かった彼であったが、前方から歩いてくる同僚の姿を見て声を掛けた。


「ノーラン枢機卿、教皇様の下から御帰りですか?」


少しで教皇の状況を聞きたく、彼は声を掛ける。

普段はもの穏やかなノーランであるが、この時彼のの表情には焦燥、疲れ、怒り、様々な思いが浮かんでいた。そして、この数日で目の下には隈が出来ている。


「これはシミル枢機卿、これから教皇と面会ですかな?」


「はい、此のままでは遠くない未来に暴動が起きかねません。信者達を早く纏めあげ、魔の森へと送り込まなければなりません」


彼の言葉に、ノーランは大きく頷いた。


「よろしければ私も同道してもよろしいかな?」


その言葉に、ノーランがまだ面会していない事が解った、しかし、それならなぜ前方から歩いてきたのかが理解出来ない。


「まだ面会されていなかったのですか?」


わたしの怪訝そうな声に、ノーランは苦笑を浮かべた。

そして、若干声のトーンを上げて答える。


「いやなに、お会いできなかったのですよ。先日、少々苦言を呈しすぎたようでして」


「会えないなどと、そんな馬鹿な事が」


「教皇様は自身の周りをお気に入り連中で固めておいでだ。残念な事に、その者達によって面会希望は悉く遮断されているようで、まぁご自身が避けておられる可能性も皆無ではありませんが」


明るく話すが、話の内容はそんな軽い物ではない。枢機卿が教皇に面会が出来ないなどあってはならない事だ。ましてや、この危急の時である。即断できずに放置すれば、被害は倍々ゲーム的に膨らみかねない。

ノーランが同行したのもそういった問題を抱えているからなのだろう。

もっとも、自分も面会を拒まれる可能性が皆無ではないが。


二人連れだって、教皇の執務室へと辿り着いた。

そして、扉前にいる警護の者に面会を希望する。幸いにして、その希望はあっさり許可されて彼らは教皇と対面する事が出来た。もっとも、教皇の側には4人の補佐官が自分達をけん制するかの様に圧力を掛けて来るが


「ご機嫌なご様子で」


「シミルか、なんぞあったか?」


「餓えた難民達が、この地へと押し寄せております。早期に何らかの対処をせねば被害は拡大してしまいます。


「ふむ、で、どうせよと?」


「道しるべを付け、魔の森に送り込む必要があります」


「送り込むというのは、例の魔の森とやらにか?その方たちは馬鹿か?」


あまりの言いようにノーランもシミルも言葉を失う。そして、そんな二人に対し、教皇は嘲りを感じさせる表情で驚くような内容を語る。


「ふ、フランツ王国に攻め入ると、しかし、大義がありません」


「いまや、かの国は異形の魔族が多数蔓延っているそうだ。ましてや、我らが教会も被害を受けておる。ならば、聖戦としてまずフランツを落す、これのどこが悪い?だいたい、魔物のいる森を焼き払ったとて、金貨一枚手に入らんわ」


あまりの内容に、抗議の声を上げようとして、教皇の側にいる者達の胸に飾られた紋章を見て声を失う。

ユーステリア神教、異端審問部、まさに暗部の中の暗部と言われる者達。そもそも、拷問によって自供させ、その財産を奪う為の者達。その犠牲になった者達は内外問わず、それこそ星の数ほどいる。


「今後、聖戦に関しては審問部が引き継がせてもらう。御二方ともゆっくりとなさるがよい」


その言葉に、シミル達は頭を下げ、無言で教皇の御前を辞した。

そして、二人ともお互いに視線を交差させる。

その日の夜、シミルの屋敷では夜遅くにノーランを含め、親しい者達が続々と集まって今後の方針を打ち合わせていた。異端審問部が前面に出て来る事などこれまで一度たりともなかったのだ。


「どうすれば良いのか、審問部の狂信者どもに国の運営など不可能だ」


「神聖騎士団はどう動く?」


「今朝から団長と連絡が取れん」


「馬鹿な!ありえんぞ!」


一同が集まっているその屋敷の周辺は、いつの間にか完全に包囲されていた。

しかし、自分達の領域で何かが起きる、その様な危機感を持った者は誰も居ない。その為、その事に誰も気が付いていなかった。そして、夜が明けた時かつて屋敷があった場所には人も、物も、何もなくなった屋敷が残されていただけだった。

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