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1-83:79年目の冬です7

その日は、この地の冬にしては非常に寒い朝を迎えていた。

村の家々の煙突からは、朝も早いうちから白い煙が立ち昇っている。

空は、今にも雪が降りそうな暗い雲が覆っている為、誰もが暖炉の前で体を温めて外へ出る事無く一日を過ごす。誰もがそんな、いつもの冬の一日となる事を信じて疑わなかった。


「くそ~寒いなぁ、風が強くないのが救いだが、なぁ温かい白湯で良いので貰ってきてくれよ」


「白湯かぁ、酒は無理としてもスープくらいは飲みたいが、そうすると今度はトイレに行きたくなるしなぁ」


話をしていると、体が一層冷えて来るような気がした。その為、鐘楼の上であるにも拘らず、二人とも体を小刻みに動かし、体を温めようとする。


「今日は太陽が見えないな、今日の見張り当番は辛いぞ」


まだ早朝に見張りを交代したばかりの二人は、自分達の交代時間である昼が非常に待ち遠しくなった。

しかし、そんな日常の一日の始まりは、村へと向かって来る騎兵によって崩された。


「何か来るぞ!」


「兵士だな、ただこの距離だと何処の国か解らないな!とりあえず鐘を鳴らせ!」


カン、カン、カン、カン


村の中央に作られた簡易な鐘楼にて周辺を警戒していた見張りは、村へと近づいてくる騎兵に逸早く気が付き、警戒の鐘を鳴らす。見る限りにおいては、騎兵の数は2騎でありすぐさま争いになるとは思われない。


しかし、向かって来る方角が問題であった。騎兵が向かって来る方角、それは本国やフランツ王国の有る方角であり、鬼達の村とは違う。この為、向かって来る騎兵は明らかに斥候であり、この騎兵の後方には軍隊が存在している可能性が高かった。


鐘が村中に響き渡り、その鐘のテンポにて村の男達が武器を手に家を飛び出してくる。

それに対し、女性や子供達は鐘楼にいる兵士の合図で、向かって来る兵士の方角とは反対の建物へと避難を始めた。


村の指導者的立場にいるダルタスは、村の入り口に集まった男達の前に立ち、向かって来る騎兵を待ち受けるのだった。


村に向かって来る騎兵にも、響き渡る鐘の音が聞こえていた。

そして、村の入り口に人が集まる様子を見て、自分達が発見され、更にはあまり歓迎されていない事に気が付いた。もっとも、歓迎されるとは思っていなかったが、指揮官の指示はあくまで情報収集が主であり、戦闘する予定はない。その為、村の手前にて馬から降り、馬の轡を取りながらゆっくりと村に近づいていく。


「驚かせて申し訳ない。我々はフランツ軍の者だが、貴殿たちと争うつもりはない!」


村に届くように大声で来訪の意図を語って行く。その内容に、ダルタス達は顔を見合わせるのであった。


「戦う意思が無いと言うのなら、とりあえず武装を解除して貰おう。そうで無ければ村へと入れる訳にはいかない」


ダルタスの言葉に、フランツ軍の2名は、顔を見合わせる。


「ご招待はありがたいが、我々はこの森周辺に住まう者、即ち貴殿らを発見するように指示を受けているだけである。それ故、申し訳ないが一旦本隊へと帰還させていただく。明日にでも外交を担当する者が村を訪問するだろう」


騎兵の言葉に、ダルタス達の表情が俄かに曇る。


「なぁ、不味くないか?」


「このまま返していいのか?」


「だが、この距離では何ともならんぞ?」


男達が一様に自分の後方で話し始めるのをダルタスは感じた。ダルタスも、こんな事なら油断させ村へと引き擦り込んだ方が良かったのではと、そんな事を思わずにはいられなかった。


それとは逆に、騎兵達は村の雰囲気が緊張を帯びたのを感じた。

その為、慌てた様子で比較的年配と思われる兵士が、ダルタス達へと声を掛ける。


「我々はあくまで友好を重視している。貴殿らを害そうと言う意思は無い!」


「騎士殿、残念なことに我々にはその言葉の真偽を確認する術がありません。又、悲しい事に素直に貴殿の言葉を信じる事が出来るような生活を送って来ませんでした。申し訳ありませんが」


ダルタスの言葉に、その騎士は暫し考えると、傍らの騎士へと何か言葉を掛ける。一時、騎士達は何か話していると、年配の騎士が馬を曳いたまま村へと近づいた。そして、もう一人の騎士は、馬に再度乗り本隊の方へと向かって走り去っていく。


「わたしの様なものが証となるかは不明ですが、この身柄を信用を得る為の証と取っていただきたい」


そう告げると、兜を脱ぎ、腰につけていた剣を馬へと縛り付け、ゆっくりと村へと歩いて行った。


「解りました、とりあえず私の家にご案内いたしましょう」


「おい!」「いいのか?」


村の者達も思いもかけない展開に、困惑した表情でダルタスを見る。

見られているダルタスは、近くにいる者に女性と子供をゾットルの村へと避難させる事を告げた。

ただ、どの程度の斥候が放たれているのかが解らない為、事前に伝令を森の中を通過する形でゾットル達の村へと送るよう、併せてその者達を護衛する者を派遣して貰える様頼むことを指示する。

それが間に合わない用であれば、森の中を女性と子供達で自力移動する事も考慮させた。


「フランツからの移民達も何人かいたよな?」


「ああ、たださっきの人は面識ないらしい」


「そうか、まぁそんなに簡単にはいかないか、ただ最悪俺達も魔物の仲間入りを覚悟しないとな」


「うわ~~、まぁ死ななけりゃどうでもいいか」


そんな村の者達の声が聞こえてくる。

それを聞きながら、ダルタスは騎士を自分の家の中へと案内する。

騎士は、家の中の様子を見回しながらも、特に何かをいう事は無い。ただ、その目の動きが一瞬、家の隅にある麦の入った大袋で止まった事にダルタスは気が付いていた。

しかし、それにあえて言及する事は無かった。


そして、ダルタス達と騎士の情報合戦が始まる。ただ、元々はただの農民だった者達にとって随分と不利な戦場であり、結局、多くの情報を騎士に与えてしまったのだが彼らはその事にすら気が付いていなかった。


その夜、武装を取り上げられ、部屋に軟禁されていた騎士は今日の情報を吟味していた。


「先に遭遇した木の実が魔の森の生き物であることは解ったが、あの木の実で人が魔物になるとは信じられん、ただあの様な生き物は確かに見た事も無いが。それに、どうやらその魔物達の村もあるようだが、どうするか、まだ豊作になる手段が解らんしな、もっとも、この村も豊作であったようだが」


ダルタス達は、豊作の理由がこの土地にあると考えていた。その為、幾度となく騎士が探りを入れてもこの土地だからといった内容しか得られなかった。その為、騎士は彼らが何かを隠しているのか、それとも彼らも豊作の要因を知らないのか、そこが判断できなかったのだ。


「もしかすると、わざとあの者達の様な農民上がりを表に出して、こちらの意図を探ろうとしている。まぁ有り得ない話ではないだろうが・・・」


そんな事を考えていると、ドアがノックされ3人の男が部屋へと入ってくる。


「おお!」


騎士は、その内2名の男を見て驚きの声を上げた。

その男達の額からは、それぞれ一本の角が生えていたのだった。

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