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1-76:79年目の秋です4

フランツ3世は必死に苛立ちを押さえていた。

4年ほど前から行った国民に対する情報操作、一部村の切り捨てなど強引な方法ではあるが、何とか国内の治安悪化を防ぐ事が出来た。

しかし、冷夏による飢饉、疫病、盗賊などによる治安の悪化、問題は数えだせば限が無い。

フランツ3世も剛柔善悪取り混ぜた政策を行ってきたが、それでも自国は緩やかに滅亡へと進んでいる事はおのずと理解出来た。

そんな中、隣国が近年には見られない豊作を迎えたとの情報が舞い込んだのだ、心理的に穏やかでいられるはずが無かった。

数多くの密偵を放つが、豊作の原因は突き止められなかった。


「密偵どもは何をやっているのだ!予想収穫量なども確かに大事ではあるが、いかにして豊作を成し遂げたのか、新種の作物を開発したならその種籾を、有効な育成方法を見つけたならその資料を、とにかく原因が解らねば動きようがないではないか!」


フランツ3世の厳しい指摘に、国外の密偵を管轄している外務大臣が油汗を流す。

実際には、神樹を植えた事により豊作になったとの報告もあったが、外務大臣に届く前に信憑性無として握りつぶされている。


「内務大臣、今年の我が国の収穫量試算は出ているか?」


「でてはおりますが・・・」


「ハッキリせよ!」


「収穫量は昨年の9割強ではないかと試算しております。ただ、市場に出回るとすれば8割と見込んでおります」


内務大臣の報告に、フランツ3世は眉をしかめる。

確かに、近年緩やかに収穫が減ってきてはいるが市場における2割もの急激な減少の要因は思い至らない。


「ホーナー、内務大臣の報告について補足はあるか?なぜ前年比2割も落ち込む?」


現在、フランツ王国宰相を務めるホーナーに確認を取る。


「内務大臣の報告にあるように厳密には2割も落ち込んでいる訳ではありません。問題は貴族や商人などの富裕層が収穫を隠す傾向が強くなっていると報告を受けております」


「隠す?どういう事だ?」


「別に売って利益を得ようとしているのではございません。ただ、1年後、2年後と先々において収穫が減って行く可能性を考え、少しでも備蓄しようとの動きです」


「む?税収面での影響は?」


「それは問題なく納入されるでしょう。問題は、各領地において残った穀物を市場に流すかどうかだけの問題ですから」


「で、穀物価格の高騰を招くと?」


「致し方ないかと」


ホーナーの報告に、更に顔を顰める。貴族や商人も特に法に抵触した訳ではない。更には、今後を考えれば理解できる行動ではある。その為、この行動を罰すればただでさえ不安定な国内が更に荒れる可能性が高い。フランツ3世は有効な対応を思いつけないでいた。


「駄目だな、とりあえずこの件は後にしよう。で、今年の餓死者は減りそうか?」


「はい、もっとも5年前に比べ人口はすでに半減しております。それ故の事と言えばそれまでですが」


内務大臣の報告に、ここ数年で発生した難民の事を思い出す。

実質10万近い国民を間引きしたのだ。本来守らなければならない国民を、いくら難民になったとは言え殺していく。その行為に、実行した兵士達の中には精神を病んでしまった者も多数発生している。


「すべては生き残るためだ。今後、これ以上の死者を出さない為にも何としても豊作の理由を知りたい!」


フランツ3世の魂の叫びに感じた。

若い皇太子時代には、この3世も理想に燃え、夢と希望に燃えていた時代もあったのだ。

その自分が自国の国民を、というより国力を削らなければならない状況に対し、まさに慙愧に絶えない思いを抱いている。それ故にこそ、まず何としても食糧の自給率回復を成し遂げなければならない。

そうでなければ遠くない未来に攻められずして滅びる事になると思った。


「外務大臣、何としてでも豊作になった要因を見つけろ。内務大臣、魔の森の調査を再度行うのだ」


フランツ3世の言葉に、皆が彼の表情を確認する。


「魔の森、ここ数年で原因があるとすれば、余が思いつくのはあの森しか考えられん。違うかもしれん、それでも探してみねば解らん」


「解りました。探索に特化した者を送りましょう」


フランツ3世の意図を理解したホーナーが了承する。それに合わせて他の者達も動き始めた。

会議室を去ろうとしたフランツ3世は、ふと立ち止まり静かな声で告げる。


「5年だ、5年で何とかせねばこの国は亡びる」


大臣たちはフランツ3世に深々と頭を下げるのだった。


◆◆◆


アルバートは、自領における内政報告書を見ながら笑顔を浮かべていた。


「信じられないな、ここまで生産能力が高いとは、ロマリエも頭が固い、樹木だけに拘るのではなく他の植物にも目を向ければ良い物を」


ポートランド領において、先の遠征で得られた植物の栽培が行われていた。

そして、一部の植物を除き、殆どの植物がこの冷夏に負けることなく育っていた。

それは、樹木だけでなく薬草も、それ以外の花々も同様である。

この事から、アルバートは自領の冒険者で植物に詳しい者を選び出し、専門の探索者として魔の森へと送り込んでいた。

その動きは、内密に行われていた為にロマリエ達でも気が付いていない。


「アルバート様、漸く治療薬の備蓄が予定数量に達しました。それと、魔の森より持ち帰りました花々から取れる蜂蜜に高い栄養が認められます」


「こちらでは、王都と同様に神樹による開拓地増産に入りました。もう数年もすれば見違えるように豊かになると思います」


報告する者達全員が笑顔を浮かべていた。

ここ数年の領地発展が未来に対する希望を抱かせている。誰もが、今年より来年、来年よりその先と、自分達が頑張れば頑張るだけ豊かになる事を信じられる。そんな今の状況に喜びを感じている。


「フランツ王国から流れてくる難民は一段落したのか?」


「はい、もっとも逃げ出す事も出来ないのではと疑っておりますが」


「魔の森へ行く過程で、難民達を殺害しているとは思わなかったからな」


アルバートたちはフランツ王国が何を行っていたのか詳細に把握していた。しかし、それをあえて公表し、フランツ王国に混乱を招こうとも考えていなかった。

アルバートは、現状においてフランツ3世に対し同情していると言っても良い。自分達も同様の立場に追い込まれていたかもしれないのだ。もっとも、だからといってフランツ王国を助けようとは欠片も思ってはいなかったが。


「あの国もこのままでは危ういですね。最悪、軍事行動に出てもおかしくはありません」


「そうだな、国境の警備を増強しよう。併せて、ビルジットにも報告を入れといてやれ。ついでに、そろそろ薬草などの情報も教えてやれ。ここまで成果が出たのだ、我々が独自に調査している事を教えても構わないだろう」


「はい、まぁ恩は売れるうちに売らないとですからな」


その言葉に会議室に笑い声が響き渡る。

そんな和やかな会議の中、先日、春より魔の森で植物を集めていた探索者達の持ち帰った植物が届けられる。


「お、届いたか」


「何か真新しい物はあったか?」


「今回持ち帰ったものの一部を持って来ております」


荷物を持ってきた探索者の一人が説明を始める。そして、会議室にいた者が届けられた荷物を一つ一つ確認していった。


「なんか変な木の実だなこれは。まるで呪いの人形の様だ」


「ほんとだな、今まで見た事が無い木の実だ」


「その木の実は今回異常に多く収穫ができました。ただ、残念ながらどの木から採れたのかは確認出来ておりません」


皆、顔を見合わせるが、すぐに別の植物へと注意は逸れていった。

一通り確認したアルバートたちは今度は別の案件に対しての打ち合わせを始める。

そして、数時間ほどした後に会議は解散となった。その時、倉庫に持ち帰られる収穫物の中に呪いの人形のような木の実が無くなっている事に誰も気が付かなかった。

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