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1-63:78年目の冬です2

目の前を通り過ぎる者達は、みな小走りで忙しそうに移動している。

村の外に作られたテントの数は、日に日に数を減らしていくとはいえ、いまだにここ数カ月の忙しさを思い出すと胃が痛くなる。

自分はきっと死ぬまで運が悪いのだろう。そもそも自由という言葉に憧れ、両親や兄弟が反対するのを振り切って探索者になった。それがなぜ今こんな所でこんな事をしているのだろう?


「はぁ、やっぱり魔の森に関わったのが間違いなんだろうなぁ」


ゾットルがボソリと呟くと、今度はそれを聞きつけたサバラスが睨み付けてきた。


「ゾットル!あんたより実際に駆けずりまわっている俺達の方がそんなこと実感しているぞ!」


サバラスの言葉に、次々に周りから賛同の声が上がる。


「いや、別にお前達にどうこう言ってないではないか!」


ゾットルの抗議の声に、更に皆の不満が爆発する。

そんな時、今度は森の方から抗議の思念が飛んできた為に皆一斉に口をつぐむ事となった。


彼らは角が生えた当初と違い、次第に森や魔物からの思念に慣れてきた。その為、以前とそれ程変わらない思考を取り戻している。その為、軽口なども自然と復活しそれぞれの個性なども戻っている。

ただ、森や魔物への仲間意識、同族に対する攻撃行為への抑制などは未だに続いていた。もっとも、この抑制が解除されることはないのであろう。又、神樹達への畏怖、崇拝などの意識は根強く植え込まれてもいる。もっとも、これは誰が意図して植え込んだのか不明である。


「そ、それよりだな、居留地にいた者達の回復状況はどうなっている?」


「今の所、未回復者は残り1000名強といった所です。回復し角の生えた者が約4000名、耳長になった者1名です。今回は死亡者の数も多かったですね」


「そうだな、実を食べて死亡した者の大半が即死だったな?」


「ああ、居留地へ行ったときにはすでに死んでいた。外傷も無いし、衣服や装備にも傷は無かったから実を食べて死亡した事は間違いないと思う」


サバラスは自分が居留地で以前見た光景を思い出し寒気がした。

目に映る視界一面に倒れ伏している者達、そして、その者達が放つ呻き声がまるで大地を埋め尽くすように感じられたのだ。そして、慌てて倒れている者を確認していく中で幾人もの死者が要る事に気が付いた。

死者は皆、目を見開き苦悶の表情を浮かべて死亡している。その姿はまさに悪鬼の様で自分に呪いが降りかかりそうな禍々しさを感じたものだった。

あの時の状況を寝ている時に夢で思い出し、サバラスは今も魘される時があった。

その後に医療担当者達が確認したところ、死亡者は一部の窒息や転倒時の死亡を除き全員が謎の死を遂げている事が解った。しかし、毒の様な反応が無い事からその死因は今もって判明していない。


「拒絶反応なのかな?」


「解らん、ただ死亡者に偏りがあるようではあるな」


「確かに、あの集団の指導者層が軒並み死亡していますからもしかすると意図的な物かもしれませんね」


ゾットルも、サバラスも想像で話してはいるが、死んだ者は明らかな意図の下に死んだことを疑っていなかった。森の意思を感じられるようになった事で、森自体が能動的な自衛意識が有る事を理解していたのだ。


「さて、今後の本国との遣り取りをどうするかが問題だな」


「此方から報告書を送るにも連絡員になれる者が全員角付だからなぁ」


ゾットルの言葉にサバラスが頭を抱えた。


「そういえばあの耳長へと変わった娘は目を覚ましたのか?」


ゾットルは、新たに誕生した角付ではない娘の事を思い出し尋ねる。しかし、サバラスは首を横に振ったのだった。


「いや、既に姿が変化しているから目を覚ましても可笑しくはないのだが、すでに1週間は過ぎているが目を覚ます気配が無い」


「そうか、しかしなぜ天幕に一人で倒れていたのか。しかも身に着けていた着物は長老達が普段身に着ける衣装だったのだろう?」


「そうだな、しかも目を覚ました者達に確認をしたのだが、誰一人その娘を見た事が無い」


「衣装の持ち主はロタカ村のミラという老婆の物だったな?」


「うむ、元々ロタカ村では呪い士のような事をしていたらしい」


ゾットルもサバラスも、そして周りにいた男達も一様に首を傾げるのだった。


「そういえば女や子供達の事だが、どうやら無事かどうかはまだ解らんが居留地から逃げ出したようだ。今何人かがその行方を確認している。直に何らかの連絡がくるだろう」


ゾットルの言葉にサバラスは安堵の溜息を吐いた。

もしかしたら女や子供はすでに間引かれていたのでは?との想像を彼らはしていたのだった。


「とにかく回復した者達から事情聴取をしていくしかないな」


「ああ、しかし何で攻められた俺達が後処理しないといかんのだ?」


二人はそうブツブツ呟くと、回復者達の収容されている天幕へと向かうのだった。


◆◆◆


その頃、エルフっ子や鬼っ子達はそれぞれ手に持った籠を思いっきり差し出していた。

その差し出した先には、ここ数年で高さはさほど変わらないが、横へと広がりを見せている樹の姿があった。もっとも、本人はなぜか「背が伸びなくて横に広がるってどうよ?」っと訳のわからない事を呟いているそうではあるが。

そして、その籠を差し出された樹は思いっきり冷や汗を流していた。


えっと、この子達は何がしたいのでしょうか?

もしかして、これは貢物やお供え物のつもりなのでしょうか?


視線の先にある籠は先程からガタガタと揺れ、所々ある籠の隙間からは何かが飛び出している。

樹はその何かを絶対に直視したくなかったのだった。


え~~っと、エルフっ子ちゃんわたしは特に要らないので持ち帰ってほしいな~


樹がそう告げると、エルフっ子は樹の顔をジッと見ながら悲しそうな表情を浮かべる。その為、樹は更に慌てて混乱を増長させてしまった。


あ、要らないっていう訳じゃないのよ?う、嬉しいな~わざわざ持って来てくれたんだよね?


慌てる樹にエルフっ子達は大きく頷き、籠を更に突き出した。その為、その籠から出ている顔のような物を思わず樹は直視してしまった。


ふぎゃ~~~も、もろに見ちゃったよ!なんであんなにリアルになって来てるの?っていうかエルフっ子ちゃん、それどっかにチャイしなさい!そんな物持ってきちゃいけません!

そうだ、ほら湖に重石を付けて沈めておいで?それがいいわ!地面に埋めると生えてきちゃっても困るからね!


動揺したまま指示を出す樹に対し、エルフっ子達は顔を見合わせた後大きく頷いて籠を持ったまま湖へと向かったのだった。そして、エルフっ子達は籠に重石を入れて湖へと放り投げた。


籠は、ガタガタと揺れながらゆっくりと湖へと沈んでいく。

光の届かない湖の底へとゆらゆらと沈んでいく籠、その籠からはジワジワと何かが滲み出し湖の水へと溶け込んでいった。しかし、その様子を見た者は誰も居なかった。


1ヶ月ほど後、湖の傍に薬草を取りに来た鬼っ子の一人が、湖の中央で何かが跳ねるような音を聞いた。

湖に広がる波紋を見ながら首を傾げるが、その後何も起きなかった為に薬草取りを済ませて村へと戻って行った。その後ろ姿を見つめていた何かが、いたかどうかは誰も知らない。

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