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1-51:76年目初冬はまだ続く~

「気をつけろ!何かいるぞ!スラッシュ!」


トールズは叫ぶと同時に身に着けていた大型のナイフを引き抜いた。

そして、視界の隅から飛び掛って来た何かを身に着けたアーツを発動し一刀のもと切り捨てる。

トールズは祖父よりアーツと呼ばれる現在ではほぼ失われたに等しい技術を教え込まれていた。彼の親族の中においても実際に習得出来た者の数は少なく、またこの技術の御蔭で彼は貴族でありながらも軍で出世出来たと言っても良い。

そして幼少より体に教え込まれた技術が、この時トールズ自身を救う事となる。


「なんだこいつは!化け物か!」


次々と自分へと飛び掛ってくる何か異様な生物を、次々と切り捨てていく。しかし、相手はある意味小さく、それでいて引きはがす事が難しいほど力がある。ただ、幸いにしていくら力があっても足が地についていなければ対処の方法はある。トールズは冷静に処理をしていった。

しかし、当たり前ではあるがすべての者達がトールズのように対処できた訳ではない。それどころか対処できたのはトールズを含めたった5人に限られていた。

その事を後に知ったトールズは兵士達の再訓練を誓うのだった。


自分に飛び掛って来た魔物をすべて切り倒し、傍で口の中への侵入を何とか抑え込んでいる兵士を助け、その後も視界にまだ残る魔物を次々と切り殺す。幸いにして魔物自体は非常に柔らかく、その力に反して容易に切り裂く事が出来た。しかし、それ故に口まで侵入した魔物を引き出そうとして逆に握り潰してしまった者達も多数存在していた。


「なんだこの魔物は!」


トールズは漸く周囲に魔物が居ない事を確認し、ゼイゼイと息を吐きながら必死に息を整えていた。

切り捨てた魔物の頭部の様な物が目に入り、顔を顰める。あんな物を口にしたらと思うと、背筋が凍る思いがした。

そして改めて周囲を見回すと、彼の視界には未だ碌に動けず倒れているゾットル達と、それ以外にも蹲って必死に口に指を差し込んで何かを吐き出そうとしている随伴兵、更には倒れ気を失っているような薬師など混沌とした景色が広がっている。


「おい、周囲で争う気配は感じたか?」


「いえ、申し訳ありません、気が付きませんでした」


「数人で部隊の連中は無事か確認してこい!警戒を怠るなよ、不意を突かれなければ対処は出来る」


トールズは自分が戦う事に必死で、周りの喧騒に注意が向かっていなかった。その為、周辺の警戒に向かわせた部隊の様子が気になったのだった。

そして、その後の報告が届く前にゾットルへと詰め寄る。


「おい、貴様!魔物に組したのか?!」


ゾットルの毛布を引きはがし、その額に生える角を見ながらトールズは問い詰めようとした。

しかし、ゾットル達の様子が明らかにおかしい。それこそ、よく生きているなといった感想を持つほどに衰弱しているように思われた。


「おい、ゾットル、聞こえているか?」


そう呼びかけるが、明確な返事が返ってこない。すると、他の面々の様子を見ていた随伴兵の一人が水分と栄養の不足による極度の衰弱ではないかと報告する。

そして、外の様子を見に行っていた兵士が帰還する。すると、幸いにも外の面々は魔物の襲撃を受けていない事が判明した。


「おい、3人一組でテントの中を虱潰しに確認しろ。油断するなよ!あと、口元は覆っておけ、多少息が苦しかろうがそれで一瞬でも時間が稼げたからな」


トールズは先ほどの戦いを振り返りそう指示を返す。そして、テント内に入らなかった為無事であった薬師や兵士達に倒れている者達の救護を命じた。


「とにかく角は気にするな!おれは気にせん!」


そう告げるとトールズはテント内の捜索に入った。

しかし、他の面々は明らかに角を気にしていた。

トールズのように理解できない物は無い物と考える、などといった思考の持ち主はまずいないのだ。

司令官としてこの思考回路のせいで多々問題を起こしているトールズではあったが、今回は逆にこの思考の御蔭で混乱する事は無かった。


「だいたいなんだこれ、寝るのに邪魔にならないか?」


そう言いながら、取り外せないかとゾットルの角に手を伸ばして力を入れてみた。しかし、見た目の細さに反して頑丈であった。


「意外に硬いな、ふん!くそっ!折れないな。これ集めて槍の穂先にしたらどうだろうな?」


そんな事をブツブツと呟きながら、テントの中の机の前に移動する。

もし角が折れてしまったらどうなるのか、そんな事を思いながらハラハラ見ていた面々は安堵の吐息を吐いた。

しかし、トールズがそんな事を気にするような男ではなかった。

トールズが机の上に置かれている日報に気が付いた。そして、その内容を確認していると、外の様子が騒がしくなり、日報の確認を後回しにしてテントの外へと向かう。

外では兵士が数人の子供と一人の男を取り囲んでいた。そして、それぞれの額の上には見事な角が生えている。


「司令官、外周の捜索を行っていた際に発見し、ここまで連行してまいりました」


敬礼する兵士に頷くと、子供はともかく兵士の姿を見る。


「お前はサナエルだな?」


「はい!サナエルであります!」


角の生えた男はやはり報告書にあった木の実を食べ怪我を治した兵士で間違いなかった。併せて先にあった報告書の通り角が生えている事も確認出来た。もっとも、トールズは欠片も嬉しいとは思わなかったが。


「それではここ2カ月ほどで何が起きていたか報告をして貰おう。あと子供達は兵士達に倒れている者達の世話の仕方でも教えてやってくれ、その恰好を見るにお前たちが世話をしていたのだろう」


トールズの言葉に子供達は一斉に頷いた。

そんな子供達を兵士に任せ、トールズはサナエルを伴ってテントへと入って行った。そして、サナエルから驚く報告を聞く。


「すると、この今起きている現象はトレスの馬鹿が引き起こしたと?」


「はい、わたしがゾットル殿から聞いた内容から考えるとそうとしか考えられません。おそらくトレス達は神樹を傷つけたのだろうと、そして、その報復がこの木の実であったと考えております」


「ふむ、で、トレスの馬鹿はどうした?死んだか?」


「残念ながら森の中でトレス達らしき集団は確認出来たそうです。ただ、その後の魔物の襲撃で救出など不可能になり恐らく森の中で死亡している者と思われます」


「で、お前の証言を裏付ける証拠や証言はあるか?」


「いえ、そのような物はございません」


サナエルの顔を見て話ながら、トールズはこの今の話は現在差して重要ではないと考えていた。

すでに、誰が切っ掛けであろうと森と敵対している事に違いは無い。その為、これ以上の細かな詮索は行わなかった。もしこの時トールズがより細かく質問を行っていたならば、サナエルの思考回路が異常である事に気が付いていただろう。しかし、トールズは今この時であっても魔の森からいかにして引き上げるかを考えていた。


「まぁよい、お前には兵士達が回復する為の補助を頼もう。こんな状態では我々では人手が足らん」


トールズは傍らに立つ者に指示を出し、今後の対応を任せるのだった。


「俺だけこのまま任せて帰ったらまずいよな?」


トールズがそう呟いていたのに気が付いた者は誰も居なかった。

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