1-43:75年目の冬ですよ~
この魔の森へ来て早くも2年が過ぎようとしている。
最初にこの森へと来たときには、ここにこんなに滞在する事になろうとはとても思っていなかった。
本国は、当初この地を自国の物にしようと考えていた様だ、しかしこの森に住む魔物によってその予定は大きく変更される事となった。
何の事ない魔物達に文字通り蹴散らされたんだ。
しかし、その後この地より持ち帰った植物や木の実などにおいて、どうやら大きな発見があったみたいだ。
その為、最初に探索した俺達は再度この地へと来る事となる。
一応任期は最長で3年。この3年を過ぎれば本国へと戻る事が出来る。
そして、約束されている報酬はハッキリ言って高い!探索者などという危険と隣り合わせの生活を辞め、贅沢しなければ一生働かなくても生きていける。それ程の報酬が約束されている。
一応俺達も国に所属している、そして無名と言う訳ではない。それ故に騙され使い潰される事も無いだろうと考えている。もちろん用心はしているが。
そして、その報酬はこの地でどれだけ有用な植物や動物などを本国へと持ち帰る事が出来るかで更にアップする。この為、先日に見かけた神樹へと再度足を延ばしたのだった。
「この香りが目印となってくれるから迷う事が無いのはありがたいな」
「ああ、それにどうやらこの香りを魔物達は嫌うらしいからな。これの御蔭で魔物との遭遇率が大幅に下がっている」
「ねぇ、今回の目標は先日持ち帰ってきた木の実?」
「ああ、持ち帰る途中で魔物に襲われなければもっと持ち帰る事が出来たのだが」
先日の事を思い出しながら、ゾットルはそう告げた。
◆◆◆
あの日、あまりに強い香りに閉口しながらも、ゾットルとサバラスは神樹の下へと辿り着いた。
近年、ここまで大きな木は王宮の庭か、余程の僻地でしか見る事が出来ない。
殆どの木は大きく育つ前に切り倒され、薪へと姿を変える。しかし、これは仕方がない事だと思っている。
なぜなら、そうしないと冬を越す前に凍え死んでしまう可能性が高いのだ。
又、一部の木においては農民たちの食料となっているとも聞いている。
それ故に、元々この森に育つ木の大きさには驚きを持っていた。しかし、その森の木とは明らかに違う、たった一本の樹でありながら緑豊かに枝を大空へと羽ばたくが如く広げる姿は、ただの樹とはとても思えなかった。そして、何より大きい事は魔物達が近寄る事が無い、この一言であった。
「すごいな」
「ああ、それにこの周りにある木の実は見た事が無い」
「一つ一つが大きいな、それに水分を多量に含んでいる。もしこれが食べれるならリンゴなど比べ物にならない果樹だぞ、樹になる数が違う」
サバラスの言葉に頷きながらも俺は落ちている木の実を丁寧に拾い始めた。
「この強い香りは実から出てるのではないのだな、樹自体が放っているようだ」
「そうすると、この樹の枝でも持たないと魔物避けにはならないか?」
「・・・・お前この樹の枝を折る気になるか?」
「いや、ないな」
俺達はそんな事を話しながら一通り落ちている木の実を集め終わった。
「樹になっている実がまだあるがどうする?」
「袋がすでにいっぱいだ、これ以上は重くて持てん」
「そうだな、これで引き揚げよう」
お互いに袋を背負い、再度森へと足を進めた。しかし、そこからは正に地獄のような逃避行が始まるとは思ってもみなかった。
最初に気が付いたのはサバラスであった。
「まずいぞ、何かが後をつけてきている」
その言葉に周りの気配を窺う。すると、確かに魔物らしき気配が周囲を包み込もうとしている事に気が付いた。
「走るぞ!このままだと囲まれる!」
俺達は一気に全速力で走り出した。しかし、そもそも速度で魔物に適うはずがなかった。
走り出してすぐに背後に衝撃を受け、思わず転びそうになる。しかし、何とか踏みとどまり転ぶことを回避した。そして、立ち止まる事なく走り続ける。
「うわっ!」
俺が転びかけた為に先行する形になったサバラスの背中を見ながら走り出した時、そのサバラスの背負っている袋に何かが飛び掛るのが見えた。
そして、その何かは綺麗に袋だけを破った。その為、その中の木の実が零れ落ちる。
「くそ!」
サバラスは背負っていた袋が破れた事に気が付いた様子はない。飛び掛られた衝撃でよろめいたが、そこから持ち直して逃走を継続している。
そして、その様子を見る事が出来た俺は、自分が背負っている袋の重みが減少している事に気が付いた。
「魔物達の狙いは木の実か」
思わず声が毀れる。しかし、零れ落ちた木の実を魔物達から争奪するなど出来るはずがない。
俺は、後ろを振り返る事なくそのまま走り続けた。
幸いにして、それ以降魔物に襲われる事は無かった。恐らくだが落ちた木の実の奪い合いでもしているのだろう。ただ、俺達が居留地へと辿り着いたとき、予想通りあれだけあった木の実はサバラスの分と合わせても3個しか残っていなかった。
それでも、残っていただけましだ、ましてや二人とも命を拾い上げる事が出来たのだから。
俺達はお互いにそう慰めあうのだった・・・・・その実の効果を知るまでは。
◆◆◆
「ゾットル、まずいぞ!前方に魔物の気配がある。一匹や二匹どころじゃない」
神樹へとあと少しといった所でサバラスが警告を発する。
そして、俺達は慎重に気配を消しながら前方へと進んでいった。
「この香りでこちらの匂いは感知されないと思う。でも、なんなの?魔物の種族がバラバラよ?」
アンジュの言葉に俺も頷く。どうやら神樹を中心として魔物達が集まっているようだ。ただ、やはりこの香りが苦手なのか神樹にはある一定距離から近づこうとはしていなかった。
「おい、あれを見ろ」
俺は、神樹の根本に数人の子供達がいる事に気が付いた。
そして、良く見ればその子供達は、以前に何度か森で見かけた人型の魔物である事が解った。
なぜなら、その内の一人は遠目でもわかるくらいに輝く金色の長い髪をしていた。
「魔物?」
「ああ、噂の子供のような魔物だな」
俺達は気配を殺しながらその魔物達の様子を窺っていた。すると、金色の子供が神樹へと何か祈りを捧げるような動作を繰り返す。そして、それに合わせて他の子供達も同様の動作を行い始めた。
更には驚いたことに、その後唐突に神樹が放つ香りが薄れ始める。
「おい、まさか・・・」
「あの子供の魔物が何かしたのか?」
香りが殆ど感じられなくなるのにそれ程時間は掛からなかった。
相変わらず俺達は気配を消して状況を眺めていると、神授の幹を何かが覆い始める。そして、それを子供達がせっせと剥がしているようだ。
更には、子供達に続いて魔物達もその何かを神樹から剥がし始める。しかし、剥がす先から神樹の幹をその何かが覆っていく。
観察を始めてどれくらいの時間が過ぎたのか、気が付けば神樹の周りには魔物は一匹も見当たらなくなっていた。
俺達は恐る恐る周囲を警戒しながら神樹へと足を進めるのだった。




