1-26:73年目の初夏が訪れようとしてます。
気温が日々暖かくなり、ある意味今が一番過ごし易い陽気に感じる樹です。
その割には、心の中を木枯らしが吹いていきます。
なぜなら、エルフっ子や鬼っ子達が引っ越してしまったのです。
なんという事でしょう!わたしがもっと構ってあげれば良かったのでしょうか?
まるで、お母さん、私達はお父さんについて行きます!と言うが如く狼さん達と一緒に旅立ってしまったのです。湖の畔へと・・・。
ええ、解るんですよ、ここって水源が無いですもんね。
でも、木の実やハチミツはあるんですよ?
でも、やっぱりお水が無いと大変だから水場へと移動する事にしたそうです。
危険ですよ~危ないですよ~と言っても狼さん達が俺たちがいるから大丈夫!って貴方達何時の間にそこまで仲良くなったんですか?
最初は2頭で集まってた狼さん達も、いつの間にか大人10頭、子供8頭の群れになってますし。子供は今年の春生まれた子達ですけどね。
うわ~~ん、わたしの癒しが行ってしまいますよ~子狼もすっごい可愛いのです、エルフっ子や鬼っ子達と戯れてる姿はもうわたしの癒しです。日々に疲れも、退屈も眺めているだけで時間が過ぎていくのです。
え?なんで疲れるのかですか?私だって疲れるんですよ、えっと・・・ほら、実を付けたり葉を茂らせたり、あと枝をのばしたりしてますし。
・・・どうせそれしかやってないですよ!わたしは樹ですから、それくらいしかやる事ないですから!
葉や枝は意識しないでも伸びてきますよ!悪いですか!
癒しがあったって良いじゃないですか~もうただ立ってるだけの樹生に飽きてきてるんです。
子供間ネットで色々見て回るのも楽しいのですが、なんとなく映像見ているみたいで味気ないんですよね。
匂いや風が感じられないっていうか、なんとなく実感に欠けると言うか。
そんなわたしの願いも虚しく、無情にも狼さんはみなさん引きつれて湖へと移住してしまいました。
う~わたしの心を癒してくれるのは、あ、クマさんご一家でまたハチミツ舐めに来られたんですか?
え?ここのハチミツが一番おいしい?そうでしょ?だってわたしが咲かせた花の蜜も入ってますから!
子供達とはそれこそひと味もふた味も違うのです!
ふふふ、褒めてくれていいのですよ?え?ミツバチさんが偉い?そ、それでもわたしの花の甘さも重要ですよ?でも一番はミツバチさんですか、そうですか、わたし最近みんなから蔑ろにされてるような気がします。え?今更ですか?昔からですか?
泣いて良いでしょうか。
くぅぅ、こんな事ならわたしに忠実で、可愛らしい生き物を作ってやる!
真ん丸で、大きな瞳で、ふさふさしてて・・・・え?なんですかこれ?
今、目の前に真ん丸で、大きな目でじっとわたしを見る毛の生えた実があるんですが・・・ひえ~~~~
これは何って魔物ですか!妖怪ですか!キモいです、ホラーです、しかもなんで実全体の大きさの一つ目なんですか!
思わず体を震わせて地面に落としました。あ、駄目です、仰向けになってわたしを見ています。なんかお目めウルウルしてますけど、駄目なんです!ごめんなさい!作ったわたしが悪かったです!
あ、リスさんなんで逃げてくんですか?鳥さん達どこへ行くんですか?
うわ~~ん、ってしばらくパニックになってたら、ウシさんがパクッと食べてくれました。
ムシャムシャです、ありがとうございます。
これからは気を付けます。でも、しばらく夢に見ちゃいそうです。
◆◆◆
荒れた農地をただ呆然と見つめていた。
本来、そろそろ稲が根付き緑色の秋への希望が見えるはずの田畑では、見渡す限り焦げ茶色の景色が広がっていた。ここ近年は年々収穫量が減少しながらもなんとか収穫が出来ていた。しかし、今年は例年に比べ雨の降る量が少なく、近くの川から必死で水を汲んで対処していたのだが遂にその努力も報われることが無かった。それは、この村だけに限った事では無く、近隣一帯が不作に喘いでいる。
「子供を人買いに売ろうとしたら断られたそうだ」
「そうだな、今は何処であろうとも自分達が食べるだけで精一杯だ、奴隷を養うなど出来る者はそういないだろうさ」
「麦の相場も、米の相場も跳ね上がっているが、金が有っても肝心の食い物が無い」
「今年の冬は、どれだけの者が死ぬのか」
「お前の所はなんとか冬が越せそうか?」
「・・・どうかな、ただ、税でどれだけ取り立てられるか次第だろうな」
畑を眺める男二人は、この近辺でかつては豪農と呼ばれた男達であった。
しかし、そんな男達ですら今自分の家族と家人を養うだけで精一杯であった。
又、ここ最近は盗賊の被害も頻繁に発生している。そして、それを取り締まる警邏隊の活動は決して芳しくない。盗賊の数が多すぎるのと、長期間活動するだけの食料が無いのだった。
「魔の森の話は聞いたか?」
「ああ、フランツ王国の軍が壊滅した話なら聞いている」
「先日魔の森へと向かう家族を見かけた。このままでは死ぬだけだ、それならと持てる食料などを持って魔の森を目指していた」
「座して死を待つよりはその方が良いのかもしれん」
「うむ、ただ魔の森へ無事着けるかは解らんがな」
「着けたとして、生き延びられるかもだな」
二人は、ただ淡々と荒れ果てた畑を眺めながら会話を交わしている。
ただ、その二人の表情は最後まで何も感情を表す事は無かった。




