2-24:森に住む者達
亜人と呼ばれる者達は、大きく分けて2種類の者が存在する。
大多数を占める角の生えた鬼人、極まれに発生するエルフ、ただこれはかつての樹がそう呼んでいた呼称が伝わった事によって広り、それを亜人達が受け入れたものである。
そして、この鬼人でも一本角、2本角と見た目は分かれるが、それによって大きな能力差が発生するわけでもなく、それ故にこの差異が何故に出るのかは解っていない。
又、エルフは神樹との親和性が鬼人より高い、その為、今現在亜人達が住むどんな小さな村であっても、必ず一人はエルフが配属されるようになっていた。
この大陸における最西端にあるゴト村に住む者達は、この先に住む純人族の保護及び隔離を主目的として存在している。幸いにもかつての王都に住んでいた純人族である者の協力で、純人族達の村の内情を彼らはほぼ正確に把握していた。
そして、ここ近年において漸く人口減少が収まり、微増ではあるが村は拡大へと進み始めている。
そんな報告を聞いていた矢先の神樹より送られてきた思念に、ゴト村を管轄するエルフであるヒイラギは困惑の色を隠せなかった。
「餓え?保護?」
受信した思念に対し、どう考えても理解が出来ない。
近年この地区では天候不順や飢饉なども無く、豊作とは言えないまでも生存する事に問題が生じる事態は訪れていない。それは自分達も純人族達も同様である。それであるのに、神樹は飢えを強調している。その原因を突き止めなければ行動を起こす事が出来ない。
「マルマを呼んでください」
自分の護衛兼補佐を行うマルマを呼ぶために、傍らにいた角付兎へと指示を出す。そして、その間にも森の中で先程から頻繁に飛び交う動物達の思念に戸惑いながらも、この退屈だった日常に訪れた変化をどこかで楽しんでいた。
「ヒイラギ、何かあったか?先程突然森が騒がしくなった」
ヒイラギに呼ばれたマルマがやってきた。マルマは、真っ赤な燃えるような髪を、特に纏めることなく肩まで伸ばし、明らかに武人を思わせる堂々とした体躯、更にその額には2本の角がいやがおうにも存在感を亜現している。そして、何よりも髪の色と対となるかの様に真紅にそまった瞳が、マルマの存在を神秘的に彩っている。
淡い金色に輝く腰まで伸びた髪を持ち、深い碧色の瞳を持つどちらかといえば華奢な体躯のヒイラギとは余りにも正反対の姿である。
「神樹様より指示が届きました。純人族が飢えている為保護せよと」
「餓え?この秋が過ぎたばかりの時にか?」
秋の収穫を終えたこの時期に飢える、それは通常考えられない。そして、純人族の村からもその様な報告は届いていない。それなのにヒイラギから伝えられる内容は飢えと保護、それは今何かが起きている事に他ならない。
「ヒイラギ、お前何をやらかした」
マルマが鋭い視線をヒイラギへと注ぐ。決して冗談で言っている様子は一切ない。
「ちょっと!何言い出すのよ!何にもしてないってば」
「信じられんな、お前の感情が明らかに高揚しているのを感じる」
「ばっかじゃないの!この退屈な日常で何かが起きているのよ?ワクワクしてあたりまえじゃない」
「退屈だと!祖樹様の探索にどれ程我々が忙しいのか解っているのか!貴様の悪戯に構っている暇はない。何をやった、さっさと神樹様に謝罪に行くぞ」
「酷!私がやったって確定ですか!」
ヒイラギの腕を取っ手引き摺って行こうとするマルマに対し、ヒイラギは必死に抵抗するが余りにも体格が違いすぎる。それ故に色々と弁解を続けるのだがマルマがその弁解を聞き入れる事は無い。
「いい加減にして!何にもしてないってば!」
今にも村から引きずり出されようとしているヒイラギと、それを引き摺るマルマを村に住む者達は生暖かい眼差しで見るも、誰一人として止める事も、仲裁する事もしない。
そんな中において、森の奥から狼の遠吠えが響いてきた。それに合わせてこの村で門番のような事をしている角付狼達が一斉に遠吠えを始める。これも普通の事では無い。
流石に、この状況にマルマをヒイラギを掴んだまま立ち止まり、目を真ん丸にして狼たちの様子を伺う。
「ちょ、くぅ、えい!は、外れた!」
マルマが立ち止まったのを幸いに、必死に腕をよじってその拘束から漸くヒイラギは解放された。
「この馬鹿力!まったく、この白魚のような肌が痣が出来たらどうしてくれるのよ!」
「そんな事はどうでも良い、ホーンウルフは何と言ってるんだ」
「あ~痛かった、まったく、ホーンウルフなんて格好つけないで角狼でいいじゃん」
掴まれていた腕をさすりさすりしながら、口を尖らせて文句を言う。
そんなヒイラギを傍らにいた角付狼がゆっくりとヒイラギの後ろへと回る。何気なくマルマも含め周りにいた村人達もその角付狼の動きを視線で追うが、肝心のヒイラギは相変わらずブチブチと文句を言い続けていて気が付いていない。
ブスリ
「いった~~~~!マジ痛いよ!」
角付狼のその長い角でブスリとお尻を刺されたヒイラギが、文字通り飛び上がった。
周りにいる村人達は爆笑しているが、マルマは呆れたように掌で目を覆い溜息を吐く。
「それで?何が起こってるんだ?」
お尻を抑えながらヒイヒイ言いながら、それでもヒイラギは必死に自分のお尻に何かを唱えている。
そして、暫くして漸く痛みが治まったのか、穴の開いてしまったズボンを器用に摘まみながら角付狼の遠吠えの内容を伝えた。
「何か純人族の集団が森に入り込んだってさ。で、周辺の動物達に警戒を呼び掛けてる」
涙目で答えるヒイラギの頭を平手で叩き、マルマは慌てて周囲にいる警護担当の者へと指示を飛ばす。
「急いで監視しろ!何処に向かっているのか、何が目的なのかを調べろ!決して監視に気付かれるなよ!」
「あ、多分神樹が言ってる飢えた純人族ってその集団だと思うから、何とかしといて」
あくまでも軽い口調で告げるヒイラギ、でもその表情は明らかに楽しんでいる。
そのヒイラギの声に誰も答える事のないまま、皆が慌ただしく走り始める。そんな者達を眺めながらも、今まで平穏だった村で始まった騒動と、今後起きるであろう混乱にマルマは更に気が重くなるのだった。




