1-102:84年目の冬です
雪がこれ程に嬉しいと思った事などなかった。
冬をこれ程に待ち望んだことなどなかった。
魔樹も、角付の魔物達も、冬になると一気に活動が低下した。
その御蔭で何とか人族は戦線を維持する事が出来たのだ。
皮肉にも、魔樹の御蔭で稲も、麦も、豊作になった。
この冬を越えるにあたって、誰一人飢えて死ぬ事は無い。それは、涙が出るほどに幸せな事である・・・はずであった。
しかし、その豊作の象徴ともいうべき魔樹によって、人族は滅びようとしていた。
飢えて死に絶えるのか、それとも別の存在へと作り変えられるのか。
その有り方に違いはあれど、滅びへと向かっている事に違いは無い。
角付になろうとも生きながらえる事を選ぶものと、何とかして人族として生きる方法を探すもの、愚かにも今まさに絶滅に瀕している人族同士で、更に争い殺し合い、滅亡への坂道を転がり落ちていく。
眼下に広がる街並みの至る所から火が噴きあがっている。
過失による失火なのか、それとも故意に火を放ったのか。
白く彩られる街並みに、赤い炎が彩りを添える。
ただ、立ち昇る黒煙が無粋にも全てを覆い尽くさんと視界を妨げてはいるのだが。
「閣下、まだこの場所においででしたか」
背後から聞きなれた声が聞こえ、窓の外へと向けていた視線を室内へと移動させる。
そこには、額から2本の角が生えたロマリエが完全武装で立っていた。
「ロマリエか」
ビルジットは、ロマリエへと視線を移した後、またすぐに窓の外へと視線を移す。
「人とは、業の深い生き物よな。自ら滅びへと飛び込んでいく、そう思わないか?」
「閣下の問いに、わたしは既に答えるだけの資格を失っております」
ロマリエの答えに、ビルジットは再度視線をロマリエへと戻した。
前線にてロマリエが動く木の実の急襲を受け、倒れたのは既に4か月以上前の事であった。
その後2カ月ほどで戦線へと復帰したが、その時から彼は幹部会に参加資格を失ったのだった。
「で、馬鹿どもの制圧は終わったのか?」
魔樹や魔物、角付に対し、人族の存亡を賭けるとの名目で一斉に決起した者達が居た。
そして、その者達は真っ先に魔樹の伐採及び焼き討ちを行った。
ビルジット達王国幹部は、もはやこれ以上の抵抗をするより角付達との共存を模索、ゾットル達の仲介にて人族生存権の確保の為、ようやく魔物達の敵意を緩和出来始めていた最中の暴挙であった。
この過激派達の暴挙によって、魔物達が雪崩打つように王都に浸透した。
そして今尚その戦闘は続き、王都の至る所から炎が立ち昇る結果となっている。
「大部分のものは無力化する事に成功しました。しかし、残念ながらその大半は木の実に対する拒絶反応にて死亡、又は自害いたしました」
「そうか、陛下は?」
「自害成されました」
ロマリエの言葉に、ビルジットはただ、静かに目を閉じた。
二人の王子の内、皇太子は魔物との戦いですでに討死されていた。第二王子は魔物の襲撃に会い、現在高熱で臥せっている。おそらく生き延びるではあろうが、その姿も意識もすでに以前の王子ではないだろう。
「ロマリエよ、今のお前はどう思うのか、最後まで抵抗した者達を愚かと思うか?」
「・・・・」
「角付であっても生きる為には争う、ましてや生きる為に普通に獲物を狩る。それが同じ角付であっても。ただ人族と大きく違うのは、同種族であれば競う事はあっても殺し合う事は無い。また、獲物を狩る時ですら不必要な狩はしない。そうだな?」
「はい、確かに魔物達はそのように行動しております」
「人型の角付はどうだ?」
「より理性的に活動します。せいぜい、自分の伴侶を巡って争うくらいでしょうか?」
「平和よのう」
ロマリエの言葉に、ビルジットは苦笑を浮かべる。
人族と、角付はこうまで性質が違う。文明的に考えても、人族の方が劣っているように感じる。
普通に考えればだが。
「嫉妬や妬みの感情が乏しいのだろうか?ただ、文明の大部分は欲望から発達してきた。ロマリエよ、10年、50年と時が過ぎた時、人族は生き残っているだろうか?」
「それは解りません。ただ今解るのは、我ら角付とて感情も、思考力も持っております。そうそう滅びるつもりはありません」
「・・・・無駄よ。人族が発達する為に必要だった物を、お前達は持っていない。・・・まぁよい、で、この地はお前が統治する事となるのか?」
「はい、ゾットル閣下よりその様に指示されています。」
「そうか・・・」
ビルジットはロマリエを振り向くことなく、窓の外を眺め続ける。
ロマリエはしばらくビルジットを見つめていたが、その後何も問いかけがない為、静かに礼を返し部屋を後にした。
暫くしてロマリエが部屋へと戻ってくると、執務机にうつ伏せに伏せるビルジットと、一本の空の壜が机に置かれていた。
◆◆◆
その後、王国の各所で小規模の反乱や抵抗が続くが、一年もすると、それもすぐに鎮圧されていく。
圧倒的な身体能力を持つ角付と、これまた圧倒的な物量を誇る魔物達の侵攻に対し、どの国も対抗する事は出来なかった。
もちろん、未だ全ての者達が角付になった訳では無い。普通に生活している者達に対し、魔物も、角付達も、無闇に襲いかかる事は無い。しかし、病気に罹った者、怪我をした者などを中心に、純粋な人族は次第に数を減らしていく。
近隣諸国においても、魔樹への依存の下に生活が成り立っているのだ。魔樹なくしての生存圏は有り得ない。穀物などの生産は、魔樹なくして成り立っていないのであるから、あたりまえのことではあった。
魔樹があれば、そこから木の実が生まれる。又、情報も筒抜けになる。それが解っていても、魔樹を無くすことはできない。それであっても、魔物や角付に対し拒否反応を起こす者は少なくない。
そして、それ故に大小の争いが起こり、その度に人族は数を減らしていく。
気が付けば、どの国においても王族や貴族は存在しなくなっていた。
緩やかに魔樹を信仰する神殿によって統治が行われる。
しかし、そこには支配者や統治者といった者は無い。また、経済においても角付達は文明を崩壊させる事も無く、又、発展させる事も無く、ただあるがままに生きる。人族はこの緩慢な世界に、あらがう事を忘れ、次第にただ流されるがままに生きていく事となる。
それ故にこそ、その後の統治はまさに平穏そのものであった。
◆◆◆
人族と角付達が共存し始めて10年程が過ぎた時、まだ角付となっていない者達の中に、一つの御伽噺が広まって行った。
この大地のどこかに、未だに人族だけが暮らす国が有ると。
時々、その国の者達が、この国に訪れているのではないかと。
ただ、その噂を語る者達の口調は、どこか揶揄するような響きを感じさせた。
「なぁ、人族だけの国がもしあったらどうする?」
ある酒場で、角の無い若い男達が酒を飲みながらそんな話をしていた。
「はぁ?う~~ん、どうもしないんじゃないかな?」
「なんでだよ?」
「だってさ、人族だけだからって何か意味あるのか?」
「え?・・・・・・・そうだなぁ角付の方が上司にはいいよな?ぎゃ~ぎゃ~言わないし」
その問いかけに、しばらく考えた後、男は笑いながらそう答える。
「俺さ、今度の結婚を機会に、神殿で木の実を受けるんだ」
「え?」
「ほら、角付の子供の方が育てやすいっていうじゃん、おれがこのままだと角無が生まれる事もあるからさ」
友人の言葉に、男は考え込んだ。
「そっか、俺も木の実受けようかな」
「まぁ焦んなよ、まず恋人見つけてからだろ?」
「うるせ~~よ!」
酒場に男達の笑い声が響き渡る。
そこには、角付などの種族への偏見は何処にも感じられなかったのだった。




