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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第3部/第1章

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第95話

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 ブレットたちの前から立ち去ったウルは、夜のメインストリートを一目散に駆けていた。


 人通りが多い。

 向かいから来る人と何度もぶつかりそうになりながら走り、ついに一人と衝突してしまう。


 相手は大柄な男だ。

 ぶつかったウルのほうが跳ね飛ばされ、石畳の上に転んでしまう。


「痛ってーな、なんだこのガキ」


 男はウルの胸倉をつかみ、睨みつける。


「す……すいませんっす……」


 ウルは平謝りだ。

 だが相手の男はペッと唾を吐き捨て、さらに強くウルの胸元を締め上げる。


「すいませんで済むと思ってんのか、ああ?」


「う、ぐっ……」


 苦しげにうめくウル。

 男はこぶしを振り上げ、ウルに殴りかかろうとしたが、連れらしき女性がそれを止める。


「もう、そのぐらいで許してあげなよ」


「チッ……! おうクソガキ、今後気を付けろよ」


「は、はいっす……」


 男はウルを手放し、また通りを歩いていく。

 連れらしき女性はそれにしなだれかかり、二人で夜の街に消えていった。


 ウルはよろりと立ち上がり、歩き始める。

 とぼとぼと、独りで。


「はぁ……うちの人生、どうしてこうなんすかね……」


 そうつぶやきながら、空を見上げる。

 夜の空には、もう数日で満月に差し掛かろうという黄金色の月が浮かんでいた。


「ライブが満月の夜でなかったら、うちはどうしてたんだろ……」


 ウルは狼人間(ワーウルフ)だ。

 満月の光を浴びれば、理性を失い暴力と殺戮の衝動に支配されたモンスターになり果ててしまう。


 だから満月の日には、街から離れた山奥の小屋にひきこもり、一歩も外に出ないことにしている。

 ウルがもう何年間もずっと行っている習慣だ。


 自身を苛む獣化(ライカンスロピィ)の力を、ウルはここ数年である程度まではコントロールできるようになっていた。


 満月の夜でなくても自分の意志で獣化することができるようになったし、その際には理性を失うことはない。

 ウルは今や、狼人間(ワーウルフ)としての力を、自身の意志で使うことができる。


 狼人間(ワーウルフ)の姿になれば、その肉体は体長二メートル近くもある筋骨隆々としたものへと変化する。


 狼人間(ワーウルフ)の力は勇者と比べても遜色がないほどで、先ほどぶつかった男ぐらいはその気になれば軽くねじ伏せられる。


 しかしウルには、そんなことをするつもりはない。


 そんなことをすれば人間社会で暮らしていけなくなるというのもあるが、何よりもウルは、自らの意志で怪物(モンスター)になるのを恐れていた。


 その力で、暴力で人に危害を加えてしまったら、自分は本物の怪物(モンスター)になってしまうから。


 だがそんなウルの想いも、満月の夜にはかき消されてしまう。


 満月の光を浴びた際のすべてを塗りつぶすような暴力衝動の前には、普段のウルの優しさも理性も意志もことごとく消え失せてしまう。


 だからウルは、自分を怪物(モンスター)にしないために、人とのかかわりをできる限り避けてきた。


 その代償として得たものは、孤独。

 ウルはいつもひとりぼっちで、誰の目にも留まらないように、陰に潜んで生きてきた。


「もう……なんで生きているのかも、分からなくなってきたっす……そろそろ、生きるのやめてもいいのかな……」


 そんなことをつぶやきながら、ウルはひとつため息をつき、夜の街を歩いていく。


 今日もまた、家に帰らなきゃ。

 あの、ひとりぼっちの家に。


 母親が病で命を落としてからも惰性で生きてきたけれど、もう生きることの意味が分からなくなっていた。


 そんなウルの心を支えてきたのが、アイドルだった。


 舞台の上で輝くような笑顔を見せてくれる少女たちを見ると、なんだかいつも、少しだけ元気が出た。


 汗を散らして懸命に踊って歌う可憐な少女たちの姿にあこがれて、あんな風に自分もなれたらなと、淡い夢を抱いたりもした。


 でも、そんなウルの前にたった一度だけ現れたチャンスも、このザマだ。


 ライブは満月の夜。

 運命が自分のことを嘲笑っているとしか思えない。


「でも、これで良かったんすよ。うちのために、リオちゃんたちに迷惑をかけずに済んだっす」


 そう言って、あははと笑うウル。


 リオ、イリス、メイファ──みんな可愛くて、明るくて、優しくて、太陽みたいな少女たちだった。


 格好いいのお兄さんまで隣にいて、みんな仲がよさそうで。

 嫉妬することすらバカバカしいほど、自分とは違いすぎる人たち。


 ウルがあんな子たちと一緒にアイドルユニットを組むなんて、そもそもが馬鹿げた話だ。


「うっ……ううっ……。うちは……どうして、こんな……」


 ウルの瞳から、涙があふれる。

 少女はそれを、服の袖でぐしぐしと拭う。


 もう帰ろう、自分の家へ。

 ほかに誰もいないあの家で一晩眠れば、自分の分相応を思い出すだろう。


 そんなことを考えながら、ウルが夜のストリートを歩いていると──


 正面からパカパカと、馬車が向かってくるのが見えた。


 豪商か貴族か分からないが、金持ちのものだろう。

 二頭立ての豪奢な馬車が、石畳を蹄鉄が踏む音を鳴らしてゆっくりと向かってくるのを見て、道ゆく人々がその通り道を空けていく。


 ウルもぼんやりと、その通り道をよけて、ストリートの脇に動こうとした。


 ──が、そのときに、気付いてしまった。


 馬車の行く先、もうわずかもないところに、小さな男の子がいた。

 親とはぐれたのか、しきりに周囲を見回している。


 馬車の御者はよそ見をしていて、その子供に気付いていないようで。


 また子供のほうもあらぬ方を見回していて、大型馬車を引く馬の蹄鉄が今まさに自分を轢こうとしていることに気付いていなかった。


 馬の体重は、人間の五人分以上にも及ぶ。

 硬い蹄鉄で踏みつぶされたら、子供の体なんてひとたまりもない。


「危ない──!」


 ウルの体は、とっさに動いていた。


 人間の姿では間に合わないと半ば本能で察して、瞬時に獣化をする。

 筋肉が膨れ上がり、着ていた服がびりびりと裂けていった。


 そうして狼人間(ワーウルフ)と化したウルは、勇者に匹敵する人間離れした身体能力で、馬車に轢かれそうになっていた男の子のもとまで駆け寄り、抱きかかえ、ストリートの脇まで転がり込んだ。


 子供を守るように抱きかかえた狼人間(ワーウルフ)の体は、道のわきに積んであった木箱へと突っ込み、がらがらがっしゃんと大きな音をたてる。


 その場にいた人々の誰もが、しばしの間、何が起こったのか分からずにいた。


 しかし気付けば、突然街中に現れた狼人間(ワーウルフ)が、小さな男の子を捕まえてストリートの脇に佇んでいた。


 その狼人間(ワーウルフ)──ウルが男の子を地面に降ろす。


 すると、自らの身に何が起こったか分からずにいた子供が、自分の目の前にいる狼人間(ワーウルフ)の姿を見て、恐怖の表情とともに涙ぐんだ。


(あっ……)


 その男の子の顔を見たウルは、胸が締めつけられるような思いを抱く。


 そうだ、自分はバケモノだ。

 思い出した。


「──キャアアアアアアッ!」


 通行人の誰かが上げたのだろう。

 絹を裂くような女性の声が、あたりに響きわたった。


 獣化を解けば──人間の姿になれば分かってもらえるんじゃないか、とウルは一瞬思った。


 だがその考えは、すぐに振り捨てる。

 それでは自分がバケモノだと街中に知れ渡ってしまい、この街ではもう暮らせなくなる。


 街の人たちみんなで石を投げ、ウルを街から追い出そうとする光景が思い浮かぶ。

 いま獣化を解いたらそうなるだろうと思った。


 だからウルは、その場から逃げた。

 狼人間(ワーウルフ)の姿のまま、怯える人々の間を抜け、一目散に駆けていく。


 ウルの背後から、人々の混乱の様子と、モンスターが出たぞという声が伝わってくる。


(ああ……そうだったっす。忘れていたわけじゃないのに)


 ウルは狼人間(ワーウルフ)の姿で人混みの中を駆け抜けながら、心の中で涙を流す。


 自分はバケモノだ。

 あらためてそのことを認識させられてしまった。


「──アォオオオオオオオオオン!」


 ウルは胸の内の悲しみを吐き出すように遠吠えをあげ、夜のラヴィルトンの街を駆けていった。


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