第92話
リゼル武具店のエントランスで騒ぎ立てる男性ドワーフ。
何人かの店員でなだめてどうにか店の外に出そうとしているが、ドワーフは頑として動きそうにない。
クレーマー……というよりは、口ぶりからすると同業者だろうか。
ついさっきリゼルが愚痴っていた、「同業者は私の考えを分かってくれない」という言葉を思い出す。
ちなみにドワーフというのは、ずんぐりむっくりとした姿と立派な髭が特徴の亜人種である。
体力があるうえに見た目からは想像できないほどに手先が器用で、頑固な性格とも相まって、ドワーフには優秀な職人が多い。
ここ職人都市ラヴィルトンにはドワーフの職人も多く、この街で作られる工芸品のクォリティを上げるのに一役買っているというが──
一方でこの店のオーナーであるエルフの武具職人リゼルはというと、そのドワーフの声が聞こえてきた段階ですでに顔をしかめていた。
そして当のドワーフの姿を目のあたりにすると、エルフの少女はつかつかとドワーフに向かって歩み寄っていく。
それを見たドワーフが、ふんと鼻を鳴らす。
「現れたな、女狐エルフめ! 貴様いつまでこんな薄汚い商売を続けるつもりだ!」
一方のリゼルは、ムカッとした様子を見せ、ドワーフの目の前まで行くと身長差で上から食ってかかる。
「あのねぇガルドンさん、いつも営業妨害はやめて頂戴と言っていますよね?」
「ふんっ、こっちだって粗悪な品を客に高値で売りつけるなと、何度も言っているだろう! 貴様のようなヒヨッコが薄汚い商売をしているのを見ると反吐が出るわい!」
「くっ……! だから何度も言っているように、私はガルドンさんの武具職人としての技術の素晴らしさは認めています! でもあなたは商売が下手! 手を組もうってずっと誘っているのに、乗らないのはそっちじゃないですか!」
「バカも休み休み言え女狐めが! ボッタクリ商売への加担など誰がするものか! だいたい貴様は──」
「見た目のデザインにだって売り方にだって、手間もお金も技術も必要だって何度言ったら分かってくれるんですか! どうしてあなたは──」
キャンキャン、ギャーギャー、ワーワー。
リゼルとドワーフとが、店の入り口付近で騒ぎ始めた。
店に入ろうかと外から覗いていた客が、その様子を見てそそくさと立ち去っていくのが見える。
あちゃー……。
何だってオーナー自ら、商売の足を引っ張ってるかな。
店員の何人かが、リゼルを羽交い絞めにしては「オーナー、落ち着いてください」などと言ってなだめている。
かんしゃく起こした子供か。
やがてリゼルは、「ガルドンさんのバーカ! 覚えてなさいよ! ──あなたたち、そのドワーフをつまみ出しなさい!」などと罵倒しながら、店の奥へと引きずられていった。
そしてガルドンという名のドワーフのほうも、リゼルのボディガードである黒服勇者たちの手で店の外に放り出される。
そうしてようやく店内が静かになったわけだが──
うーん……。
なんというかこう、非常に複雑そうな人間関係を垣間見てしまったぞ。
「なぁ兄ちゃん、何だったの今の?」
「いや、俺にもわからん……。とりあえず、俺たちも出るか」
「そ、そうですね」
「……大人げない大人たち、稀によくいる」
そうしてリゼル武具店を出た俺たち。
だが、そんな俺たちの目の前に──
「おぬしら今、リゼルんとこの店から出てきたな」
ドワーフが現れた。
ドワーフは、俺たちの前に立ちふさがるようにしている。
び、びっくりした……。
「ええ、まあ。商品は買ってないですけど」
「ふんっ、それは朗報だ。お前たちは勇者で、品質のいい武器や防具を探している──そうだな? だったらワシについてこい」
そう言ってドワーフは、返事も聞かずにのしのしとメインストリートを歩いて行ってしまう。
えっと……とりあえず、ついていってみようか。
話の流れからすると、このガルドンというドワーフ、実際に腕のいい武具職人ではありそうだし。
そんなわけで俺たちは、ドワーフのあとをついて夜のラヴィルトンの街を歩いていく。
やがて派手なメインストリートから離れ、閑静な住宅街に。
そして街はずれまで来ると、その一角にある薄汚れた一軒家に、ドワーフは入っていく。
よく見ると「ガルドン武具店」という地味な木の看板が、端っこの方にかかっていた。
……こんな店、わざわざ連れてこられて武具屋だって言われないと気付かないぞ。
しかも入り口とか、若干ほこりも被っていたし。
──だが、ガルドンのあとを追って店の扉をくぐってみると、俺が抱いていた印象は一変した。
狭く薄暗い店内には、いくつかの武器や防具がディスプレイされている。
剣や斧、ハルバードや盾、プレートアーマー一式などなど。
それらは武骨で、今風の装飾など何一つない。
だがガルドンがランタンに火を入れて店内を照らすと、俺の【目利き】スキルが強烈に訴えかけてきた。
──ここに並んでいる武器や防具は、まぎれもない「本物」だ。
リゼルには悪いが、リゼル武具店にあった最高級の品と比べても、比較にならない。
圧倒的な「本物」の力強さ。
だが【目利き】スキルを持っていないリオたちは、つまらなさそうに店内を見渡す。
「兄ちゃん、この店の武器とか防具、なんかどれも地味じゃねぇ?」
「むぅ……可愛くない……」
「……こういう浪漫も、わからないではないけど。……でもボクはもっと、見栄えのする格好良さのほうが好き」
それを聞いた俺は、あわわあわわとなった。
「おおおおお、お前たちは何を言っているんだ! すいませんすいません! こいつら礼儀がなってなくて」
俺は慌ててガルドンに頭を下げる。
一方のガルドンは、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん、その手の意見は聞き飽きたわ。──で、おぬしもワシの武具たちを、地味だの何だのとしか思わんか?」
ガルドンは俺に、そう聞いてくる。
俺は首を横に振った。
「いえ。素晴らしい力を持った武具たちだと思います。大金を積んででも、手に入れる価値がある」
「……ほう」
ガルドンはニヤリと口元をゆがめた。
とても嬉しそうだ。
「値段を教えてもらってもいいですか?」
「それぞれ木札が付いているじゃろう。そこに書いてあるわ」
言われたとおりにそれぞれの武具についた木札を確認していく。
剣──大金貨五十五枚。
槍──大金貨三十五枚。
プレートアーマー一式──大金貨八十枚。
それらを見た俺は、思わずつぶやいてしまう。
「安い……これだけの品質のものを、こんな値段で……?」
いや、もちろん一般人の年収レベルかそれ以上の値段なのだから、決して安くはないのだが。
品質を加味して考えると、喉から手が出るほど欲しいぐらいだ。
もっとも、俺の【目利き】も確実にヒットするわけじゃない。
だから高品質だと感じても、実はそうじゃなかったなんてことはありえなくはないんだが──でもこれは、まず間違いなく本物だと感じる。
一方で店主のガルドンは、またつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん、それでも碌に売れんがな。勇者なんぞと言って、どいつもこいつも見る目がない。それにそもそも客足自体がほとんどないからな。勇者という連中は、リゼルのようなヒヨッコがやっている大通りの派手な店にしか興味がないんじゃろう」
「いや、まあ、そりゃあ……」
【目利き】の有無以前に、店に人が来ないんじゃどうしようもないだろうなぁ。
運が良ければ口コミで広まるということもあるのかもしれないが、【目利き】自体に確実性がないうえに、実戦で試すにしても最低限同じモンスターと戦わないと分からないだろうとかもあるので、武器や防具の実質的性能というのは明確には測定しづらい問題などもある。
それに職人の腕による品質の良し悪しは、使っている材質などの差と比べると、どうしても地味だというのがある。
武具の性能を数値化できるとしたら、職人の腕による品質差は、ピンとキリでも二割ぐらいの差にしかならないだろう。
さらに人気店が粗悪なものを売っているはずがないという信仰もあるし、閑古鳥が鳴いている店は品質が悪いからだろうという思い込みもある。
そんなあれやこれやが相まって、武具は高品質なら売れるというものでもないのだろう。
実際、リオたちの反応もああだったし。
だがガルドンは、次にはこんな言葉を口にする。
「良い物を作れば売れる。それはこの世の真理だ。いや、そうでなければならん。──だというのにリゼルのヒヨッコめ、どうしてそんな当たり前のことが分からんのだ! あいつが悪いやつじゃないのは、ワシだってわかっておる。だがあいつの職人としての姿勢が気に食わん! なーにが手を組めじゃ! あいつのやり方に合わせたら、ワシの武具たちが腐ってしまうわ!」
そう言ってガルドンは、苛立たしげに地団駄を踏む。
うぅむ……。
べき論と現実論をごっちゃにしてしまっているのか分からないが、なんか言っていることが矛盾しているというか、微妙に噛み合っていない気がするぞガルドンさん。
が、それはともあれ……どうするかなぁ。
リオたち三人の顔を見れば、どうやらここの武具を買うのは不満そうだ。
俺はこっちのほうが性能はいいと思うし、身の安全のためだと言えば了解はしてくれる気がするが、正直こいつらのがっかりした顔を見るのは俺としてはしんどさがある。
それにこの店はそもそも魔法繊維を使った衣服系の防具の品揃えがほとんどなく、がっちょんがっちょんの金属製重装防具ばかりでリオたちには似合わない感じがする。
あと地味に値段も厳しいんだよな……。
この店で全員分の武器防具を揃えるには、今の手持ちでは微妙に心許ない。
品質と比べて安いとはいっても、予算が決まっている以上は絶対額も無視できない。
ヴァンパイアロード退治で大金貨二百枚を受け取ったときには相当な大金だと思ったが、高品質武具の値段もさるもの、侮ってはいけなかった。
そんなこんなで、いろいろな歯車が、微妙に噛み合わない。
うーん……。
まあでも、これも持ち帰り課題だろうな。
今夜一晩、宿で休みつつ考えよう。
「ガルドンさん、ちょっと考えたいので、後日また来てもいいですか?」
「ふん、構わん。おぬしはワシの武具の良さを分かる、見る目のある勇者だからな。いつでも歓迎するぞ」
そんなこんなで、ガルドンにはまた来る旨を伝えて、俺たちはガルドン武具店を出た。
そしてメインストリートに戻り、宿を探して歩き始めたのだが──




