第90話
『いらっしゃいませ!』
俺が入口の扉を開いてリゼル武具店の店内に入ると、フォーマルな制服を着込んだ店員たちが、一斉に頭を下げて出迎えてきた。
びっくりした……。
俺もこの店に入ったのは初めてなんだが、まさかこんな初手からVIP待遇を受けるような店とは思わなかった……。
ドレスコードとか大丈夫だろうかと、自分が着ているものを見直してしまう。
おかしい。
装備を買いにきたのになぜ、こんな装備で大丈夫かという気持ちになっているのか。
三人の教え子たちはというと、みんな不安そうな目で、すがるように俺のほうを見ている。
だよなー。
……よし。
ここは俺がしっかりしないと。
俺は気を取り直して、店内へと進んで行く。
リオ、イリス、メイファの三人も俺の服の裾をつかみつつ、びくびくしながらあとをついてくる。
店の外から見えるショーウィンドウと同様、店内にも彩り豊かな武器や防具がずらりと展示されていた。
どれも見目麗しい、ビジュアル的なデザインに優れたものだ。
が、俺はそれらの商品を見回して、ふとした違和感を覚える。
……なんだろう。
値段の割には、武具としての品質は大したことがないような……。
勇者のスキルの一つに【目利き】というものがある。
これは膨大な知識に基づく一般的な目利きとは違って、対象物そのものがもつ本質的な「力」のようなものを見抜くスキルだ。
俺もその【目利き】のスキルを修得していて、今ざっと店内の商品を探ってみたのだが、値段が高価なわりにどの武器も大した「力」を持っていないように感じたのだ。
いや、厳密には何品かそれなりの「本物」っぽい武具もあるにはあるんだが、それはこの店の商品の中でも特に高価だし、それにせよ値段に見合ったほどの品質でもないと感じる。
まあ【目利き】のスキルも、だいぶ漠然とした「勘」みたいなもので、外れるときは外れる。
それゆえに【目利き】を無意味な、苦労して修得する価値のないスキルだと評価している勇者のほうが多数派だったりはするし、俺の【目利き】による武具の性能ジャッジもあてになるかというと「多分」としか言えないのだが……。
と、俺が店内の商品に対してそんな印象を抱いていると、男性店員の一人が優雅な所作で俺たちのもとに歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はどのような品物をお探しでしょうか」
俺はそれに、三人の教え子たちを示して答える。
「この子たちの装備を買おうと思って来たのですが」
ちなみに三人はというと、怯えるようにぷるぷると震えながら俺にへばりついている。
完全に雰囲気に呑まれているようだ。
一方で男性店員は、俺の返答を受けて会釈をしつつ、こう続ける。
「かしこまりました。よろしければ店内のご案内をさせていただきたいのですが、どういったランクの商品をお探しでしょうか」
「えぇっと……ランク、ですか……?」
え、武器防具に一般的なランク付けとかあるの?
初めて聞いたんだけど。
しかし店員は涼しい顔で、当たり前のことのように応答してくる。
「はい。当店では、お客様のご予算の問題もあるかと存じますので、商品をランク分けしてお客様にご案内させていただいております」
「はあ……」
「もし差し支えないようでしたら、どのぐらいのご予算で商品をお探しなのかをお教えいただければ、こちらで適正なランクの商品をご案内いたしますが」
うーん……。
俺はこの段階で、この店で買うのはやめたほうがいいかもしれないなと思い始めていた。
この雰囲気にやられてつい買ってしまうお上りの勇者とかいそうだが、少なくとももう何店舗か回ってから、何をどこで買うかを決めたほうが良さそうだ。
が、まあ一応、情報として商品を見ておくのは悪くはないだろうな。
「えぇっと……悪いんですけど、まだこの店で買うかどうかは決めていないんですよ。ひとまず商品を見せてもらって検討をしたいのですが、それでもいいですか?」
「はい、もちろんでございます」
「ではお願いします。予算は大金貨百八十枚程度で、それで三人分の武器と防具を揃えようと思っています」
「かしこまりました、お客様。ではこちらへ。お嬢様たちもどうぞ」
店員にそう案内されて、リオ、イリス、メイファの三人はカチコチになって店員のあとをついていった。
俺もその後を、のんびりとついていく。
そうして案内されたのは、店舗二階の売り場だ。
二階の売り場には、大金貨二十枚から五十枚程度の値段のそこそこゴージャスな武器や防具が、ずらりと並んでいた。
ちなみにこの大金貨二十枚から五十枚程度というお値段、たいそう立派な金額である。
平均的な一般人──職人や自作農家の年収相場がおおむね大金貨三十枚から六十枚程度なので、一個か二個買うと彼らの年収が吹き飛ぶほどの額になる。
まあ高品質の武具っていうのは、元よりそういうものではあるのだが。
希少素材が使われていない普通のプレートアーマー一式ですらこのぐらいの値段はするし、決して驚くような値段でもない。
ただ問題は……やっぱり、品質が値段に見合ってないように見えるんだよなぁ。
ミスリルなどの魔法金属を使った武器や軽装鎧、あるいは希少な特殊強化繊維を使った上着やシャツやズボン、ローブなども並んでいて、とにかく品揃えが豊富だし、どれも美術品としても通用するぐらいに見栄えがいい。
しかしビジュアルデザイナーの技量はあっても、武具職人の腕が追いついていないのか、武具としての機能的な性能はどうしてもいまいち感を抱いてしまう。
ただ──
「ねぇ見てよ兄ちゃん、この剣すっげぇ綺麗! わぁあ……いいな、いいなぁ……!」
「せ、先生……このローブとか、どう思います……? 私はすごく綺麗だし、可愛いと思うんですけど……」
「……お兄さん、この槍のデザインは、なかなかのもの。……ここの翼みたいな感じとか、とてもカッコイイ」
──と、このように、【目利き】のスキルを修得していないリオ、イリス、メイファの三人は、キラキラとした羨望の眼差しで並んでいる商品を見つめていた。
うーん……困った。
女子にとっては見た目も重要なファクターなのかもしれないが、俺としては質実剛健が何よりだと思うんだよなぁ。
でも俺の【目利き】による見立ても、百パーセント絶対に間違えないというわけでもないし……。
まあいずれにせよ、持ち帰り課題だろうなこれは。
今ここで即決というのは避けたい。
そう考え、俺が店員さんにその旨を伝えようとした、そのときだった。
『お帰りなさいませ、リゼル様!』
一階のほうから、店員たちの一斉唱和のような声が聞こえてきた。
その後、階下から多数の足音が階段を上ってきて、やがてその一団が俺たちのいる二階まで到着する。
一団の先頭にいたのは、一人のエルフの少女だった。
いや、少女といっても見た目がそうなだけで、長命種のエルフのことだから俺よりもよほど年上である可能性が高いのだが。
エルフらしい細身ながらも優美な曲線美の体を持ち、背丈はリオやイリスと同じぐらい。
優雅に広がる金髪と、端麗な顔立ちに長く尖った耳、エメラルド色の瞳をたたえたパッチリとした吊り目が特徴的だ。
「あら、お客様ね?」
エルフの少女はそう言って、俺たちのほうへと向かって歩み寄ってくる。
ちなみに、少女自身の美貌も大したものだが、身に着けているものもまたすごい。
衣服から装飾品から、一見して高価と分かるものばかりで全身をコーディネートしている。
しかし趣味が悪いというわけではまったくなく、少女自身の容姿とそれら装身具とが見事に調和しており、さながら歩く芸術品といった様相だ。
俺たちに付き添っていた店員は、少女に向かって「はい、リゼル様」と応えると、次いで俺に向かってエルフの少女のことをこう紹介した。
「お客様。当店の支配人にして筆頭職人でもある、オーナーマイスターのリゼルでございます」
そう言ってから店員が一歩退くと、今度はエルフの少女が俺の前まで来て優雅に礼をし、それから俺に微笑みかけてきた。
「いらっしゃいませ、お客様。当店の商品は気に入っていただけたかしら?」
ちなみにそのエルフ少女──リゼルの背後では、サングラスをした数人の黒服勇者が、ボディガードでございという様子で睨みをきかせている。
何というかこう、絵に描いたようなVIPぶりだ。
「あーっと……そうですね、素晴らしい品揃えだと思います。それにどれもビジュアルデザインに優れていて、見事なものです」
俺が当たり障りのないようにそう答えると、エルフの少女リゼルは少しだけ複雑そうな表情を見せた。
敢えて言及を避けた部分に関して、鋭くニュアンスを嗅ぎ取ったのかもしれない。
だが向こうもプロだ。
それ以上は表情にも出さず、こう続ける。
「そう、光栄だわ。──ところでそちらの三人のお嬢様は、お客様のお連れ様かしら?」
リゼルが視線を向ける先は、リオ、イリス、メイファの三人だ。
三人はずっと店内の武具を物色していたのだが、呼ばれたと思ったのかこちらにも興味を持ち始める。
俺はリゼルに向かって答える。
「ええ。この子たちの装備を新調しようと思って、片田舎からこのラヴィルトンまでやってきました」
「ふぅん……。三人とも、とても可愛らしくて綺麗だわ。うちに来ているということは、アイドルグループなどではなく勇者なのよね? もったいないぐらいだわ」
そう言ってリゼルは、今度はリオ、イリス、メイファの三人の前まで歩み出た。
そして何を思ったのか、エルフの少女はじーっと、三人の全身を舐め回すように観察していく。
さらに指で四角の枠を作って、片目をつぶって三人をつぶさに見つめ始めた。
「な、なんだよお前……? あんまり見られると、恥ずかしいんだけど」
「先生、この人なんなんですか……? エルフってみんなこうなんですか?」
「……これ以上ボクたちを鑑賞したいなら、払うものを払って。……ボクたちのことをじろじろ見ていいのは、お兄さんだけ」
そう言って照れたり見物料金を要求したりするリオ、イリス、メイファの三人を見て、エルフの少女はようやく観察をやめると、楽しそうにクスクスと笑う。
そしてエルフのオーナー職人は、俺に向かってこう言った。
「お客様、今から少しお時間をいただけないかしら。私、この子たちを見てすごくインスピレーションが湧いたの。私にこの子たち専用の衣装をデザインさせてほしいわ」
「はあ……」
超有名店オーナーの突然の申し出に、俺は生返事で答えるしかなかった。
一方で当のリゼルはというと、俺のその返事を承諾の言葉と受け取ったのか、店員に「この四人のお客様を応接室までご案内してちょうだい。くれぐれも丁重にね」などと指示を出すと、せわしなく上階へと上がっていってしまった。
そして俺たちは、あれよあれよと店の奥にある応接室へと拉致られたのである。




