第89話
市門で入市チェックを受けてから、俺たちは都市ラヴィルトンの市内へと入った。
「うわぁ、すっげぇ……!」
「すごい、綺麗……」
「……おー」
リオ、イリス、メイファの三人は、街の中の様子に感動していた。
ここラヴィルトンも一般的な都市と同様、市門からはまっすぐにメインストリートが伸びていて、それとは別に右手と左手にも市壁に沿って道路が続いている。
またメインストリートは二台の馬車がゆうにすれ違えるほどの広さで、通りの左右には住居や店舗などがずらりと並んでいて、そのあたりも普通の大規模都市と同じ形だ。
ただ特徴的なのは、夜のラヴィルトンの街並みはぴかぴかと、色とりどりの魔法の灯りによって装飾されているところだ。
いろいろな建物が赤、青、緑といった様々な色合いの光をともしていて、ものによってはそれで看板の文字が形作られていたりもする。
この種類の灯りはネオンライトと呼ばれていて、魔法工学研究の成果としてここ最近に開発されたものだ。
またこのラヴィルトンの街は、通りを見てももうすっかり夜といっていい時間だというのに、いまだたくさんの人でごった返していて人通りが絶えそうな気配がない。
夜のない街ラヴィルトン──そう表現されても納得してしまうほどの活況が、俺たちの眼前に広がっていた。
のんびりとした風景が好きな俺なんかは、この景色は多少華美でうるさいかなとも感じるのだが、リオ、イリス、メイファの三人はしきりに感嘆の声を漏らしていた。
俺はちょうどいい位置にいたメイファの髪を手でなでつけつつ、三人に向かって言う。
「普通の街だったらもう店じまいの時間だろうけど、この街の武具店だったらまだしばらく開いているかもな。宿をとる前に何件か先に覗いておくか?」
「んっ……ボクは、苦しゅうない」
頭をなでられたメイファが、気持ちよさそうにしながら言ってくる。
一方でイリスとリオも、
「はい。先生のおっしゃるとおりに♪」
「オレたちこの街は初めてだし、兄ちゃんに任すよ」
と同意したので、俺は三人を連れてメインストリートを進んでいくことにした。
俺もこの街に来るのはこれで二度目だし、以前に来たときとは街並みもだいぶ変わっている。
俺たちは左右にたくさんの店舗が立ち並ぶ中を、どこかいい店はないかと物色しながら歩いていく。
“芸術の都”の異名とともにもう一つ、“職人都市”とも呼ばれるラヴィルトンだ。
衣類や靴や家具、調理器具や工芸品など、様々な種類の職工業を生業とする職人たちの、思い思いの商品を所狭しとウィンドウした店舗がずらりと並んでいる。
勇者用の武具店だって、一店舗ではない。
品質や個性を競い合うように幾多の職人の店があって、客としてはより取りみどりだ。
ちなみに俺の懐にある予算は、大金貨で百八十枚ほど。
これは一般市民の年収数年分に相当する大金だ。
その所持金を踏まえ、俺がどこの店舗に入ろうかと物色していると──
「……お兄さん。……ボクはお兄さんと、手をつなぎたい」
メイファが唐突に、そんなことを言ってきた。
「ん……? ああ、まあいいけど」
「……そう。……ありがとう、お兄さん」
メイファの口元が、ニヤリと吊り上がった気がした。
メイファは俺の右手側につくと、俺の右手に自分の左手を合わせて、その小さな手指を絡めてきた。
その所作に妙に艶めかしさを感じて、俺は少しドキッとしてしまう。
「お、おい、メイファ」
「……ボクは宣言した通り、手をつないだだけ」
メイファはそう言って、にこっと俺に笑いかけてくる。
そして再びもぞもぞと手を動かし、俺の手と指同士を絡め合わせてから、俺の手をきゅっと握ってきた。
それからメイファはほのかに頬を染め、俺から視線を外す。
……な、なんなんだこの、妙なこそばゆさは。
すごく恋人チックな空気を感じるのだが、俺の気のせいだろうか。
一方、その様子を見ていたイリス。
ぷっくーと頬をふくらませてから、俺に向かって言う。
「先生!」
「お、おう、なんだイリス」
「私、先生と腕を組みたいですっ!」
「そうか。分かった」
俺の承諾を得たイリスは、メイファとは逆──俺の左手側につき、俺の左腕を自分の腕でぎゅっと抱きしめ、そのまま俺に寄り添ってきた。
子供と侮れない立派なたわわの柔らかな感触が俺の腕にぎゅっと押し付けられ、さらには体重を預けてくるイリスの体温が伝わってくる。
……いや、待て待て
なんかこれも、恋人っぽくないか?
何だかよく分からぬ間に、妙なことになってきた。
そして最後に残ったのはリオだ。
「兄ちゃん」
「な、なんだ、リオ?」
「もう兄ちゃんの腕が空いてないから、オレはおんぶでいいよ?」
「……分かった」
自分でも何が分かったのか分からないが。
俺の許可を受けたリオは、ぴょんと俺の背中に飛びついてくると、背後から抱きつくようにしがみついてきた。
少女の柔らかな両腕が俺の首回りに巻かれ、さらに健康的な両脚が俺の胴回りをぎゅっと絡めとってくる。
そして、リオもイリスほどではないが胸は十分にあり、それが俺の背中にぎゅっと押し付けられた。
ていうか、どういうことなの……。
三人とも休日のパパに甘える子供のような気分なのか分からないが、それにしては妙にいけない気持ちにさせられるというか。
俺が意識しすぎなんだろうか。
いや、それを抜きにしてもだ。
三人とももう俺から見ればすでに立派なお体を持った蠱惑的な美少女なので、ちょっと自重してほしい。
教師とか親代わりとかいう立場を忘れて、一人の男としてどうしてもいけない気持ちになってしまう。
……まあ、でもなぁ。
こいつらも実の父親とかにはそんなに甘える機会がなかったんだろうから、今になって甘えたい盛りがきているのかもしれない。
そう考えると、やりたいようにさせてやってもいいかなと思えてくる。
つらい幼少期を送ってきた三人だから、ちょっとぐらい甘えさせてやっても罰は当たるまいと。
「……ま、いいか」
俺はひとつ呟きつつ、三人を連れて──というか三人と合体した状態で、街を歩き始めた。
俺が変なことをしたりしなければ何の問題もない話だし、先日のヴァンパイアロード退治のときにイリスやほかの二人と一緒のベッドで寝たときと比べれば、我慢のための難易度はよっぽど低い。
いけるいける、問題ない。
とはいえ事情を知らない人たちから見れば、一人の男にへばりつく超絶美少女三人という、とんでもない構図だ。
道行く人たちがチラチラと、俺たちのほうを訝しげに見ては通り過ぎて行く。
……まあ旅の恥はかき捨てと言うし、あきらめよう。
そんな風に考えながら、俺は都市ラヴィルトンの中央通りを進んでいった。
するとやがて──
「ねぇ先生、あのお店の品揃え、すごくないですか?」
イリスがそう言って、通りの右手側の大きな店舗を指さした。
そこは大規模の勇者用武具店で、透明ガラス張りの店頭ショーウィンドウには多数の武器や防具が飾られていた。
それらの武器や防具はどれもデザイン性に優れたもので、見栄えにも美しい芸術的な品だ。
「ああ、あそこはリゼル武具店か。ここラヴィルトンでも有名な、エルフの武具職人の店だな」
「ほえ……? エルフの職人さん、ですか……?」
イリスが俺のほうを見て、驚いたように聞き返してくる。
まあ驚きたくなる気持ちは分かる。
“森の妖精”とも呼ばれるエルフ族は、人間と似ているが総じて痩身で容姿端麗、さらに尖った耳が特徴の長命の亜人種だ。
俺たち人間と比べると圧倒的に人口が少なく、さらに人間の街で暮らす者となるとかなりのレアキャラである。
「イリスはエルフって、見たことはないか?」
俺がそう聞くと、イリスはこくこくと小動物のようにうなずいてくる。
はい可愛い。
まあかく言う俺も、魔王ハンターのエルフにしか会ったことはないんだけどな。
人間同様、エルフの中にも勇者はいて、そのうちの何人かを見たことがあるだけだ。
「せっかくだし、リゼル武具店は覗いておくか。三人ともさすがに店の中では迷惑だから、俺から離れるように」
「「「はぁーい」」」
俺の指示に従って、名残惜しそうに離れていくリオ、イリス、メイファの三人。
「ちぇっ、さすが兄ちゃん、手ごわいな。このぐらいじゃびくともしないか」
「……そうでもない。……ボクの勘では、効果はあった。効いてる効いてる」
リオとメイファが何だかよく分からない話をしていたが。
ともあれ俺は、三人の教え子を引き連れてリゼル武具店へと入っていった。




