第82話
──ドカバキボコスカ!
はい、戦闘終了。
こっちの面子に対して、たいした敵でもない。
入口ホールにいたヴァンパイアとヴァンパイアスポーンの群れは、何の問題もなく打倒した。
こちらは三人の教え子たちを含め、全員がまったくのノーダメージ。
対して十体ほどのヴァンパイアスポーンは今やいずれもホールの床に倒れ、動かなくなっていた。
そして、その連中のボスらしきヴァンパイアも──
「おのれ、おのれおのれおのれぇええええ! なぜだ!? 人間の勇者ごときが、なぜこれほどの──ギャアアアアアッ!」
「まったく、騒がしいわ。ちぃと静かにしとれ」
ダメージで倒れて動けなくなっているところに、“魔帝”マヌエルが【聖光】の魔法を放つ。
ヴァンパイアは悲鳴を上げ、白い煙をあげてぴくぴくしていたが、やがて動かなくなった。
でもあれも一時的なものなんだよなぁ……。
ヴァンパイアはメイファの【不死鳥の矢】を受けても再び立ち上がって襲い掛かってきたが、そこはターゲットになったメイファのカバーに出た俺が【疾風剣】を叩き込んで撃退した。
だがヴァンパイアというモンスターは、普通にダメージを与えただけで倒せるものではない。
戦闘不能に追い込むことはできても、滅ぼすことはできない。
どれだけ切り刻んでも、あるいは魔法で焼こうとも、少したつと霧に姿を変えて逃げてしまうのだ。
そして逃げ出した霧は、彼専用の棺桶までたどり着くとその中で肉体を取り戻し、負の生命力を回復してしばらく後には復活してしまう。
ヴァンパイアが不死身と言われるゆえんだ。
だがその不死身にも、いくつか弱点はある。
たとえば光属性のダメージを受けると少しの間変身能力が使えなくなるので、光属性ダメージを連続して与え続けていれば、霧になって逃げられるのを防ぐことができる。
あとは木の杭で心臓を穿つ、日光のもとにさらす、棺桶の中の不浄なる土を浄化して復活できなくする、などのいくつかの方法でヴァンパイアに滅びを与えることはできるのだが──その前に。
「イリス」
「は、はい!」
俺は三姉妹の次女を呼ぶ。
小さな聖女ともいうべき容姿をたたえた少女は、倒れて動かなくなったヴァンパイアの前に、ごくりと息をのんで立った。
そして胸の前で手を組み、精神集中すると──
「──【究極治癒】!」
イリスは最上級の治癒魔法を、倒れたヴァンパイアに向けて放った。
今回の事件の元凶がヴァンパイアロードであるなら、このヴァンパイアもまた犠牲者──すなわち元々は勇者であった可能性が高い。
ならば治るかどうかわからないにせよ、試してみる価値はある。
ちなみに“魔帝”の異名を持つマヌエル爺さんも、どちらかというと攻撃寄りの魔法が得意分野のようで、【究極治癒】は使えないらしい。
一人で何でもできる勇者なんてのは、この世には存在しないということだ。
そしてイリスの【究極治癒】を受けたヴァンパイアは──
やがて青白かった肌の色が人間らしい健康な肌色に戻った。
長く鋭かった牙も縮んでいき、普通の人間の歯へと変わる。
まだ気絶したままだが、その胸は健やかに上下している。
人間の勇者に戻った彼は、いずれは目も覚ますだろう。
治療は成功だ。
イリスがホッと胸をなでおろす。
「よくやったな、イリス」
「は、はい、先生! ……えへへ」
俺が頭をなでると、イリスは嬉しそうに、そして照れくさそうにはにかんだ。
とても可愛い。
イリスさんマジ聖女。
「さて、あとはヴァンパイアスポーンたちだが、人数が問題だな──っとと!」
俺は突然飛んできた瓶を、慌ててキャッチする。
それは四本の魔力回復のポーションで、投げて寄こしたのは“魔帝”マヌエルだった。
「それを使って全員治してやんなさい。……にしても嬢ちゃん、その歳で【究極治癒】を使えるとは、たいした娘っ子じゃ」
「は、はい。ありがとうございます、マヌエルさん」
「ほっほっ。しかもほかの二人と違って、年上への礼儀っちゅうもんを弁えておる。──のう、リオ嬢ちゃん、メイファ嬢ちゃん」
そう振られたリオはというと、視線をそらせて知らぬふりでひゅーひゅひゅーっと口笛を吹き、一方のメイファはふっと鼻で笑っていた。
ですよね……あの二人、ちょっと礼儀知らず過ぎますよね……。
すみません、すみません。
あいつらそのへんは、言っても聞かないんです……。
まあさておき。
イリスは倒れたヴァンパイアスポーンたちに一体ずつ、【究極治癒】を使って回った。
魔力が切れてきたらマヌエルから受け取った魔力回復のポーションをぐいっと飲み干し、さらに治療して回る。
うーん……魔力回復のポーション、べらぼうに高価だけど、やっぱりいざというときのために便利だな。
俺も今度、何本か買ってキープしておこう。
さて、そうやってイリスは、退治したすべてのヴァンパイアスポーンの治療を完了した。
手遅れの者は一人もおらず、全員の治療に成功。
イリスはさすがに疲れてハァハァいっていたが、俺が軽く抱き寄せて背中をポンポン叩いて「お疲れ様」と伝えると、「ふへへっ」と変な声をもらして俺に身を寄せてきた。
まあ、元気そうで何よりである。
が、それを見ていたマヌエル爺さんが、ジト目で俺たちのほうを眺めつつ、隣にいるリオへとボヤく。
「……のぅ、リオ嬢ちゃんや。あれはおぬしらの普段の姿なのかの?」
「うん、普通だよ。──ね、兄ちゃん?」
リオが俺に話を投げてきた。
俺は首を傾げる。
「え、普通って、何がだ?」
「ほらね」
「ん、よぅ分かった」
と、リオとマヌエル爺さんの間で何だかよく分からない会話が繰り広げられていた。
一方そんな折、かたわらで我関せずを決め込んでいた“武神”オズワルドが、話がひと段落したタイミングを見計らって俺のほうへと歩み寄ってきた。
「ブレットといったな。剣は誰から教わった?」
唐突にそんなことを聞いてきた。
俺はイリスを放してから返事をする。
「俺が剣を誰から教わったか、ですか? 基本的に我流ですけど、強いて言うならレオノーラ先生から最初教わって、あとはセシリアさんからも多少教わったことありますけど」
「そうか。いや、お前が戦う姿を見ていたのだが、スジが良いわりに妙な癖がついていると思ってな。少し見ても構わんか?」
「はあ……」
え、それって──
“武神”オズワルドに、俺の剣術を見てもらえるってこと?
リオの剣を見るとかじゃなくて、俺の……?
そんなわけで、俺は予想外の展開に驚き戸惑いながらも、“武神”オズワルドに剣術を見てもらうことになった。
といってもそんなにガチでという話じゃなくて、軽く見てもらっていくつかアドバイスを受けた程度だ。
でも、たったそれだけのことが、とんでもない奇跡を起こした。
教育って、嵌まると恐ろしい……。
そのことを我が身で思い知ることとなったのである。




