第78話
“魔帝”マヌエル、“武神”オズワルドという心強い仲間を得た俺たちは、準備を終えるとさっそく村を出た。
老若男女、合計六人の勇者が森の中の道なき道を進んでいく。
「ヴァンパイアロードの棲み処じゃがな。村まで飛んでくるときにひとつ、村の先にそれっぽく妖しい古城を見たぞ。ヴァンパイアは見栄っ張りじゃからの。おそらくはそこが根城じゃろう」
これは村を出る前に、“魔帝”マヌエルが言っていた言葉だ。
二人の応援が予想外に早く到着したのは、リンドバーグの街からマヌエルの【高速飛行】の魔法で村までひとっ飛びに飛んできたからだという。
マヌエルは「セドリックの小童に侮られたわ」などとボヤいていたが、俺もまさかそんなショートカットをしてくるとは思っていなかったので、到着予想時刻を外したセドリックのことは責められない。
ちなみに、だったら古城までその魔法で飛んでいけないのかというと、一人ぐらいならどうにか運べるが六人まとめてはとても無理というのが、その手の飛行魔法に共通する性能だ。
そして、【高速飛行】の一段下の【飛行】という魔法ですら風属性の上級魔法であり、俺たち一行の中では“魔帝”の二つ名を持つマヌエル以外に使える者はいない。
そんなわけで、方角は分かっているその古城へと、俺たちは徒歩で向かっていた。
「けどマヌエルの爺ちゃん、『あやしい古城』って言ってたけど、どうしてあやしいと思ったの?」
リオが太い木の根っこをぴょんと飛び越えつつ、マヌエルにぶしつけな質問をする。
ちなみにリオ、先の立ち合いのことはケロッとなかったことにして、さっさとマヌエルと仲良くなっていた。
このあたりの切り替えが早いのはリオの長所だ。
そして一方のマヌエルは、己の白いひげを扱きながら答える。
「いやぁ、ありゃあからさまに妖しいとしか言えんぞ、リオ嬢ちゃんや。まあもうしばらくすれば分かるじゃろ」
「そうなの?」
「ああ。あれは確かに、妖しかったな」
マヌエルの言葉に、“武神”オズワルドもまた言葉少なに同意する。
どうやらよほどあやしいらしい。
そうして歩くことしばらく。
やがて彼らの言っていたことが分かる場所まで来た。
それを見たイリス、メイファ、俺の三人は──
「うっ……これは妖しいです」
「……確かに、これは妖しいとしか、言いようがない」
「ああ、妖しいな……」
そう言って、二人の応援魔王ハンターの意見に見事に同意していた。
森を進んでいった先に何があったかというと、とても妖しい森があった。
具体的にどう妖しいかと言うと、ある一線を越えた先から突然木々が萎れていたり、腐っていたり、どす黒く変色していたり、奇妙にねじくれていたりするのだ。
あと腐り折れた木の枝なんぞからはねっとりとした菌糸のようなものが垂れていたりもするし、木の枝や幹に巻き付く蔓にはいばらのような不気味なトゲがたくさん生えていたりもした。
率直に言って、やたらとおぞましい。
尋常な森の木々の姿ではない。
またもう一点。
その一線から先には、露骨に濃い霧も発生していた。
視界を塞ぐようなものではなく、足元を這うような低い位置の霧なのだが、その霧がときどき蠢くような妙な動きを見せるので、どうにも不気味なことこの上ない。
これもまた、自然発生的な現象とは思えなかった。
「な、言ったとおりじゃろ、リオ嬢ちゃん?」
「うん。マヌエル爺ちゃんの言ってること、よーく分かった。これはあからさまに妖しい」
「だがコケ脅しだ。怖気づくな。進むぞ」
「別に怖気づいてなんかねぇし」
“武神”オズワルドが先行して進むと、リオとマヌエルがそのあとに続く。
俺もイリスとメイファを連れて、露骨に妖しい奇妙な森へと足を踏み入れた。
「あの、先生……。手、握ってもいいですか……」
怖がりのイリスはびくびくと周囲を見回しながら、そっと俺に寄り添ってくる。
「ああ。こんな感じでいいか」
「は、はい……えへへ」
俺が右手でイリスの左手を優しく握ってやると、イリスは俺の腕に自分の腕を絡め、抱きつくようにして身を寄せてきた。
……あらためて考えると、どこか新婚カップルのような絵面という気がしないでもない。
社会的にいいんだろうかこれは。
マヌエルやオズワルドの目があると思うと、今さらながらにそんなことが気になってしまう。
「……お兄さん、ボクも怖いから、手を握ってほしい」
一方で左側からは、メイファがそう言って俺の顔を覗き込んできた。
んん……?
「メイファはこういうの、大丈夫なほうじゃなかったか? イリスが怖がりなのは知ってるけど」
「……そんなことはない。……お兄さんが手を握ってくれないと、ボクは恐ろしくてチビってしまうかもしれない。……そうしたら困るのは、ボクの面倒を見ないといけないお兄さん」
「なんだその理屈は。まあ手を握るぐらいは別にいいが、戦闘になったらちゃんと離せよ。イリスもな」
「「はーい」」
イリス、メイファから素直な返事が返ってくる。
そしてイリスだけではなく、メイファも俺の腕に抱きつくようになって、俺の両腕はすっかり埋まってしまった。
まあまだまだ本番は先だろうし、無駄に深刻になっても意味はないから構わないとは思うが、それにしても緊張感ないな……。
一方、前方でその様子を見ていたリオが、少しだけ口を尖らせる。
「ちぇっ、うまいことやったなぁあいつら」
そのリオに、隣を歩いていたマヌエルが半ば呆れたような様子で聞いた。
「……のぅ、リオ嬢ちゃん。お主らとあのブレットという小童、どういう関係なんじゃ? 小童は教え子と教師の関係と言うとったが、そりゃあちと無理がないかの?」
「うん? 別に普通だよ。オレたち普段から兄ちゃんと一緒に暮らしてるし。兄ちゃんとは家族みたいなもんだから」
「家族のぅ……。オズワルドの、どう思う?」
「俺に聞かれても困る。だが少なくとも娘たちが嫌がっている様子は見えない。問題はないだろう」
「お主も相変わらずサバサバしとんのぅ……」
マヌエルは腑に落ちないという様子、一方のオズワルドは我関せずという態度であった。
にしてもやはり、あまり普通の教師と教え子の関係には見えないらしい。
だが今さら気にしても仕方ないので、俺はとりあえず素知らぬ顔で通すことにした。
そんなやり取りをしつつ、俺たちの一行は奇妙な森の中を進んでいった。
するとやがて、どこからか動物の唸り声のようなものが聞こえてきた。
ひとつではなく、複数だ。
そして──
──アォオオオオオオオオオオンッ!!
狼の遠吠えがいくつも響き渡る。
テリトリーへの侵入者を知らせる、合図であるかのように。
それを耳にしたマヌエルが、ほっほっと笑う。
「ま、そりゃあ番犬ぐらいは置いとるじゃろうな。──ほれ、出てきたぞ」
奇妙な森の木々の向こうから、一体、また一体と、赤く光る目を持った狼が次々と現れた。




