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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第2部/第4章

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第77話

 口から魂が抜け出た俺は、お空の彼方からどうにか帰ってきてから、慌てて着替えて応援の魔王ハンターたちのもとへと向かった。


 二人の応援魔王ハンターは、宿の一階の食堂で軽食をとっている最中だった。


 六人掛けの丸テーブルに座っているのは、一人は六十歳を超えているであろう老年男性、もう一人は筋骨隆々たる上半身を惜しげもなくさらした入れ墨入りの壮年男性だ。


 老人は慌てて二階から駆け下りてきた俺を見て、白いひげを扱きながら言う。


「おう小童、朝っぱらから見せつけてくれるのぅ。ワシみたいなジジイを遠方から呼びつけておいて、なかなかやるではないか」


 開口一番、言われたのはやはりそんなことだった。

 俺は慌てて弁明を試みる。


「ち、違うんですよあれは。きっと何か誤解をされてます」


「何が誤解なもんかい。ベッドの上であんな綺麗な娘っ子を三人も侍らせておいて。あー、羨ましいったらないわ」


「いや、ですから……」


 俺は一所懸命に言い訳を考えるが、何も思い浮かばなかった。


 教え子たちが不安がっていたから添い寝した、などと事実を言ったところで客観的に通用するとも思えない。


 ちなみに筋骨隆々男のほうは、俺を軽く一瞥しただけで、特に興味もなさそうにテーブルの上の肉を口に運び始める。


 と、そこに──


「なぁ兄ちゃん、その人たち誰?」


「ひょっとして、応援の魔王ハンターという方々ですか?」


「……それは、今日の昼前頃に来るっていう話だった。……さてはあの情報、お兄さんを陥れるためのフェイクだった」


 二階から俺のあとを追って、三人の教え子たちが階段を下りてきた。

 みんなパジャマから着替えて、活動用の衣服だ


 それを見た老人が、喜色満面といった顔になる。


「おお、ほんに可愛らしい嬢ちゃんたちじゃのぅ。──ほれ、そこに席が余っておる。みんな座りなさい」


 老人のその言葉に、リオ、イリス、メイファの三人は俺の様子を窺ってきた。


 俺はがっくりと肩を落としつつ、三人に向かって「座ってくれ」という意志を込めてうなずく。


 誤解を解くのを優先すると話がものすごくややこしいことになりそうなので、とりあえずその話はあとにしよう。


 俺がうなずいたのを見て、三人の教え子たちは思い思いに席に着いた。

 俺も空いた席に腰掛ける。


「ほっほっ、お主によう懐いておるようじゃの小童」


「……ええ、まあ。俺の教え子なんですよ、三人とも」


「んん? 勇者学院の教師とは聞いとったが、教え子を抱いとったのかお主。そりゃあまた──」


「ち、違います! その話はまたあとで説明しますので……。今は先に、お互いの自己紹介をさせていただいてもいいですかね」


「おお、そうじゃったな。あまりに衝撃的だったものじゃから、お互い初対面であることを忘れとったわ。ほっほっ」


 老人は朗々と笑う。

 どうも細かいことをあまり気にしなさそうな爺さんだな……。


 ──というわけで、俺はまず自分の自己紹介をしてから、ついでリオ、イリス、メイファを順に紹介していった。


 しかる後に、二人の応援魔王ハンターの自己紹介となる。

 まずは老人のほうが口を開いた。


「ワシは主にこの国の南方で活動しておる魔王ハンターのマヌエルじゃ。見ての通りのジジイじゃが、まだまだそんじょそこらの若いもんに後れは取らんぞ。巷じゃあ“魔帝”マヌエルなんぞと大層な二つ名で呼ばれることもあるの」


「……“魔帝”マヌエル? ……それ、どこかで聞いたような」


 メイファが首を傾げる。

 俺はそんなメイファの疑問に答えてやる。


「勇者ギルドでメイファたちの勇者カードを受け取ったとき、リオが聞いてきただろ。世界最強は誰だって。そのときに俺が口に出したんだよ。──現存している勇者の中で、世界最強クラスの一人と呼ばれるのがこのマヌエルさんだ」


「「「あぁあああああーっ!」」」


 三人の驚きの声が合唱した。


 それを見た老人はご満悦の様子だ。


「ほっほっ。なかなか理想的なリアクションがもらえたのぅ。やたらと大層な二つ名も、そう驚いてもらえるならジジイとしては嬉しいわい」


「えっ……じゃ、じゃあ、もう一人のほうは……?」


 リオがおそるおそる、もう一人──筋骨隆々男のほうを見る。

 筋骨隆々男は、言葉少なに答えた。


「俺はオズワルド。世間では“武神”オズワルドなどとも呼ばれている」


「「「えぇええええええーっ!!?」」」


 うちの子らがいつになく見事なリアクションを見せている。

 こいつら普段驚かれる側だから、なかなか貴重なシーンだな。


 イリスがぽかーんとした様子で聞いてくる。


「そ、それじゃあ先生……この世界で最強クラスと呼ばれている勇者の方が二人も、私たちの目の前にいるっていうことですか……?」


「おう、そういうことになる。俺も最初セドリックさんから聞いたときには驚いたよ」


「ヴァンパイアロードが出たと聞いちゃあ、今日は腰が痛いから行きたくないとは言えんからのぅ。そうじゃ嬢ちゃんたち、あとでちぃとワシの腰を揉んでくれんかの」


 そう言って老人──“魔帝”マヌエルは、自分の腰をトントンと叩いてみせる。


 だがそれを見たリオが、ふとジト目になった。


「……ねぇ兄ちゃん、そっちのムキムキのおっさんはともかく、この爺ちゃん本当に強いの? なんか心配になってきたんだけど……」


 リオが世界最強クラスの勇者を前に、とんでもないことを言いだした。

 俺は慌てて(たしな)めにかかる。


「お、おい、リオ! あんまり失礼なことを言うな!」


「だぁってさぁ。これから世界がヤバいぐらいの大ボスと戦いに行くんだろ? 名前ばっかりすごくて実は弱かったですじゃヤバいじゃん」


 それはそうなんだが……。

 伝説級の勇者を前にこの物怖じのしなさは、子供の特権と言うべきなのかどうなのか。


 そういえば俺も、数年前に魔王ハンターになったばかりの頃はこんな感じだった気もするなぁ……。


 一方それを聞いた老人──自称“魔帝”マヌエルは、愉快そうに自分のひげを扱く。


「ほっほっ、勇ましいのぅお嬢ちゃん。なんなら一つ、お嬢ちゃんとワシとで『立ち合い』でもしてみるかの?」


「立ち合いって……武器抜いて勝負すんの? ここで?」


「いやいや、そこまでせんでもお主なら分かるじゃろ。文字通り、お互いに立って向き合うだけじゃよ」


 そう言って老人は席から立ち上がり、食堂のカウンター前、広く空いたスペースのほうへと歩いていく。


「……? どういうこと?」


 リオは不思議そうに首を傾げながらも、それに追随する。


 そうして老人とリオ、二人が十歩ほどの距離を置いて、向かい合って立った。

 老人は口を開く。


「じゃあ娘っ子、ワシに向かって全力で闘気をぶつけてきてみぃ」


「闘気を……? ああ、そういうことか。闘気をぶつけ合えば、だいたいの実力が分かるってことな」


 リオは納得したようで、老人に向かってまっすぐに構えた。


 肩幅に足を開き、腕は自然に下ろして、拳は軽く握る。

 そしてひとつ深呼吸をしてから──


「──はぁっ!」


 精悍な掛け声とともに、リオの闘気が解放された。


 力の波動はびりびりと空気を震わせる。

 何事かと見ていた宿の主人がびくりと震え、コップを取り落としそうになった。


 闘気とは、勇者の超人的な能力の源となるパワーである。


 勇者なら誰でも多かれ少なかれ持っているものだが、当然ながら能力の高い勇者ほど闘気の内包量は多い。


 リオの闘気を浴びた老人は、「ほぅ」とつぶやいて興味深げな表情を浮かべた。


「これは見込んだ通り、たいした娘っ子じゃ。そっちの二人の娘も、お主と同等ぐらいの力を持っておるのじゃろ?」


「ああ。ちなみに兄ちゃんはもっと強いけどな」


「ほっほっ、分かっとる分かっとる。あの小童は、一目見ただけでワシとオズワルドの力を見抜いたようじゃからの。──さて娘っ子、今度はワシの番じゃ。しっかり踏ん張って耐えるんじゃぞ」


 そう言って老人は、こちらもひとつ深呼吸。

 そして、曲がった腰の後ろで両手を組んだ姿勢のまま──


「──ほっ!」


 小さな掛け声とともに、莫大な闘気が解放された。


 ──ゴォオオオッ!


 その力は、リオの闘気のそれを数倍にもした圧で、周囲を嬲る。


「う、あっ……!」


「……うぐっ……つ、強い……押される……!」


 傍観者であるイリスとメイファが、ただ近くにいるというだけで気圧されていた。


 俺も同様に、気を抜くと震えあがりそうなほどの力の圧を感じていた。


 食堂に立った腰の曲がった小さな老人が、荒野に君臨する巨大な竜や巨人よりも遥かに強大な存在であると思えるほどの闘気圧。


 一人“武神”オズワルドだけは涼しい顔をしていたが……。


 傍観していた俺たちでさえ、そんな様子だ。

 その闘気をまともにぶつけられたリオはというと──


「──うぁあああああっ!」


 びくっと跳ねあがり、ついで腰砕けになってがくりと膝をつく。


 それを見た老人──“魔帝”マヌエルが闘気の解放を抑えると、リオは震えながら床にうずくまった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! な、なんだよ、これ……こんなの……こんなに……」


「ほっほっ。これがお主とワシの年季の違いというやつじゃ。才能があるからと自惚れるでないぞ。伸び盛りが天狗になってはもったいないからの」


 そう言って“魔帝”マヌエルはリオの前まで歩み寄って、しわがれた細腕で少女の首根っこを軽々とつかんで持ち上げる。


 猫のように持ち上げられたリオは、そのまま無造作に持ってこられてひょいと椅子に座らされた。


 そしてマヌエル自身も椅子に腰かけ直す。


「いやしかし、寄る年波には勝てんでのぅ。昔はこんなもんじゃなかったんじゃが。──というわけで嬢ちゃん、あとでワシの腰、揉んでくれんかのぅ」


「あ、はい……ははは……」


 リオは魂を抜かれたような目で、半笑いになっていたのだった。


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