第67話
目的の住居の近くまで来た。
昨日は夜中だったが、今は朝食時を少し過ぎたぐらいの時刻だ。
空模様はいまいちすっきりとしないにせよ、それなりに明るい。
件の住居は、扉も窓も閉め切られている。
もちろん昨晩もそうだったのだが、それでも夜間に家の明かりがついていれば、その明かりは扉のすき間などから漏れて見えていたはずだ。
ちなみに昨晩とは違って、今は周囲に村人の姿がちらほらと見える。
俺たち四人の姿は目立つようで──教え子たちが美少女揃いということもあるし、全員が武器を装備しているためでもあるだろう──村人たちはチラチラとこちらの姿をうかがっていた。
俺たちはそんな中、目的の住居の扉の前まで歩みを進める。
そして俺は、リオ、イリス、メイファの三人に目で合図を送ると、最後の一歩を踏み出して扉をノックした。
「あのぉ、すみません。勇者ギルドから派遣されてきた魔王ハンターの者ですが、どなたかいらっしゃいますか? 少しお話をうかがいたいのですが」
俺はそう、住居の中に聞こえるように声をかける。
しばらくの間、反応がなかった。
だがそれから少しして、扉の向こうからけだるげな声が返ってきた。
「……悪いけど帰ってくれ。俺は今、眠っていたところなんだ」
男性の声。
だがその声は、どこか地の底から響くような不気味なものに思えた。
俺は三人の教え子たちの顔を見る。
リオ、イリス、メイファの三人とも緊迫した表情になっていた。
俺は三人に向かってうなずいてから、再び扉の向こうへと声をかける。
「眠っていた、と言いますが、昨晩の夕食時にもこの家には明かりが灯っていませんでしたよね。そのときも寝ていたんですか?」
俺がそう問うと、再び少しの間。
それからまた、ぶっきらぼうな返事がかえってくる。
「……ああ、そうだ。分かったらさっさと帰ってくれ」
「村長さんから『三人家族』と聞きましたが、家族全員、ずっと寝ていたんですか?」
今度は試しにフェイクを混ぜてみる。
実際には『三人家族』ではなく『四人家族』と聞いている。
まったくの赤の他人が成りすましているなら、ボロが出るかもしれない。
「……そうだ。あとうちは『四人家族』だ。本当に村長に話を聞いたのか? あやしいやつめ」
仕掛けたフェイクにはかからなかった。
どういうことだ……?
本当に、昨晩の夕食時からずっと寝ていただけなのか?
「あの、申し訳ないんですけど、扉を開けて中に入らせてもらってもいいですかね。失踪事件の話、聞いていますよね。それの調査なんですよ。協力してください」
俺がそう言うと──
今度はしばらく待っても、反応が返ってこなかった。
場がしんと静まりかえる。
やはり明らかにあやしい。
この家に住む家族の構成などは、どうとでも知る方法はあるだろうし、やはり──
これはもう、強行突破でいいだろう。
俺は再び教え子たちにアイコンタクトをとる。
それから住居の扉の取っ手に手をかけた。
扉を押し開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。
やむを得ない。
俺は扉から一度手を離し──
「──はあっ!」
その扉を足で思いきり蹴りつけた。
大きな音とともに木製の扉が蝶番ごと吹き飛んで、入り口から切り離された扉が家の中にバタンと倒れ込む。
さて、これで普通の村人が住んでいたら、大変申し訳ないのだが──
幸いにと言うべきか、不幸にもと言うべきか。
そこにあったのは、尋常な光景ではなかった。
薄暗い家屋の中。
扉を開けてすぐの場所に、木造の棺──棺桶が一つ、置かれていた。
その棺桶は蓋が開いており、中にはじっとりとした「土」が詰められている。
俺はその「土」に、どこか不吉な気配のようなものを感じ取った。
勇者の勘というやつだ。
しかし魔王の発する瘴気とも、微妙に気配が違うように思う。
どちらかというと、アンデッドモンスターの気配と同質──
と、俺はそこでピンときた。
疑問に思っていた部分の多くが一本の糸で繋がり、すっきりと筋が通る。
俺は腰の鞘から剣を引き抜き、教え子たちに声だけで指示を出す。
「リオ、イリス、メイファ! 周囲の村人たちを、なるべく遠くまで避難させてくれ! ここにいるのは──吸血鬼だ!」
そして俺自身は、注意深く家屋の中へと踏み込んでいく。
──ヴァンパイア。
アンデッドモンスターの一種だが、その中でもトップクラスの力を持ち、なおかついくつもの特殊な性質を持った厄介な怪物だ。
吸血鬼の名の通り人間を襲ってその生き血を吸うのだが、ヴァンパイアは自らが血を吸い尽くした人間を、吸血鬼の落とし子というアンデッドモンスターとして蘇らせる能力を持っている。
ヴァンパイアスポーンは生前の記憶は持っているのだが、邪悪な性質を宿し、暴力と殺戮と吸血の衝動を抱くようになる。
そして同時に、己を生み出したヴァンパイアの命令には忠実な下僕と化すのだ。
一方、さらに大きな問題となるのが、ヴァンパイアとそのスポーンの戦闘力だ。
これが相当にヤバい。
ヴァンパイアそのものは魔王というわけではなく、そういった意味では「ただのモンスター」ではあるのだが、それでも並みの魔王ハンターでは束になってかからないと敵わないぐらいの強さがある。
さらにはその落とし子ですら、一体一体が並みの勇者に匹敵する戦闘力を持つという怪物ぶりだ。
とはいえ──
俺の実力ならば、立ち回りをミスらなければ、まったく対応できない相手ではない。
殊に今は朝方で、日光が弱いながらも降り注いでいる。
ヴァンパイアにとって日光は弱点であり、彼らは日の光に晒され続ければ大ダメージを受けるし、やがては灼け溶けて滅びてしまうという性質を持っている。
つまり日中である今は、こちらに有利な状況だ。
いざとなれば家の外──日光の下に出ればどうとでもなるだろうという目算が立つ。
ならばここで逃がして被害を拡大するようなことがないよう、強襲を仕掛けて一気に倒すべきだ。
現役バリバリの魔王ハンターという立場からは退いたとはいえ、俺もこの程度の相手にそうやすやすと後れを取るつもりはない。
「──シャアアアアアアッ!」
俺が住居に踏み込むと、入り口の横手から、一体のヴァンパイアスポーンが奇声をあげて襲い掛かってきた。
ヴァンパイアスポーンは概ね人間の姿だが、青白い肌、鋭く尖った爪と犬歯、そして何より不気味に赤く光る目が、もはや人間ではない怪物になり果てたことを示している。
そいつは両腕を広げて俺につかみかかろうとしてくるが、いつもリオという敏捷性のバケモノを相手にしている俺にしてみれば、まったくノロマな動きだ。
不意打ちのつもりだったであろうその一撃を、俺は家の外へとバックステップしてかわす。
そして相手のバランスが崩れたところに瞬足で突っ込み、剣による突きを叩き込んだ。
ヴァンパイアスポーンとなった人間は皮膚も多少硬くなるが、そんな程度は歯牙にもかけない。
魔力を帯びた俺の剣はヴァンパイアスポーンの胸を斜めから貫いて、背中まで貫通した。
「ヒギャアアアアアッ!」
ヴァンパイアスポーンは悲鳴を上げるが、容赦をするべき相手でもない。
それにこの程度で滅びるモンスターでもない。
俺は剣を引き抜くと、そのスポーンを思いきり蹴り飛ばした。
スポーンは住居の奥まで吹き飛び、途中にあった壁に激突して崩れ落ちる。
そこに向かって、俺は──
「【炎の矢】!」
炎属性の魔法を叩き込む。
俺が生み出した四条の火炎弾は、起き上がろうとしていたスポーンにすべて直撃し、炎を巻き起こした。
そして炎がやんだ後には、動かなくなったスポーンの姿。
殺戮本能に衝き動かされたスポーンが戦闘不能を擬態するとは考えづらいし、ダメージ的にも倒したと見ていいだろう。
「けど──一体ってこともないだろうな」
俺は再び住居へと踏み込んでいく。
すると部屋の奥にあった扉の向こうから、三体のヴァンパイアスポーンがぞろぞろと姿を現わした。
姿形は最初のものとは多少違うが、個々の戦闘力に大差はないだろう。
「三体か……さて、どうしたもんかね」
俺がそうのんびり構えているうちにも、スポーンたちは我先にと襲い掛かってくる。
ひとまずあいさつ代わりに【疾風剣】でもお見舞いしようかと思い、俺が剣を構えたところ──
「……右手から【炎の矢】、……左手からも【炎の矢】──いけっ!」
──ボボボボボッ!
俺の背後からトータル十個の火炎弾が発射されて、三体のヴァンパイアスポーンへと殺到した。
火炎弾は着弾すると、スポーンたちを炎で包み込んでいく。
この程度で倒せるような相手でもないが──
それにしても……まったく。
こいつが一番、言うこと聞いてくれねぇんだよな。
「……お兄さん、加勢する。……村人の避難誘導は、リオとイリスだけでも十分」
「分かったよ。来ちまったんならしょうがねぇが──油断するなよ、メイファ」
「……大丈夫。……ボクはお兄さんを盾にするから、お兄さんがやられない限り、ボクは安全」
「そうかい。そりゃあ安心だな」
俺は自分の隣に立った教え子の一人と、そう軽口を叩き合った。




