第65話
教え子たちを連れて村に入ると、俺はまず村長の家を訪ねた。
村長の家の扉をノックして、勇者ギルドから来たことを伝える。
扉を開けて現れた初老の村長は、俺たちの姿を見て「はて」と首を傾げた。
「……失礼ですが、魔王ハンターの方では?」
訝しんでいる様子だった。
まあ見た目では幼い美少女三人組を連れた若造なのだから、不思議に思うのも無理はない。
いつものパターンだ。
俺は勇者ギルドからの紹介状や勇者カードなどを見せることで、村長からの信用をどうにか獲得する。
「これは失礼しました。どうぞ中へ」
村長はそう言って、俺たちを家の中へと案内し、応接室で話を聞いてくれた。
俺は村長に向かって、単刀直入に問いかける。
「村長。セシリアという名の勇者がこの村に来たかと思うのですが、今どこにいるかご存じありませんか?」
すると村長は、少し身を乗り出しながら答えてきた。
「おお、やはりその件ですか。確かにセシリアさんなら一週間ほど前に村に来て、村の失踪事件に関して調査をしてくださると。ただ……」
「ただ?」
「はい。セシリアさんが昼過ぎに村を訪ねてきて、その日の夜中のことです。彼女はこの家を訪問してきて、こう言いました。『私はしばらく姿を見せないかもしれないが、事件は必ず解決するから心配しないでほしい。勇者ギルドにも連絡はしないでほしい』と。それ以来、私はセシリアさんの姿を見ていないですし、村の者たちに聞いてみても、あの日より後には彼女を目撃していないとのことでした」
……んん?
なんだそりゃ。
セシリアが自身の失踪をほのめかした?
しかも勇者ギルドにも連絡するな?
「えっと……セシリアさんはそれ以外に何か言っていましたか?」
「いえ……。ですが勇者ギルドからの紹介状にも、特に凄腕の勇者だと記されておりましたし、話した感じもしっかりとしていると感じたので、信頼してお任せをした次第です。ただ、もうあれから一週間にもなるので、そろそろ勇者ギルドに連絡をするべきかどうか迷っていたところに、皆さんが来られたという次第でして」
「そうですか……」
ちなみに、村長が「話した感じもしっかりとしている」と言ったあたりで、教え子たちから「えっ」という声があがったが、話がややこしくなりそうなので、俺は三人に静かにするよう指示する。
ああ見えてセシリア、少年少女が絡んで暴走しなければ、すごくしっかりとした勇者なんだよな……。
魔王ハンターをやっている勇者の中には、この間の兄貴さんのようなチンピラ崩れみたいなのもまあいるので、普通に当たり前のことができるだけで好印象になるという悲しい現実があるのだ。
まあ、それはさておき。
俺はさっそく困ってしまった。
セシリアが何の意図でそんなことを言ったのかは分からないが、これでセシリアに繋がる手掛かりが潰れてしまった。
となると──
「では村長、そもそもの失踪事件について、詳しく教えてもらえますか」
あとはセシリアがたどったであろう調査経路を、同じように追いかけるしかない。
遠回りになるかもしれないが、急がば回れだ。
村長は「分かりました」と答えると、少し考え込んでから、こう続けた。
「最初に行方不明となったのは、この村に住むとある家の一人娘でした。ある朝に彼女の両親が目覚めてみたら、娘の姿が家からなくなっていたとのことで……。ですがそれだけならばまだ、家出か何かかもしれないと思えたのですが。──それから数日に渡り、村で次々と若い娘や子供の失踪事件が相次いだのです」
「なるほど……。それで勇者ギルドに依頼を。そしてセシリアが派遣されてきたと」
「左様でございます」
確かに最初の一件だけならともかく、同様の失踪が複数件続いたとなると、事件性を疑うのがスジだろう。
それに加えて、調査に来たセシリア自身の失踪。
しかし気になるのは、セシリアが失踪前に村長宅を訪問して残した言葉だ。
「自分が失踪しても心配するな」「勇者ギルドには連絡するな」
なぜセシリアがそんな言葉を残したのか、まったく見当がつかない。
ここまでに得た情報を整理すれば、セシリア自身が事件の隠蔽に手を貸していると考えるのが自然であるように思う。
だがそれは、俺が知るセシリアの人物像と合致しない。
あんなダメ勇者でも、このような犯罪行為に手を染めるような人ではないはずだ。
真犯人とでも言うべき何者かに、何か弱みでも握られたのか。
あるいは──
ダメだ。
情報が足りなさすぎて、現段階では真相を絞り込めない。
と、俺がそんな思考をしていると、くいくいと俺の服の裾が引っ張られた。
振り向いてみれば、メイファが揺れる瞳で俺を見つめていた。
「……お兄さん。……セシリアお姉さんは、違う。……お姉さんは変質者だけど、我欲のために子供をさらう悪事に加担するような人じゃない。……お姉さんは、ダメな人だけど根はいい人」
頭の回転が速いメイファは、ここまでの情報を突き合わせればセシリアが怪しい──彼女が事件に何らかの形で加担していると判断せざるを得ないことに気付いたのだろう。
しかしメイファは、セシリアと何度も寝床を一緒にして、彼女の人柄をよく知っているのだ。
そしてメイファと同様にセシリアと寄り添ったリオとイリスもまた、俺のことをじっと見つめてきていた。
「兄ちゃん、オレもセシリア姉ちゃんは、そんなことしないと思う」
「私もです、先生。セシリアさんはダメな人だけど、悪い人じゃありません」
三人の真摯な眼差しを見て、俺はふっと笑う。
セシリア、誰に聞いても「ダメな人だけど」と前置きが付くのは笑ってしまうが、根っこの部分で悪人でないという点でも、全員の見解が一致していた。
俺はメイファ、リオ、イリスの頭を、一人ずつなでていく。
それぞれ「ふにゃっ」「わふっ」「きゃんっ」などと鳴き声をあげつつ、気持ちよさそうにごろにゃんした。
可愛い。
「分かってる。俺もセシリアさんが悪事に加担したとは思っていないよ。あの人はそんな人じゃない」
俺がそう伝えると、三人は嬉しそうにパァッと表情を輝かせた。
とても可愛い。
「……でもお兄さん、そうすると、セシリアお姉さんが村長に言ったことが謎。……それは、何だか分かる?」
メイファが、俺が抱いていたのと同じ疑問を口にする。
そうなんだよな。
結局そこに戻ってしまう。
まだ情報が足りていない。
と言っても、どうやってその情報を得たものか……。
「ちなみに村長、失踪したという村の娘さんや少年というのは、全部で何人になります?」
俺がそう聞くと、村長はうなずいて答える。
「失踪したのはセシリアさんを除いて四人です。四人目の失踪者が出た段階で、村の皆に夜中には絶対に出歩かぬよう厳命をしました。それ以後は、失踪者は出ていないはずです」
「そうですか……って」
……んん?
俺は村長の言葉の中に、引っかかるものを感じた。
「……えっと、村長。『夜中には』出歩くな、というのは? 朝や昼間、夕方は絶対に大丈夫なんですか?」
「……ああ、はい。絶対にかどうかは分かりませんが、四人とも失踪したのは夜中だったので。そしていずれも、自ら家の外に出ていったケースのようでして」
「なるほど……」
失踪事件は、すべて夜中に起こっている。
それも夜中に出歩くのを禁止したら、被害はなくなった。
これは事件を追う手掛かりとして、有用な情報であるように思う。
「ちなみにセシリアさんは……?」
「ああ、セシリアさんは、調査のため夜中も出歩いていたようですな。うちを訪問して先のことを言ったのも夜中でした」
……ふむ。
俺は村長の家の応接室から、開かれた木窓の外を見る。
空はどんよりとした雲に覆われており、わずかに垣間見える夕陽は、今にも西の山間に沈もうとしていた。
「虎穴に入らざれば虎子を得ず、か……試してみるか」
俺はポツリと、そうつぶやいていた。




