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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第2部/第2章

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第64話

 目的地の村へと向かう、森の小道。


 リオとメイファの二人はピクニック気分で駆けずり回り、チョウチョを追いかけたりしながらキャッキャとはしゃいでいる。

 普通の子供と違って人間離れした動きをする二人に、逃げ惑うチョウチョのほうも必死そうだ。


 ちなみにイリスはというと、俺の隣を、俺の手をそっと握りつつ歩いていた。


 最初は恥ずかしそうにもじもじしたり、幸せそうにほわほわしたりしていたイリスだが、街からしばらく歩いてきた今では、長年寄り添った妻のようなたたずまいになっている。


 俺がチラリとイリスに目を向けると、その視線に気付いたイリスが俺に向かってにこりと微笑んでくる。


 その笑顔がすさまじく可愛くて、俺のほうが恥ずかしくなって視線をそらしてしまう。


 そんな俺たちの様子を見たリオが何かを言おうとするのだが、その肩にメイファが手を置いて、首を横に振る。


 それからリオとメイファの二人は、我慢我慢といった様子で俺とイリスのほうから離れていく。


 どうやら三人の少女たちの間で、何らかの協定が結ばれているようなのだが……。


 まあいずれにせよ、街から目的の村までの移動は、そんな様子で行われた。


 そうした穏やかな風景の中で、俺はあることを考えていた。


 勇者ギルドでメイファに言われた、あの一言。


『それにお兄さん、ボクたち三人に負けるくせに、ボクたちを守るとかおこがましい』


 その言葉が意外と大きなトゲとなって、俺の胸に残っていた。


 もちろんメイファは、そんな強い意味で言ったのではないだろう。

 俺を説得するための方便として使ったことは分かっている。


 だが、それでも──


 その言葉が──いやその事実が、俺の中に打ち込まれた楔としてずっと残り続けていた。


 俺が修得できずに挫折した【月光剣】を、リオはひと月ほどの訓練でいともたやすく修得してしまった。


 イリスが修得した【究極治癒(アルティメットヒール)】も、俺には使えない魔法だ。


 俺の教え子たちは着実に、俺がいる場所よりも前へと進もうとしている。


 それが喜ぶべきことだというのは、理屈では分かっている。


 だがそれでも、俺ひとりが置いていかれるのではないかという恐怖のような想いが、ずっと俺の胸の奥にこびりついて離れずにいた。


 先天的な才能の差だからしょうがない。

 それは一面の事実だ。


 また、勇者としての力がその人間のすべてではないということにも、異論はない。

 例えば王都の勇者学院で同僚の教師だったアルマなどは、勇者としての力は大したことはないが、俺は彼女のことが人間的に好きだし、それでいいと思っている。


 しかし、「俺が」それでいいのかと自分に問うと、どうしてもモヤモヤとしたものが残る。

 このままではいけないという漠然とした焦りが、俺の中にはずっとあった。


 だから俺はこの一ヶ月間、リオがセシリアから【月光剣】を教わっている横でそれを盗み見ながら、自らももう一度【月光剣】を修得できないものかと、毎朝早起きして剣を振っていた。


 しかしそれでもリオと俺との圧倒的なセンスの差は埋められず、リオが【月光剣】の修得を果たした今も、俺はその技をこの手にできてはいない。


 だがそんなある日、俺は早朝の秘密特訓を、偶然早起きしたセシリアに見られてしまったのだ──




 セシリアはその朝、家の前でがむしゃらに訓練をする俺を見つけると、ふっと笑ってこう言った。


「安心したよブレットくん。今のキミは、牙を抜かれた獣のようにも見えたからね。──そういえばブレットくんは、どうして魔王ハンターをやめたのかな?」


 そう不躾に聞かれた俺は、流れ落ちる汗を拭いながらこう答えた。


「いや、どうしてと聞かれても……。強いて言うなら、そうですね──どこまでも魔王を倒し続けるだけの日々に虚しさを感じていたってことと、あとは、俺の恩師の先生に憧れたからですかね」


「ふむ、ブレットくんは自身の勇者としての昇華よりも、後進を育てるほうに魅力を感じたわけか。──っでも虚しさと言うけど、自身が世界最強の魔王ハンターになりたいなどとは思わなかったのかな? 男なら誰でも夢見るものなのだろう、世界の頂点に立ちたいと」


 そう言われて、俺は少し考えてから答える。


「……いや、男といったって色々いますよ。俺はあまり、興味がなかったっていうか……。まあそんな器でもないですし」


「世界最強を目指す動機もなかったし、そこまでの才能もないと自分を見限ったわけか。──しかしそんなブレットくんにも、『世界最強を目指す動機』のほうが生まれてしまった。……そうだね?」


「……っ!」


 そう言い当てられて、俺は言葉を失った。


 セシリアはそんな俺を尻目に、さらに続ける。


「教え子たちはキミの背中を見て育つ。お手本であるべきキミの背中が丸まっていては、あの子たちはいずれキミを見捨てていくかもしれないね。だからキミ自身が高い頂きを目指そうとする姿を見せなければいけない──ブレットくん、キミのその愚直なまでのひたむきさを、私は好ましく思うよ。それはきっと、あの子たちもね」


 それは褒め言葉のように聞こえた。

 俺は年甲斐もなく顔が熱くなってしまい、セシリアから目を逸らす。


 久々に見たセシリアの一面。

 年上のお姉さんとしての彼女は頼もしくて格好良くて、昔の俺は少し憧れていた。


 俺は照れ隠しに、こんな言葉を返す。


「……そんなにカッコいいものじゃないですよ。俺はただ、あいつらに見限られるのが怖いだけで」


「だとしてもだよ。自分に何かが足りないと思ったときに、不貞腐れずに背筋を伸ばすというのは、誰にでもできることじゃない。頑張っても必ず結果がついてくるわけじゃないというときには、特にね」


「……実際、愚直に剣を振っていれば報われるとも限りませんけどね」


「まあね。しかし幸いなことに、私たちは勇者だ。勇気ある者、勇敢な者、勇ましき者に加護があることは歴史が証明してくれている。ブレットくんのその前向きな姿勢はきっと報われると、私は信じたいね」


 セシリアはそう言って、ひらひらと手を振りながら俺の前から立ち去って行った。


 セシリアが言うとおり、運命に果敢に立ち向かった勇者が自らの道を切り拓いたという伝承は、数多く残っている。


 もちろんそれは、生存バイアスもあるだろう。


 前向きさやひたむきさが報われず、志半ばに潰えた幾多の勇者が歴史の闇の中に消えていったのであろうことは、想像に難くない。


 だが可能性がゼロでないなら、挑まない理由もない。

 俺が望む未来を手に入れるために、できることはやろうと思う。


 それでなお及ばないのであれば、そのときはそのときだ。

 座して運命になぶられるよりは、よほど性に合っている──




「……せい……先生。……あの、先生。どうかしました?」


 イリスの声。

 過去の出来事に思いを巡らせていた俺は、はたと気付く。


 森の中の小道。

 俺の隣には、俺の手を握ったイリスの姿があった。


「あっ……いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていてな」


「そうですか……。あ、ほら先生、村が見えてきましたよ」


 イリスが指さす先には、確かに村の入り口が姿を見せていた。


 時刻はそろそろ夕方といった頃だが、遠くの空にはどんよりとした雲が迫っていて、あたりは早くも薄暗さが目立ってきている。


「兄ちゃん、早く早く~!」


「……お兄さん、遅い。……いくらなんでも、イリスとイチャイチャしすぎ」


 道の先からは、リオとメイファの声。


 俺は空模様にどこか不吉な空気を感じながらも、教え子たちとともに村へと向かっていった。


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