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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第2部/第2章

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第63話

 セシリアが我が家から旅立った日から、およそ一週間後。


 その日、俺と三人の教え子たちは魔王退治のクエストを受けるため、勇者ギルドを訪問していた。


 俺たちが掲示板の前で魔王退治のクエストを物色していると、俺の姿を見つけた勇者ギルドの女性職員の一人が小走りで駆け寄ってきた。


 女性職員は少しためらうような仕草を見せつつ、俺にこんなことを聞いてくる。


「あの、ブレットさん……確かセシリアさんとお知り合いでしたよね?」


「ええ、まあ。セシリアさんがどうかしました? ──はっ! まさかあの人、ついに何かやらかしたんじゃ……! 今どこにいるんですか!? 見つけ次第ぶん殴って拘束して監禁します! うちのセシリアがホントすみません!」


 そう言って俺は、つい反射的に頭を下げてしまった。

 最近ずっと一緒に暮らしていたものだから、身内意識がついてしまったのだ。


 しかし女性職員は、困ったように笑う。


「い、いえ、そうじゃないんです。ていうか、『うちのセシリア』って……」


「あー、いやその、セシリアさんここ最近、うちで一緒に暮らしていたんですよ」


「ええっ!? ブレットさん、セシリアさんと同棲していたんですか!?」


「あ、そういうんでもなくて。俺、教え子たちとも一緒に暮らしているんですよ。それでセシリアさんには教え子たちと一緒に──」


「教え子たちと一緒に!? 四人まとめてですか!? ブレットさん、いくら何でもそこまで節操がないのはどうかと思いま──あうっ」


 俺に食ってかかっていた女性職員は、その背後に歩み寄っていた別の女性職員に後頭部を引っぱたかれた。


 暴走していたほうは「痛たたぁ……」と言いながら涙目になり、ツッコミを入れたほうが「違うでしょ。本題」と促すと、「あ、そうだった」と言ってペロッと舌を出す。


 そして最初の女性職員は、俺に向かってこう告げてきた。


「ブレットさん、セシリアさんがクエストに出たまま、戻ってきていないんです。ここから半日ほどのところにある村に行ったはずなんですが、もう一週間近くたつのに何も連絡がなくて……」


 女性職員は不安そうな表情でそう伝えてくる。

 彼女にツッコミを入れた職員も、クールな態度ながらも同様に不安そうな様子を見せていた。


 片道半日の場所にある村に向かって一週間戻ってきていない、しかも連絡もないというのは、確かに少し気になるところではある。


 クエストの内容──魔王退治そのものは一日以内で終わることが多く、何かイレギュラーがあって長くなっても二、三日のうちには終了するのが一般的だ。


 また魔王ハンターはあるクエストを受けた段階で、勇者ギルドとは仕事の発注者と受注者の関係になる。


 なので通常想定されるよりも大幅に時間がかかるようであれば、それが分かった段階で魔導通話具を使って勇者ギルドに一報を入れるのが常識だ。


 もちろんそのあたりラフな勇者もいるのだが、セシリアはそういうところはきっちりしているタイプで、連絡を怠るとは考えづらい。


「勇者ギルドのほうからも、連絡はしてみたんですよね?」


「はい。登録してあるセシリアさんの番号には何度かかけたんですけど、繋がらなくて……」


 ふむ……。

 確かにそうなると、何か異常事態が発生している可能性を疑いたくなるのは分かる。


「セシリアさんが退治しに行ったのは、何の魔王だったんですか?」


 俺がそう聞くと、職員さんはわたわたと手を振った。


「あ、いえ。セシリアさんに受けていただいたクエストは、魔王退治のクエストではないんです。『一般クエスト』なんですけど、村で何人もの少年少女が行方不明になっているから調べてほしいというもので……」


「あー、一般クエストですか。……いや、それにしてもだな」


「はい。どっち道、連絡がないのはおかしいので……」


 職員さんのその言葉に、俺もうなずく。


「一般クエスト」というのは、魔王退治以外のクエストのことだ。


 国の防衛費の一部が割り当てられて運営されている勇者ギルドと、そこからクエストを受ける魔王ハンターには、魔王退治以外のあれこれも含めた国の治安維持全般が期待されている側面がある。


 国内の各所で起こった事件のうち、一般人が対応したのでは身の危険があると予想されるものに関しては、近隣の勇者ギルドにお鉢が回ってくることもあるわけだ。


 そして確かに、村で何人もの少年少女が行方不明になっているという内容なら、何が原因かは分からないにせよ、調査にあたった先で一定以上の危険が降りかかってくる可能性はあらかじめ予想できる。


 であれば、魔王ハンターの出番というのは分かる話だが……。


「……にしたって、セシリアさん向けの案件じゃないですよねそれ。あの人、戦闘力はずば抜けていますけど、調査活動に長けているタイプではないと思うんですけど」


「はい、それはそうなんですけど……『少年少女が行方不明だって!? こうしてはいられない。今すぐ私が行こう!』などと言って、セシリアさんが意気揚々と引き受けていってしまいまして」


「あー……」


 その光景がありありと想像できてしまう。


 そりゃあ確かに、あの人なら行くな。

 あわよくばで、そこから始まるロマンスとかを期待していそうだ。


 しかしいずれにせよ、セシリアほどの勇者なら多少のイレギュラーぐらいは自力で何とかして帰ってくるだろうし、一週間近く連絡ひとつないというのはやはり奇妙だ。


 逆の心配も一瞬だけ脳裏に浮かんだが、いくらあの人でも実際に犯罪に走らない程度の分別はあるだろうと信じたい。

 俺相手のときのように、抵抗とツッコミを予定して襲い掛かるような冗談はともかくとしてだ。


 ちなみに、俺も試しにその場で魔導通話具を使い、自分が知っているセシリアの番号にかけてみたが、連絡が繋がることはなかった。


「やっぱり繋がりませんか……」


「ええ、ダメですね。さてどうしたもんか──」


 俺は顎に手を当てて考える。


 セシリアのことは知り合いとして気にはなる。

 ここから半日の場所なら、直接様子を見に行ってみるのも手だ。


 ただ行方不明といっても何かの手違いで、しばらくしたら何事もなくケロッと帰ってくるということもありうる。


 連絡不通も、魔導通話具をうっかりどこかで紛失してしまったことなどが原因でないとも言い切れない。


 しかし──


 どこか俺の中の直感が、警鐘を鳴らしていた。


 今ここでセシリアを探しに行かないと、何か一生後悔するような事態になるのではないかという危惧。


「なぁ兄ちゃん、セシリア姉ちゃん、どうかしたの……?」


 話を聞いていたリオが、不安そうな声で俺に聞いてくる。


 見ればイリスとメイファも、何かを言いたげな顔で俺を見つめてきていた。


 ……そうだよな。


 こいつらだってもう、セシリアとは知らない仲じゃない。

 行方不明と聞けば心配にはなるだろう。


 よし──


「分かった。じゃあ三人とも、悪いけど今日は魔王退治実習はナシでいいか? 俺ちょっとその村まで様子見に行ってくるわ。リット村までの帰り道は分かるよな? お前たちはしばらく家で待っていてくれ」


 俺はそう、三人の教え子たちに伝える。


 すると三人は首を傾げた。

「何を言っているんだろうこの人」という様子だ。


 あれ……?

 俺なにかおかしなこと言ったか?


「あの、先生……? どうして私たちはお留守番なんです? 私たちも先生と一緒にセシリアさんを探しに行けばいいと思うんですけど」


「んん……?」


 今度は俺が首を傾げる番だった。


「いやだって、これは実習じゃないんだぞ? 何が起こるか分からないし、何か起こったときに俺だけでお前たちを守り切れるかどうかも、まるで見当がつかない。お前たちを巻き込むには、不確定要素が大きすぎるんだよ」


 俺がそう答えると、今度はメイファが俺の手をにぎってきた。


「……お兄さん、違う。……ボクたちはお兄さんの力になりたい。……それにボクたちだって、セシリアお姉さんのことが心配。一緒に探しに行きたい」


「いや、そうは言うがな。俺にも教師としての責任ってものが……」


「……『何か』が起こって、お兄さんまで行方不明になるほうが責任放棄。……それにお兄さん、ボクたち三人に負けるくせに、ボクたちを守るとかおこがましい」


 グサッ!

 メイファの言葉の刃が俺の胸を貫いた。


「うぐっ……い、いや、確かに三対一では負けたが、それとこれとは話が別──」


「別じゃないです、先生! 私たちだってもう自分の身ぐらいは自分で守れます! ──それに私たちが誰かに守ってもらわないとダメなら、ほかの魔王ハンターの人たちはそもそも活動ができなくなってしまいます。違いますか?」


「むっ……」


 イリスの懸命な主張に、俺は確かにそうだなと思ってしまった。


 リオ、イリス、メイファの三人とも、すでに一人前の魔王ハンターとして十分すぎるほどの実力がある。

 もはや俺が保護してやらなければまともに立ち回れないような、貧弱な勇者見習いではない。


 というか正味の話、戦闘力だけで言えばすでに一人ひとりがちょっとしたドラゴンとだって渡り合えるぐらいの強さがあるんだよな……。


 俺は立場上つい保護対象として見てしまうのだが、三人とも実際のところはとてもそんなレベルの勇者ではない。


 そのことに気付いて、俺は苦笑する。


 三人にはひとり立ちできるようになってほしいと願いながら、俺のほうが手を離せずにいるのではしょうがないよな。


「……分かった。それじゃ四人でセシリアさんを探しに行くか」


「「「はいっ!」」」


 元気のいい教え子たちの返事。


 そんなわけで俺は、リオ、イリス、メイファの三人を連れて、セシリアが消息を絶ったという村へと向かうことになったのである。


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