第55話
遅くなりましたが、ようやく第二部のプロットがなんとなくできあがったので、書き始めていこうと思います。
週3回の定期更新を目標にしていきます。
ある日の真夜中、とある村でのことだ。
村で暮らす一人の娘が、寝静まった両親の目を盗み、家の扉を開いて外へと出ていく。
「まったく、夜中は危ないから出歩くなとか、過保護もほどほどにしてほしいよね」
娘は静かに扉を閉めると、家から離れて村の外の森へと向かっていく。
勝手知ったる村の中とその周辺、月明かりだけでも何ら問題はない。
彼女は今日、街から来た一人の勇者と、逢引きをする予定になっていた。
その勇者とは昼間に知り合って、わずかのうちに恋に落ちた。
娘はこれからその勇者と愛し合い、そして彼に村から連れ出してもらうことになっている。
村での代わり映えのしない生活にも、村の芋くさい男たちにも、彼女は辟易していた。
夢見るのは、都会でのキラキラとした未来だ。
相手の勇者との合流地点は、村の外の森にある一本の大樹の前。
娘はそこまで、胸を躍らせながらも足音を忍ばせ向かっていった。
村を囲う木造の低い柵を、引っ掛かるスカートを気にしつつ乗り越える。
そして森の中へと足を踏み入れ、しばらく進む。
彼女はやがて、目的の場所へとたどり着いた。
しかし──
「えっ……?」
娘がそこで見たのは、予想だにしていなかった光景だった。
夜空を覆い隠す木々のすき間から、木漏れ日のように月明かりが落ちる森の景色の中。
逢引き相手の勇者の男が、別の男に首筋を噛みつかれていた。
勇者の体は力なくぐったりとしながら、たまにびくびくと痙攣していたが、その瞳はもはや光を映していない。
その勇者に噛みついている男は、美しい容姿をしていた。
だが肌は青白く、目は赤く、口からは鋭く尖った二本の牙が伸びている。
その姿を見た娘は、幼い頃に絵本で見た絵を思い出してつぶやく。
「そ、そんな……吸血鬼、なんて……きゃあっ!」
おびえて後ずさろうとした娘は、木の根っこに足を引っかけて尻餅をついた。
そんな娘の目と、男──吸血鬼の赤い目とがぴたりと合う。
吸血鬼の赤い目が、妖しく輝いた。
すると、恐怖におびえていた娘の目がとろんと溶けて、陶酔の色を見せた。
吸血鬼は勇者の男を放り出し、おもむろに娘へと歩み寄る。
娘は逃げようとはせず、むしろ自ら身を差し出すように立ち上がって、吸血鬼に向かって両腕を広げた。
吸血鬼は娘を抱きしめると、その白い首筋に牙を突き立てた。
「あっ……あ、あぁ……」
娘は背をのけぞらせ、うっとりとしながら吸血行為に身を任せる。
娘はどくどくと血を吸われながらも、心地よさそうな視線を宙へと投げていたが、やがてその瞳からも光が失われた。
どさりと、娘が地面に投げ出される。
その体はもはや、わずかに痙攣するばかりで、意思の欠片も見当たらない。
あとに立つは、牙から鮮血をしたたらせた吸血鬼のみ。
──わずかばかりの月明かりが届く森の中、そこで起こった密かな出来事。
これは教師ブレットと三人の教え子たちが出会う、新たな物語の序章である。
***
麗らかな朝日が降り注ぐ森の小道。
俺──リット村の勇者学院に勤める教師ブレットは、三人の自慢の教え子たちを連れて、リット村から近隣の街リンドバーグへと向かって歩みを進めていた。
やがて行く手に街の姿が見えてくると、俺は足を止めて、教え子たちのほうへと振り返る。
「ってわけで今日は、勇者ギルドで『ステータス検定』を受ける。年に一度のステータス検定だ。プロの魔王ハンターなんかとも混じっての測定になるが、気後れせずに自信を持って挑むように。分かったか──リオ、イリス、メイファ」
「「「はーい」」」
俺の前に立つ三人の教え子たちから、元気のいい返事が戻ってくる。
教える側としては、実に気分がいい。
しかしこうしてあらためて見ると、三人とも初めて会った一年前より、少し大人びたかなと感じる。
今やリオが十五歳、イリスとメイファは十四歳だ。
背丈も多少伸びたのかなとは思うが、何よりも色香が、一年前と比べて段違いだ。
子供らしさが鳴りを潜め、その代わりにどこか女性らしさがぐんと立ってきている……気がする。
ボーイッシュなリオは、スポーティな女性になろうとしている過渡期のようだ。
少年的と呼ぶには少々セクシーさが際立ってきていて、活動的なタンクトップのシャツやハーフパンツから伸びる手足は瑞々しく健康的。
シャツを押し上げる胸の大きさも一年前よりだいぶ育ち、女性を意識させるに十分なものだ。
ショートカットの黒髪も、濡れたような艶を持って輝いている。
黒の瞳をたたえたまなざしは、ぱっちりとしていながらもどこか自信に満ちた強さを示していた。
それと対照的にお淑やかな印象のイリスもまた、最近ぐっと大人びて、女性的に綺麗になったように思う。
どこか小動物的でおどおどとしていた一年前の気配はほとんどなくなり、最近では母性的な魅力が強くなってきているように感じる。
白を基調としたローブがたおやかな肢体を包み込んでいて、背まで伸びたブロンドの髪、サファイアブルーの瞳とも相まって恐ろしく魅惑的だ。
とはいえ完全に大人の女性というわけでもなく、子供っぽさもどこか残しており、アンバランスな危うい魅力を感じさせるのが今の彼女だ。
そして危うい魅力と言えば、何よりもメイファだろう。
一年前は「子供っぽい可愛らしさ」が八に対して「妖艶さ」が二ぐらいであったメイファだが、今やこれが六対四ぐらいになりほぼ均衡してきている。
ゴシックドレスを模したようなフリルたっぷりデザインの漆黒のローブは、アメジストパープルの瞳やツインテールの銀髪ともマッチして、少女の可憐で幼くも魅惑的な容姿を妖しく引き立てている。
胸の大きさは依然として慎ましやかだし、その他ボディラインも緩やかではあるのだが、そんなものはハンデにもならないとばかりに男を魅了するフェロモンのような何かを強く放つようになってきている。
まあそんなわけで、俺もちょっと気を抜くとドキッとさせられてしまうぐらいに、三人とも綺麗になった。
でもその外見とは裏腹に、中身はそれほど変わっていない……のか?
いや変わっているところは変わっているんだろうが、三人とも俺に子供と大人、教え子と教師の関係を期待して無邪気に接してくるせいか、いまだに内面は子供っぽい印象が強い。
そして俺も、教師という立場上、この三人の教え子たちを魅力的な異性と見ることは許されない。
というか、内心ドキドキしていても、それを気取られてはならないわけで。
三人がどれだけ魅惑的に育ったとしても、教師たる俺は男としてではなく、大人として彼女たちに接しなければいけないのだ。
「ところで兄ちゃん、その『ステータス検定』ってのをやるために街に行くのは聞いてたけど、そもそもその『ステータス』って何なの?」
リオが俺に、そう聞いてくる。
あー……そういえばそのあたりのことを、リオたちにはまだ説明していなかったか。
「勇者の『ステータス』っていうのは、その勇者の基礎能力を数値で表したものだな。例えば俺の去年の結果がこれ」
俺はそう言って、懐から一枚のカードを取り出す。
俺の去年の検定結果を記した「勇者カード」だ。
勇者カードには、魔導撮影機で撮影した本人確認写真とともに、測定した各種ステータスや、そこから導き出される認定勇者レベルなどが記されている。
例えば俺の勇者カードに記されている数値は、こんな値だ。
***
名前:ブレット
認定勇者レベル:21
筋力 :51
敏捷性 :50
打たれ強さ:50
魔力 :36
***
ちなみにプロの魔王ハンターの平均的な認定勇者レベルは、駆け出しで6レベル程度、熟練者で8レベル程度と言われている。
当然ながらステータスも、それ相応。
だから俺の能力は、自分で言うのもなんだが、相当優秀なほうだ。
とは言え、俺を上回る実力を持った勇者なんて、世界中を探せばいくらでもいるだろう。
俺ぐらいの実力で有頂天になっていたら、本当の強者からは鼻で笑われる。
世界は広いのだ。
さておき。
俺がそのカードをリオに渡して見せると、イリス、メイファもリオのもとに寄って俺の勇者カードに注目した。
するとイリスが、おそるおそるという様子で俺に聞いてくる。
「あ、あの、先生」
「ん、なんだイリス?」
「今日の検定結果が出たら、先生は新しいカードをもらうんですよね? それで、その……もしよければこのカード、私がもらってもいいですか?」
そのイリスの発言に、リオとメイファがイリスの顔をまじまじと見た。
だが俺としては、いまいち意味が分からない。
「え、何でだ? 勇者カードは個人情報だし身分証明も兼ねてるから、古いのは新しいカードを受け取るときに破棄されるし、まあ普通に無理だとは思うが」
「そ、そうですか……先生の勇者カード、お守りにしようと思ったんですけど……残念です」
するとそれを聞いていたメイファが、イリスに向かってニヤニヤ笑いを浮かべる。
「……お守りとは、よく言ったもの。……本当はイリス、夜な夜なお兄さんの写真を眺めてニヤニヤしたいだけふがふがっ」
「よーしメイファ、ちょっと黙ろうか! ちょっと黙ろうか!」
イリスが手でメイファの口をふさぎにかかり、二人は取っ組み合いを始める。
まあ何というか、今日も仲がいいなこいつら。
仲良きことは素晴らしきかな。うんうん。




