第151話(エピローグ)
サハギンの退治は、そうして終了した。
俺たちは救出した村娘たちを連れて、アーニャの村へと帰還した。
帰りがけ、メイファはまた海神様の甲羅に乗せてもらって、かなりはしゃいでいた。
村に到着すると、救出してきた五人の村娘たちがそれぞれ家族と再会し、抱擁を交わし、涙を流していた。
村娘たちはかなり弱っていたが、しばらく養生すれば元通りに元気になるだろうというのが村の医師の見解だった。
娘たちの家族ばかりでなく、俺もまたそれを聞いて、ホッと胸をなでおろしていた。
ついで、海神様に別れを告げる。
メイファが珍しく、ぐずぐずに涙を流していた。
俺が「その気になればまたいつでも会いに来れるだろ」と伝えると、メイファは強くうなずいた。
そして、「……絶対に、また会いに来る」と、海神様と約束をしていた。
マリーナたちもまた、海賊船に乗って村から去っていった。
彼女たちは今後も、特に何の変わりもなく、海賊を続けるそうだ。
手に入れた財宝は、パーッと使うのだと言っていた。
そうして財を使い切ったらまた新たな宝を探すのが、粋な海賊の生き方なのだという。
俺が「そんな命知らずなことばかりしていて、死ぬのが怖くないのか」と聞いたら、マリーナは「やりたいことをやらなくて、生きているって言えますかね?」と返してきた。
いかにも自由人らしい言葉だなと思った。
ちなみに、彼女がアーニャの姉であるかどうかは、あいまいなままだった。
結局、マリーナは海賊に戻ったし、アーニャは村の守り手に戻った。
それ以上のことは、彼女らの心のうちにあればいいのかもしれない。
マリーナたちを見送った後は、アーニャの村で宴による歓迎を受けた。
夜に篝火の焚かれた村の広場で、飲んで、騒いで、村の珍味に舌鼓を打って、笑って、踊って、村の伝統芸能を見せてもらって──まあとにかく、いろいろあった。
それから、その日は村で泊めてもらって、俺たちは翌日に村を発った。
なお今回のサハギンの襲撃で、村の守り手であるオズワルトは片腕を失ったが、今後は成長したアーニャがその穴を埋めるように、二人で協力して村を守っていくということだった。
そうしていろいろがあって、俺たちは自分たちの村へと帰還する。
俺、リオ、イリス、メイファ、セシリアの五人だけではなく、アルマもまた、乗合馬車に一緒に乗ってきた。
アルマに理由を聞いたところ、「ここであたしだけ別れるのは、なんかさみしい。泣いちゃう」という、よく分からない子供のような返事が戻ってきた。
ともあれそんなわけで、アーニャの村を発ち、海岸都市シーフィードから乗合馬車に揺られて数日後の夕刻に、俺たちはようやく、リット村の自宅へと帰ってきたのであった。
「ただーいまっと」
リオが一番乗りで、俺たちの自宅──教員用の宿舎に足を踏み入れる。
「疲れた~。でも、楽しかったね」
「……うん。……特に海神様とは、また遊びたい」
イリスとリオが、そのあとに続き。
「いやあ、とんだ海水浴になったよね。あんなモンスターの大群と戦ったの、あたし初めてだったよ。お邪魔しま~す」
「魔王ハンター稼業をしていればああいうのも稀にあるが、ブレットくんは特に、昔からこういう大事件に巻き込まれやすい体質だった気がするよ。──あ、ブレットくんじゃなかった、ご主人様だ」
「いや、別に家でも言い直さなくていいからな。俺、セシリアさんにご主人様と呼べって言った覚えはないぞ」
アルマ、セシリア、俺と続けば、我が自宅はずいぶんと賑やかになる。
まあ、ほぼ普段通りではあるのだが。
アルマ一人が加わるだけでも、ずいぶんと賑やかさと新鮮さが変わるもんだな。
俺はリビングで荷物を下ろして、荷解きをしながら同僚教師に声をかける。
「アルマ、なんとなく成り行きでついてきたみたいだが、しばらくうちに泊まっていくか? と言ってもベッドは空いてないんで、寝床がないんだが」
「あー、どうしよう。本当に成り行きでついてきたから、何も考えてないんだよね。夏休みはまだしばらくあるから、そこは問題ないんだけど」
「そろそろ一人の時間が恋しくなったか? アルマって結構、一人でいるの好きだろ」
「むっ……それはブレット先生、あたしのこと分かってないよ。鬱陶しい相手と一緒にいるぐらいなら一人のほうが気楽だってだけで……そ、その……ブレット先生とだったらあたし、一生だって一緒にいてもいいんだけど……?」
「ははは、王都の勇者学院で一番人気の売れっ子教師から、そこまで気に入ってもらえているのは光栄だよ」
俺はアルマの軽口にそう答えつつ、庭の井戸まで水を汲みに行く。
するとリビングのほうからは、
「出た、アルマ姉ちゃんの強烈な空振りジャブ」
「結構踏み込んで打ってるんだけどね……」
「……お兄さんが、さばくのに慣れすぎている。……多分、どんな角度から打ってもダメ」
「ぐぬぬぬぬっ……ま、負けないし」
などと謎の拳闘談義が繰り広げられていた。
なぜ俺が話に混ざっているのかはよく分からなかったが。
その後、少し休んだら、みんなで夕食の準備だ。
今日はアルマもいるし、家政婦のセシリア任せにはせず、せっかくなので庭でワイワイと鉄板焼き料理をやることにした。
火種と薪を用意して、リオに【発火】の魔法を使わせて火をつける。
俺がここに来た当初、リオは【発火】を修得するのにも苦労をしていたが、今ではその上位の【炎の矢】を悠々使いこなすほどに成長したのだと思うと感慨深い。
するとそんなとき、教員宿舎の庭の前を一人の老人が通りかかった。
村長だ。
「おやブレット先生、お帰りでしたか。夕食の準備ですかな?」
「ええ。今日はみんなでバーベキューでもやろうと思いまして」
「ほっほっ、いいですな。それに両手に花とは、なんとも羨ましい。育てていた子猫たちも、立派になりましたな。もう子猫とは呼べぬ、いつでも親猫にもなれるという顔をしておる」
「いえ、そういう感じでは……ていうか、親猫、ですか……?」
「ほっほっほ」
村長は俺の疑問には答えず、立ち去っていった。
相変わらず、食えない爺さんだな。
その後はみんなで、帰りがけに街で勝ってきた肉や野菜を焼いて、食事を楽しんだ。
だがそのうちにメイファが、いつの間にか買っていた果実酒を取り出してきて、場は大混乱に陥った。
終いには、俺は酔っぱらったリオ、イリス、メイファの三人に抱きつかれ、さらには何が起こったのか、アルマとセシリアまで俺の体の空いた場所に抱きついてきた。
「ねぇ兄ちゃん……オレたち、いつになったら兄ちゃんのお嫁さんになれるの……?」
「先生……私、もう我慢できません……。こんなの、イケない子なのは分かっています。でも……」
「……お兄さん、そろそろ観念しよう? ……お兄さんは、一生ボクたちだけの先生になる。……大人なことも、いろいろと教えてくれる」
「ブレット先生は、あたしにばっかり冷たいのではないれしょうか! あたしにも抱きついたりなでなでされたりするぐらいの権利はあると思うのれふ!」
「すまない、ブレットくん。この状況を私だけ傍で見ているだけというのは、拷問にも等しいんだ。私も混ぜてほしい。罰としてご奉仕期間が一生に伸びても構わないから」
立派に成長した教え子たちと、そもそも立派に成長している美女たちに柔らかな肌を押し付けられて、暑い夏の夜に甘酸っぱい汗のにおいを否応なくたくさん嗅がされて。
俺はもう、暑さと心地よさと官能とでくらくらとして、何がなんだか分からなくなって、こう言ってしまったのだ。
「あー、もう分かった分かった! 俺が全員まとめて面倒見てやる! 一生だろうが何だろうが構うもんか!」
──まあ、そんなことがあったりもしたが。
ともあれ俺たちは、旅のあとの一夜を、たっぷりと楽しんだ。
みんな笑顔だったから、俺もつられて笑顔になった。
そして、世の中にいるたくさんの人たちのこんな笑顔を守るために。
俺たちは今後も、一介の勇者として微力ながら活動し、この世界の平和を守っていく。
勇者なんて生業は、割に合わないと思うこともたまにはあるが、こうして最後に笑顔でいられるなら悪くはない。
終わりよければすべてよしだ。
だから──
捨て猫勇者を育ててみたら、こんな幸せな結末が待っていましたというのも、また一興だと思うのである。
読了お疲れさまでした。
本作はこれにて完結といたします(何かあれば再開するかも分かりませんが)
よろしければ(まだの方は)画面下部の☆☆☆☆☆から評価などいただけると嬉しいです。
なお現在は、ノクターンノベルズ(18禁)のほうで以下のタイトルの新作を書いています。
『斧使いの冴えないおっさん冒険者、聖斧を引き抜いて覚醒、美少女ハーレムを築いて英雄となる』
ファンタジー冒険モノ×ハーレムラブコメといういつもの軸にエロが加わったような作品で、日間ランキング2位もいただいた自信作です!
規約上、こちらにリンクやURLは貼れないのですが、18歳以上の方はよろしければ触ってみてください。
さて以下、ちょっとだけ捨て猫勇者の作品語りを。
(書籍4巻分も続けたものを上記だけで終わるのも味気ないなと思ったのであとがきするだけですので、興味のない方はスルーしてください)
「勇者」というと最近は、人々のために死に物狂いで頑張ったのに助けた人間たちに裏切られてひどい目に遭う人、みたいなイメージが強いのでしょうか。
自己を犠牲にして、他者を救う。
それは確かに、人の在り方として、あまりバランスのとれた良い形ではないような気がします。
でもだからと言って、人々を守るために戦う勇者という存在それ自体が「格好悪いもの」とされるのも、また違うなぁと思ったりもします。
なので「人々も救うし、自分も損をせずしっかり幸せになる」
そういう人間らしい、ある種の理想的な勇者の在り方を、この作品では試しに描いてみたつもりです(いやまあそんな綺麗事重視の作品でもないのですが、そんな一面もあるという話)
善良だったり高潔だったり正義感が強かったりしながら、一方で人間らしくまあまあダメなところもあって。
全人類のためなんて綺麗事にも多少は心を動かされるけど、本当の強い想いは隣人愛。そしてわずかの打算。
「本物の勇者」というような人がいるとすれば、そういうものであってほしいなと。
正しいばかりの「勇者」は、どこか歪であって、そういうものをあるべき姿とするのは、なんか違うような気がするんだよなーという、まあそんなアレです。
もちろん本作の「勇者」や「魔王」の概念は、ドラクエを源流とする一般的なものとは大きくかけ離れたものです。
おかげさまで本作の世界観には、チンピラ勇者もたくさんいますね(笑)
でもまあブレットさんたち主人公勢は、なんだかんだで根っこが善良であり、そんな自分たちの正義の心に従って、まあまあの苦難にも立ち向かおうとする人たちです。
そういう点で、変態や変人揃いとはいえ、やっぱり彼ら彼女らのことは「勇者」と呼んで差し支えはないのかなと思ったりもします。
だからブレット先生も、リオもイリスもメイファも、アルマもセシリアも、ほかにもまあいろいろいましたけど、僕の中ではみんな、愛すべき勇者です。
いや、セシリアはちょっと厳しかったですけど(笑)
こいつを「正義の勇者」の箱に入れてしまって、本当に良いのかと。
僕の中で、人の社会が許容できる寛容さのデッドラインすれすれを走っているのが彼女です。
ヴァンパイア・セシリアはデッドラインの向こう側として描きました。あそこまで行っちゃうとヤバい。
ただこの「正義感」みたいなものも、しっかり考えてハンドリングしていかないと、重大な害悪になるんですけどね。
リアルで「ヒャッハー! 悪人は叩き放題だぜー!」とばかりに、ドブに落ちた薄汚い野良犬を正義棒で袋叩きにするエンタメに興じるのは──まあまあ、皆様ご存じのとおり。
とまあ、なんかぐだぐだになりましたけど、本作はそんな感じの「勇者」を描いた作品でした。
ウソです。
ロリハーレム万歳な作品でした。
アルマ先生には悪いことをしたと思っています。反省はしていません。
こんなぐだぐだなあとがきに最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
そしてあらためて、読了お疲れさまでした。
機会がありましたら、また別の作品でお会いしましょう。
ではでは。




