第147話
指輪を填め込んだ石扉の先には、もはや障害はなかった。
アーニャとともに岩山を掘り抜いたような洞窟を進んでいくと、やがて一つの広間にたどり着く。
その広間へは別にもう一本、通路が繋がっていて、そこからリオ、メイファ、イリスの三人と、マリーナ、ついでに引っ立てられたサハギンバロンが現れた。
「お、兄ちゃんだ。やっほー。なんだ、意外と何もなかったな」
「……待って。……ひょっとすると、このお兄さんは、ニセモノかもしれない。……ううん、もしかすると、幻覚かも」
「だったら私に任せて。本物の先生かどうか、確かめる方法がある」
イリスがそう言って、俺のもとにてってと駆け寄ってくる。
ここまでにいろいろな罠や仕掛けがあったから、そういう疑いを持つのも不思議ではないかもしれないが……。
イリスは俺の目の前に立って、こちらを見上げてくる。
「先生。本物かどうかを確かめます。まずは私の頭を、いつものようになでなでしてください」
「お、おう」
俺は言われた通り、イリスの頭をなでた。
三姉妹の次女は、「えへへっ」とだらしなく頬をゆるめる。
「こ、こほん、合格です。では先生、次は私のことを、その胸にぎゅーっと抱きしめてみてください」
「ん、こうか……?」
俺はイリスの体を両腕で抱き寄せ、そのまま抱き締めた。
少女の顔が俺の胸に埋まる。
一方でイリスは、俺の腰へと腕を回し、こちらのことも抱きしめ返してくる。
俺がイリスを解放すると、俺から離れた白スク水の少女は、リオとメイファのほうへと振り返って、しゃあしゃあと言った。
「本物だね、間違いない。私の頭をなでる優しい手の感触、抱きしめてくる腕の力強さ──それに何より、先生の匂いだもん」
「「ふーん」」
リオとメイファの二人が、ジト目でイリスを見ていた。
まったく、何をやっとるんだか。
まあそれはさておき。
その広間は行き止まりだった。
ほかに進むべき道は見当たらない。
また、それがある必要もない。
なぜならその広間の奥には、どっかりと、目的の箱が安置されていたからだ。
宝箱である。
両腕で抱えて持ち運べるかどうかという大きさの、立派なものだ。
そこに真っ先に駆け寄っていたのは、海賊娘のマリーナだ。
俺と教え子たちがショートコントをやっている間に、宝箱の外側や周辺を慎重に調べていたようだ。
「罠はなさそうだ。鍵もかかってないね。──開けていいかい、ブレットさん?」
「ああ、頼む」
俺を含めたほかのメンバーも、宝箱の前まで歩み寄る。
その場の全員が息をのんで見守る中、マリーナが大事そうに、宝箱の蓋を開いた。
『おおーっ……!』
宝箱を覗き込む全員が、感嘆の声をあげる。
宝箱の中には、期待を裏切らないほどの膨大な量の金銀財宝が、ぎっしりと詰まっていた。
また、ほかにも魔道具と思しきいろいろの品々が入っている。
何本かの液体が入った小瓶や、ブーツ、腕輪、ティアラ、巻物、剣や槍などなどだ。
「あはっ、こりゃあすごい財宝だね……! これだけあれば人生十回ぐらいは遊んで暮らせるんじゃないかい? 船のみんなと山分けしたって相当なもんだよ! あははははっ!」
マリーナは黄金の山に目を輝かせながら、その両手で財宝をすくい取り、嬉しさが止まらないという様子ではしゃいでいた。
ううむ……この娘、宝で人生を持ち崩さないといいが。
だが、それよりも──
俺の目は、宝箱の中に入っていた一振りの宝剣へと注がれていた。
俺の【目利き】スキルが、これは相当な業物に違いないと訴えかけている。
鞘に入った宝剣を無造作に手に取ると、すらりと引き抜いてみた。
くもり一つない、銀色に輝く刃が現れる。
剣の長さで見れば、バスタードソード級だ。
小柄なリオが使うには、少し長すぎるようにも思う。
「へぇ……。なんかその剣、兄ちゃんにぴったりな感じがする」
横で見ていたリオが、そんなことを言ってくる。
それにイリスとメイファも同意する。
「私もそう思います、先生。どこをどうとは言えないんですけど……なんか、先生にすごく似合っている気がします」
「……分かる。……ボクもその剣は、お兄さんのための剣だと思う」
うちの三人の天才勇者たちが、揃って予言めいたことを言ってくる。
それに俺自身も、この剣はすごく手に馴染む気がしていた。
下手をすると、これまでずっと愛用してきた剣よりもしっくりくるぐらいだ。
「へぇーっ、じゃあその剣は、ブレットさんの運命の剣なのかもしれないね。そういうゲン担ぎみたいなのは、あたいら海賊は大事にするんだ。その剣はブレットさんが使いなよ。──あと、アーニャはこっちな」
マリーナはそう言って、宝箱の中に入っていた三つ又の槍を手に取ると、アーニャに向かって放り投げる。
アーニャはそれを、慌てて受け取った。
「えっ、わ、私ですか?」
「そうだよ。アーニャだってこれから、一人前の勇者としてやっていくんだろ? それなりの武器の一振りぐらいは、持っといた方がいいさね」
「そ、そうですね……。あ、ありがとうございます……」
おずおずと頭を下げるアーニャを見て、マリーナはにひっと笑う。
「どういたしまして。──あたいがアーニャの姉貴かどうかは、実際のトコわかんないんだけどさ。でも今の、ちょっとお姉ちゃんっぽくなかった?」
「そうかもですね。……えぇっと、じゃあ私、マリーナさんのことを『お姉ちゃん』って呼んでもいいですか? 実際のところは分からないですけど」
「ん、いいよ。でも海賊がお姉ちゃんでいいのかい?」
「マリーナお姉ちゃんが村を襲う悪い海賊になったら、お姉ちゃんであろうと構わず退治するので大丈夫です♪」
「なぁるほど。そりゃあ怖い妹だね」
マリーナとアーニャの二人は、互いに顔を見合わせて笑った。
***
宝箱は結局、中の財宝が入ったまま、箱ごと船まで運ぶことにした。
さすがに相当な重さだったが、これだけの数の勇者がいれば運べないこともない。
帰り道で大変なところもあって、具体的には例の吊り橋だったのだが、これもあれやこれやあってどうにか乗り越えた。
ようやく船まで到着すると、宝箱を船に乗せつつ、俺たち六人の勇者も乗船する。
ついでにロープでぐるぐる巻きにしたサハギンバロンもだ。
そして、船を停泊させていた海食洞から出航。
その頃にはもう夜の時間になっていて、海賊船は闇色の大海原を航海することになった。
灯りを焚いた夜の甲板で海を見つめて考え事をしていると、船長のマリーナが俺のもとにやってくる。
「けどブレットさん、どうするんだい? サハギンのやつらにはあたいたちだって迷惑してるから、そこは手伝うけどさ。だとしても百五十を超えるサハギンにサハギンロード付きは、さすがにちょいと厳しいんじゃないかい?」
「まあ、そうなんだよな……」
俺は正直にそう答える。
はっきりとした戦力関係は言い切れないが、おそらくは、やってやれなくはないというレベルだと思う。
ただ前の戦闘では、六十体やそこらを相手に軽度ながら負傷者を出したという戦闘結果だった。
どういう戦闘の流れになるか次第の部分はあるが、次は誰一人欠かさずに勝利できるかというとかなりあやしいし、何かの拍子にガタ崩れすればこちらの全滅すらもありうるかもしれない。
そんな状況にリオたち三人を巻き込みたくはないし、それはマリーナやアーニャに関してももちろん同じだ。
だから俺は、夜の海を見ながら考えていたのだ。
「二つのリスク」を天秤にかけて、どちらのほうがより大きいか──と。
俺の心は決まっていた。
「かもしれない」で言うなら、こちらのほうが明らかにリスクが小さいと思える。
俺は、海賊船の船長に向かってこう伝えた。
「マリーナ、この船の行き先なんだがな──サハギンのアジトに向かう前に、行ってほしい場所があるんだ」




