第143話
「んんっ……! やっと外に出れたね」
「でも、まわりが山に囲まれてる……ここ、谷の底でしょうか」
海賊娘マリーナが伸びをしながら、そして村の見習い勇者アーニャが周囲を見回しながら、そう口にする。
洞窟を出た俺たち。
その場所はどうやら、絶壁の岩山と岩山に挟まれた、谷底のようだった。
洞窟を出て正面と背後、それに右手側には、見上げるばかりの峻険な岩山がそそり立っている。
なので、まともに進めるのは左手側だけ──
かと思いきや、もう一つ。
正面の岩山にも、俺たちが出てきたのと同じような洞窟が、ぽっかりと穴をあけていた。
それを見たリオが、俺のもとに寄ってくる。
「兄ちゃん、どっち行ったらいいと思う? 洞窟? それとも、向こうに歩いていったほうがいいのかな」
俺はそんなリオの頭になんとなく手を置いて、軽くなでる。
リオは「ふにゅっ」と小さく鳴いた。
ちなみに、左手側はずっと先まで谷が続いていて、その谷が途中からぐぐっとカーブしているため、そこから先の様子は窺うことができなかった。
「正直、どっちが正解かは分からないな──マリーナ、どうする?」
「んー、せっかく表に出れたのに、またすぐ洞窟ってのも面白くないね。あたいはこの谷底を歩いていくほうに一票」
マリーナはざっくばらんに答える。
いい加減な決め方だが、まあ気持ちは分かるし、俺も特に異論はなかった。
「よし、じゃあずっと洞窟ばっかりってのもアレだし、外を散策するか」
「「「賛成ーっ」」」
子供たちからも反対は出なかったので、俺たちは洞窟を出て左手側、谷底の道を進んでいくことにした。
俺を含めた六人の勇者が、谷底の道を歩いていく。
空を見上げれば、オレンジ色の夕焼け空が広がっている。
もうすぐ日が沈む時刻のようだ。
谷の上空では、大型の黒い鳥が数羽、ギャアギャアと鳴きながら飛び回っていた。
と、俺はふと思い出し、アーニャに聞く。
「そういえばアーニャ、ここに入るときに『気になることがある』って言ってたけど、あれ、何が気になるのか聞いてもいいか?」
「んん……? 『気になること』ですか? 私、そんなこと言いましたっけ?」
「ほら、この島に入って最初、大きな石の扉の前でさ。俺がアーニャに、船で待っているかどうかって聞いたときに、『少し気になることもありますし』って言ってただろ?」
「あー……」
アーニャはつぶやいて、何かを思い出そうとするように、指先で自分の眉間のあたりをとんとんと叩く。
それからアーニャは、指輪が嵌っているほうの手を俺に見せてきた。
「私たちの村に、この指輪とともに伝えられた言葉があるんです。──『鍵が鍵の形をしているとは限らず。縁なき者の命をも救う心優しき者たちに幸あれ』って。『鍵』とか『心優しき者』っていう言葉が符合していたから、ちょっと気になっていて」
「ふぅん、そういうことか」
なるほどな。
それは確かに気になる。
というか、それでほとんど繋がったんじゃないだろうか。
未だにそれらしきものが見つかっていないから、何とも言えない部分はあるが。
と、そんな話をしながら谷底を進んでいると──
「分岐だね。右か左か」
先頭に立ったマリーナが、その場所の前で仁王立ちをした。
谷がY字路状に、左右に分かれる場所だった。
正面にも切り立った断崖が現れ、それが幅広だった谷底の道を、左右に分断している。
「どうする、ブレットさん? あたいの勘だと、そうさね……ここは右かな」
海賊娘はいつも通り、適当なようだった。
とは言え、やはりどちらに進めばいいかの判断材料はないので、適当に決めるしかないのだが。
「どうしても左に行きたいってやつはいるか?」
「「「ないでーす」」」
「よし、じゃあ右行くぞー」
「「「はーい」」」
そんな適当なノリで、右の道を選んで進んでいく。
俺の引率の先生モードも、だんだん雑になってきたな。
まあ六人もいるんだから、二手に分かれるという方針もなきにしもあらずなのだが。
でも俺の予想だと、「当たり」のほうにマリーナとアーニャがいないと、結局意味がないんだよな。
そんなわけで、右の道を選んで進むことしばらく。
俺たちはようやく、緊張感を否応なく要求される光景に遭遇した。
緩やかにカーブする谷底の道を進んでいた俺たちだったが、先頭を歩いていたマリーナが鋭く、しかし小声で警告の声を発する。
「待った! ……この先、何かいるよ」
マリーナは隠れるように岩陰に駆け寄って、そこからわずかに身を乗り出すようにして、その先を見る。
俺や子供たちも、それに倣った。
「……また大扉があるね。でもその前に……たくさん転がってるあれは、サハギンの死体かね? まわりには大岩がごろごろ転がってる。ありゃあどういうことだい」
マリーナが小声で、そうつぶやく。
俺たちが進んできた谷底の道は、大きくカーブを描きながら進んだ先で、そそり立つ絶壁の岩山に阻まれて行き止まりになっていた。
その行き止まりの断崖に、石造りの大扉が設えられている。
あれを開くことができれば、先に進むことができるのだろう。
だがその大扉の前に、サハギンの遺体らしきものが数体、地面に倒れていた。
倒れているサハギンの周辺には、抱えるほどの大岩がいくつも転がっている。
ひどい遺体は、岩に潰されてぺちゃんこの状態に見えた。
立って動いているサハギンの姿は見当たらない。
何かの事後だろうと思える光景だった。
「近付いてみよう。周囲の警戒はしっかりやりつつだ」
俺のその言葉に、五人の勇者の少女はこくりとうなずく。
最大限に警戒しながら、大扉の前まで移動する。
特に襲撃や、動く者の気配はなし。
近付いてみると、倒れているサハギンがいずれも、確かにこと切れていることが分かった。
「……このサハギンたち、岩に潰されている。……上から、岩が落ちてきた……?」
遺体を調べていたメイファがそう言って、頭上を見上げる。
俺もつられて見上げてみるが、やはり、特に動く者の気配はなかった。
「兄ちゃん、扉の横に石のプレートがある。何か書いてあるよ。読んでみるね」
大扉周辺を調べていたリオが、そう伝えてくる。
嫌な予感がしたので、俺はリオが読み上げる前に釘をさす。
「リオ、無理にボケなくていいからな」
「ぎくっ。……あはは、やだなぁ兄ちゃん。メイファやイリスじゃないんだから、そんなことしないって」
……やるつもりだったらしい。
ここまできたら長女がどうボケるのかを聞いてみたかった気もしたが、生産性が皆無なうえに、俺へのあらぬ疑いが増えるだけなのでやめておこう。
「ちゃんと読むね。えーっと──『資格なき者は立ち去れ。さもなくば汝らに大いなる災いが降り注ぐであろう』だって」
「……なるほどな。そういうことか」
ここまで情報が揃えば、だいたい状況が読めた気がする。
つまりはこういうことだろう。
まず、俺たちより先に、サハギンの探索隊がこの扉の前に到着した。
そして、やつらは何らかの方法で、この扉を強引に開けようとした。
「資格」を持たないままにだ。
その結果、「大いなる災い」がサハギンどもに降りかかった。
おおかた、頭上から大岩が落ちてくる罠でも仕掛けられていたんだろう。
となると──
「気になるのは、残りのサハギンが今どこにいるのかってことだな」
俺は誰にともなく、そうつぶやく。
サハギンの遺体は、死んでからそう長い時間がたったものではないように見える。
またここに倒れているサハギンは、しっかり数えてみれば全部で六体だ。
ここに来たサハギンが、これで全部ということはないだろう。
「あっ……! じゃあ先生、洞窟から外に出たときに見つけた、もう一つの洞窟! あれってもしかして……」
イリスのその言葉に、俺はうなずいてみせる。
「ああ、おそらくはサハギンたちが、向こうの洞窟を通ってこの場所に来たってことだろう。そう考えると、残る道は──」
「さっきの分岐の左側、ってことになるね」
マリーナの相槌に、俺は再びうなずく。
だがもう一つ、気になることがある。
俺の予想が正しければ──
「なあリオ、扉かその近くに、指輪が填まる穴か何かが見当たらないか?」
俺がそう聞くと、リオが驚いたという表情を見せる。
「えっ……? う、うん、あるけど。今ちょうど見つけて言おうと思ってたのに、どうして分かったの、兄ちゃん?」
「そりゃまあ、鍵には鍵穴が必要だからな」
「……?」
なおも首を傾げるリオ。
ま、あとでゆっくり説明してやろう。
それと、一応これも確認しておくか。
「リオ、その指輪の填まりそうな穴は、ちゃんと二つあるよな?」
だがリオは、俺のその確認には「ん?」と疑問の声をあげる。
「二つ? や、穴は一つしかないと思うけど」
「へっ……?」
今度は俺が間抜けな声をあげる番だった。
穴が、一つしかない……?
俺自身も扉の前に行って、扉自体とその周辺を探してみる。
だがリオの言うとおり、扉の中央部に指輪が填まりそうな穴が一つあるほかは、それらしきものは一切見当たらなかった。
どういうことだ……?
この穴が「鍵穴」なのだとすれば、二つなければいけないはずなのだが。
だが何度見ても、見つからないものは見つからない。
仕方がないので、俺は疑問を残したまま、次の行動へと移ることにした。




