第142話
橋を渡り終えた俺たちは、さらにその先の洞窟を進んでいく。
洞窟はやはり緩やかな上り坂だ。
「ねぇマリーナ姉ちゃん、キャプテンミスリル、だっけ? その海賊が残した宝物ってどんなのなの? やっぱ金銀財宝ざっくざくってやつ?」
リオがそう声をかけると、マリーナは人差し指を振って答える。
「チッチッチッ。リオちゃん、そういうのはさ、何が待ってるか分かんないのがいいんだよ。最初っから宝が何なのか分かってたら興ざめだろ?」
「えーっ、でもさ、せっかく探し当てたのに、すんごいしょーもないものがだったらがっかりするじゃん」
「それも含めてのロマンなんだって、わかんないかなぁ。──あ、ひょっとしたらだけど、飲んだ人をたちまち目の前の人に惚れさせる、惚れ薬とかが入ってるかもよ?」
「「「えっ……?」」」
ざわっ……ざわざわっ……。
うちの教え子たちが、にわかにざわめき始める。
「そ、それって、誰にでも効くの!?」
「例えば、その、すごく鈍感な人とかにも……!」
「……リオ、イリス、落ち着いて。……逆にボクたちが、飲んだふりをするという使い方もある。……その場合、薬のせいだから何をしてもしょうがないと言える」
「「そ、そっかぁ! メイファ頭いい!」」
うん、なんだか知らんが、メイファ含めて三人とも落ち着こうな。
もしもの話だからな。
俺は苦笑しながら、子供たちに教えてやる。
「今までに見つかったキャプテンミスリルの宝だと、やっぱり大量の金銀財宝と、加えて強力なオリジナルの魔道具なんかがいくつか入っていたことが多いみたいだな。それが絵に描いたような立派な宝箱に入ってるらしいぞ」
「あーっ、ブレットさん、それ言っちゃダメだって! ……てか、海賊でもないのによく知ってますね。ひょっとして昔、海賊やってました?」
「やってない。勇者関連の雑学に、まあまあ興味があるってだけだよ」
伝説の海賊・キャプテンミスリルは謎の多い人物ではあるが、歴史上の著名な勇者としては、かなりの上位に名前があがる超有名人でもある。
生前はその時代最強の勇者とも目されており、彼が引き連れる仲間の海賊たちも、いずれ劣らぬ凄腕揃いだったという。
マリーナたちのような、宝探しと浪漫のために世界の海を股にかける海賊のイメージを作ったのも、このキャプテンミスリルだと言われている。
それ以前の海賊といえばもっぱら、罪もない船を襲って略奪を働く海の闇勇者のことを指すものだったとか。
と、そんな雑談をしながら洞窟を進んでいくと、やがて道が直角に左手へと曲がり、そこからは道がやや急な下り坂になった。
「みんな、足元が少し滑るから、気を付けろよ」
「「「「「はーい」」」」」
気が付くとマリーナとアーニャまでもが、うちの教え子たちに混ざって元気よく返事をしている。
だんだん遠足みたいになってきたな。
そうして俺たちが、長い下り坂の道を進んでいって、しばらくしたときのことだった。
──カチッ。
何かのスイッチを踏んだような音が、先頭を進むマリーナの足元から聞こえてきた。
「ん……? 今、なんかカチッて鳴ったような……」
マリーナがそっと足を上げてみると、そこには周囲よりも少しだけ凹んだ地面があった。
自然地形ではなく、明らかに人の手の入った仕掛けを踏んでしまったという様子。
そして──
──ガゴォオオオオンッ!
俺たちが進んできた背後の道で、何か大きくて重たいものが、上から落ちてきたような音が聞こえた。
振り向いてみれば、その先にあったのは──
なんともまあ、古典的な仕掛けであった。
「……おおーっ! ……お兄さん、見て、転がる大岩!」
メイファがキャッキャとはしゃいで、自分たちが下ってきた坂道の先を指さす。
坂道の先からは、俺たちのほうに向かって、巨大な丸い岩がごろごろと転がってきていた。
ゴロゴロゴロゴロッ……!
それは徐々に速度を上げ、やがて猛スピードとなって坂道を転がり落ちてくる。
ちなみにその大岩、どのぐらい巨大かというと、直径が俺の背丈の倍ぐらいある。
あれがあの速度で転がってきたら、住居の一つぐらいは容易くぺちゃんこにしてしまうだろう。
「ヤッバ、マジか……! ──って、ちょっとブレットさん、何やってんのさ! 早く逃げないと潰されるし!」
「リオちゃん、イリスちゃん、メイファちゃんも、早く!」
マリーナとアーニャが慌てて坂道の下へと駆け下りていこうとするが、俺たちが動こうとしないのを見て、戸惑っているようだった
ちなみにメイファは、その二人に賛同の意志を示す。
「……うん、分かる。……お兄さん、逃げよう。……これは、慌てて逃げるのが礼儀」
「礼儀って、お前なぁ……。まあいいや。リオ、イリス、やるぞ」
「あいよ、兄ちゃん!」
「はい、先生!」
「……ダメ、お兄さん、それはダメ……! ……せっかくこんないいものを用意してくれた、キャプテンミスリルに対して失礼……!」
懸命に抗議をしてくるメイファは無視。
俺とリオが転がってくる岩の正面に立つと、その後ろでイリスが魔法を発動させる。
「リオ、行くよ──【大地の剛力】!」
リオの体に、イリスが行使した魔法の輝きが宿った。
そんなリオと俺の前に、猛スピードで大岩が転がり落ちてきて──
「「──はぁああああっ!」」
──ズドォオオオオオンッ!
あたりに轟音が鳴り響く。
ぱらりと、天井から砂粒が落ちてくる。
俺とリオは、転がり落ちてきた大岩を、二人掛かりでガッチリと受け止めていた。
足元が少し滑ったが、どうにか一歩分ぐらい押されただけで、勢いを殺すことに成功した。
俺たちの後ろでは、口をパクパクとさせているマリーナとアーニャ。
「う、うっそぉ……!?」
「あ、あれを受け止めるとか……そんなこと……」
そして、ぽかぽかと俺を叩くのは、メイファである。
「……お兄さんの、バカ……! バカバカバカ……! ……転がる大岩は、慌てて走って逃げないと、転がる大岩らしくないのに……!」
一人だけ論点がおかしいのは仕様である。
メイファの言わんとしていることは分からんでもないが、残念ながら安全が第一である。
「マリーナ、アーニャ、もうちょっと上まで戻ってきてくれ」
「「は、はい……」」
だいぶ下まで駆け下りていたところを、俺の指示に素直に従って戻ってくる二人の勇者。
それを確認して、俺はリオに合図をする。
「よし、行くぞリオ」
「ほいさ、兄ちゃん」
「「せぇーのっ!」」
俺とリオは二人で大岩を持ち上げ、そのまま通路の下のほうに向かって投げ飛ばした。
再び轟音を立てて着地した大岩は、そのまま下り坂の道を転がり落ちていって、やがてざっぱーんと水音を立てて動きを止めた。
どうやらこの下り坂の先は、水場になっているらしいな。
「「ほえぇ……」」
マリーナとアーニャは、ぽかんとした様子で大岩のゆく末を見ていた。
こうして見てもこの二人、よく似ているな。
「やったね、兄ちゃん!」
「先生、やりましたね!」
「ん、二人ともよくやったな」
リオとイリスが片手をあげてくるので、二人と順番にハイタッチ。
それからいつものように頭をなでなでしてやると、二人はいつものようににゃんにゃんと懐いてきた。
とても可愛い。
「……ぐぬぬぬぬっ」
一方で、一人だけ悔しそうにしているのがメイファだった。
相変わらず、こだわりどころのよく分からないやつである。
ともあれ、そんな風にして俺たちは転がる大岩を攻略すると、洞窟をさらに先へと進んでいく。
大岩が飛び込んだ水場の少し手前には、右手側に横道があり、そちらに進んでいくことしばらく。
やがて──
「兄ちゃん、見て、外の明かり!」
リオが指さす道の先には、洞窟の出口らしきものが姿を現していた。




