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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第4部/第3章

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140/151

第140話

 石造りの大扉をくぐって、その先の洞窟を進んでいく。


 石扉の先にあった洞窟は、それほど狭くはなかった。

 身をかがめる必要もなく、道幅も二人が並んで歩けるほどだ。


 いきなりどんな罠に襲われても慌てないよう、俺は注意深く周囲を警戒しながら歩みを進めたが、特にこれといって襲い掛かってくるものもなし。


 そのまましばらく進んでいくと、ちょっとした広間に出た。

 そこに──


「兄ちゃん、でかいカニがいるよ」


「ああ、でかいカニがいるな」


 リオが指さした先には、巨大なカニが二体、待ち受けていた。


 どのぐらい巨大かというと、人間よりも大きい。

 ハサミを除いた差し渡しだけでも、俺が両手をいっぱいに広げたよりも大きいぐらいだ。


 ハサミも当然巨大だが、左右非対称である。


 右のハサミは特に大きくて、人の胴体を挟んで潰してしまえるほど。


 一方の左のハサミは小さめだが鋭利で、金属製の剣や斧にも匹敵する切れ味で、挟んだものを真っ二つにしてしまう威力を持つ。


 ジャイアントクラブという名称のモンスターだ。

 甲羅も硬くて、一般的な話で言うと、まあまあ強い。


「へぇ、さっそくの歓迎ってわけかい。──じゃ、ちょいと遊んでくるとしようかね!」


 マリーナが海賊らしく獲物の斧を振り上げ、二体のジャイアントクラブのうちの一体に向かって駆けていく。


 まあそっちは任せておいていいとして、残る一体をどうするかだ。


 一人、できれば実戦経験を積ませたい勇者がいるんだよな。


「アーニャ。やってみるか?」


「え……? は、はい。でも、みんなで協力して戦うんじゃないんですか?」


「ああ。俺たちとジャイアントオクトパス──『海の悪魔』との戦いは見てただろ? いまさら俺やうちの教え子たちがあれと戦っても、たいした経験にならないんだよ。それよりアーニャに実戦経験を積ませたい。本当に危なくなったら、助けに入るからさ──こいつらが」


「「「えっ」」」


 俺がリオ、イリス、メイファの三人を指して言うと、教え子たちは「聞いてないよ」という顔で俺を見てくる。

 まあ、言ってないしな。


「わ、分かりました、やってみます。──ポルコ村のアーニャ、行きます」


 アーニャは身の丈よりも少し長いぐらいの槍をくるんと回して両手持ちしてから、残る一体のジャイアントクラブに向かって駆けていく。


 それを見送りつつ、俺は教え子たちに指示を出す。


「リオ、イリス、メイファ。俺は周囲の警戒をしているから、アーニャのほうは任せるぞ。よーく見ていて、本当に危なくなったら助けてやれよ。でもなるべく手出しなしでな」


「「「は、はい」」」


 そうして普段と違うことをやらせてみると、リオ、イリス、メイファの三人とも緊張した面持ちで、アーニャの戦闘に集中し始めた。


 よしよし。

 最近のうちの子たちは戦闘能力が上がり過ぎて、今さら普通レベルの敵を相手にしても油断と増長にしかならないからな。


 一方でアーニャは、軽く組み手をしてみた感じでは、平均的なプロの勇者と比べてもまだまだ劣る実力だ。


 真面目で思い切りの良さもあり、このまま成長すればそれなりに伸びそうな気配は感じるが、今のところは年齢相応に未熟といったところだ。


 俺はアーニャの本来の教師ではないが、せっかくの機会なので育ててやりたい気持ちはある。

 特に自分の実力に見合った強敵との実戦経験というのは、なかなかに得難いものだ。


 アーニャが今後、村の守り手の勇者として成長するにあたって、今回の一連の騒動での実戦経験は、貴重かつ重要な体験となることだろう。


「──はぁああああっ!」


 アーニャはジャイアントクラブと接敵すると、その身体能力を活かして、大型のモンスターを相手に互角の戦いを繰り広げていく。


 少女は左右のハサミによる連続攻撃をどうにか回避しながら、隙を見て鋭い槍の一撃で硬い殻を貫き、あるいは距離を取って【炎の矢(ファイアボルト)】の魔法を放つなどして、徐々にジャイアントクラブにダメージを与えていく。


 だがそんな折──ジャイアントクラブが苦し紛れに振り回した右のハサミの一撃が、アーニャに直撃してしまう。


「うわぁああああっ!」


 大ハサミにぶん殴られ、大きく吹き飛ばされるアーニャ。

 壁に背中をしたたかに打ち付け、少女はがくっと崩れ落ちる。


「げほっ、げほっ……! ま、まだ……!」


 それでもアーニャは、すぐに起き上がろうとする。


 だがその膝が、ガクガクとふらついていた。

 スピードではアーニャに分があるが、一撃の破壊力はジャイアントクラブのほうがはるかに上のようだ。


 そうしてダメージに対応しきれずにいるアーニャに向かって、ジャイアントクラブはカサカサと移動していく。

 間が抜けているようでありながら、その速度は侮れない。


「アーニャ!」


 リオが叫び声をあげ、アーニャに駆け寄ろうとするが──


「こ、来ないでリオちゃん! まだやれる!」


「なっ……!」


 アーニャが叫び返したため、リオは途中で急ブレーキ、足を止める。


 一方のアーニャは、高速で迫ったジャイアントクラブの突進を、横っ飛びでギリギリ回避してから、自力で【癒しの水(ヒールウォーター)】の魔法を使用。


 そうして自らの負傷を癒すと、再びジャイアントクラブと交戦を始めた。


 アーニャの勇者としての実力は、派手さこそないが、武器戦闘能力に攻撃魔法、回復魔法など、一通りの基礎を最低限のレベルでは修めているという点に強みがある。


 職務の性質上、単身あるいは少人数で村を守らなければいけない村の守り手の勇者としては、なかなかに将来有望かもしれないな。


 そうして窮地を脱したアーニャは、やがて誰の力を借りることもなく、独力でジャイアントクラブを撃破することに成功した。


 硬い殻を何ヶ所も槍で貫かれ、あるいは炎で焼かれた巨大なカニは、ついにずぅんと音を立てて地面に倒れ、動かなくなる。


 その頃には、もう一方のジャイアントクラブを相手にしたマリーナもとっくに戦闘を終えていたが、俺の意図を汲んでアーニャの加勢はせずに見守っていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……はあーっ、はあーっ……つ、疲れたぁ……」


 戦闘を終えたアーニャは、その場にぺたんと座り込む。

 そのかたわらに、愛用の槍がからんと転がった。


 そこにマリーナが歩み寄って、アーニャに向かってニッと微笑みかける。


「やるじゃない、アーニャ。その根性と負けん気の強さは一流だよ。うちの船員にほしいぐらいさ。アーニャさえよければ、どうだい一緒に?」


「ありがとうございます、マリーナさん。でもせっかくのお誘いですけど、私は村の守り手として一人前になりたいので」


「そりゃあ残念。それじゃまあ、ひとまずこの冒険の間だけよろしくってことで」


「はい、こちらこそ。私だけ半人前ですけど、できるだけ足を引っ張らないように頑張ります」


 しゃがみ込んだアーニャと、その前に立ったマリーナが、互いに拳を突き出してコツンと合わせた。


 その一方で、リオ、イリス、メイファの三人が俺のもとに寄ってくる。


「はぁーっ、ドキドキしたぁ……。助けるなって言われたって、見てる側は怖いよ。オレが斬りに行けば一発なのにさ」


「私も、いつでも防御魔法を使える準備はしてましたけど、それでも怖かったです」


「……お兄さんの気持ちが、少しだけ、分かったかも。……お兄さん、ボクたちを敵と戦わせるとき、結構ハラハラしてた……?」


「最初の頃はな。でも最近は、お前たちのことは頼りにしてるよ」


 俺はリオ、イリス、メイファの頭を恒例行事のようになでていく。


 すると三人は、「にゃん」「にゃあ」「にゃあん」と猫のように鳴いて、申し合わせたようにごろごろにゃんにゃんと俺にすり寄ってきた。


 ぐっ……かわいいな、なんだこれ。

 俺を追い落とすための新手の作戦か……?


 なお防具着用状態はとっくに解除しているので、全員が水着姿である。

 やれやれ、俺でなければ即死だったな。


 一方、アーニャとマリーナはそんな俺たちの姿を見て、二人してジト目になっていた。

 残念ながら当然の反応と言えるが、見なかったことにする。


 それはさておき。

 ジャイアントクラブを倒した俺たちは、洞窟をさらに先へと進んでいくことにする。


 ちなみにだが、ジャイアントクラブは茹でて食べれば、若干大味ながらも身がたっぷりあってとてもうまい。


 できれば船に持ち帰って調理してみんなで食べたかったところだが、さすがに今はそうもいかない。


 食べないともったいないという想いを苦渋の決断で振り捨てて、俺たちは歩みを進めるのだった。


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