第139話
ジャイアントオクトパスを倒し、『魔の海域』を抜けたあとは、航海は順調だった。
俺たちがマリーナの海賊船に乗ってから、半日ほどの船旅を続けた頃、船はついに目的地へとたどり着く。
時刻は昼下がり、夕刻前といったところ。
穏やかな午後の日差しの下、船は一つの島へと到着する。
ただ島に到着したといっても、船が止まったのは砂浜だとかではない。
絶壁の岩山の下部にできた、大型の海食洞の内部だ。
地形的には、海神様の棲み処とも似ている。
「よぉし、ここで泊めな。岩礁に船をぶつけないように気をつけるんだよ」
海食洞の奥の行き止まりで、マリーナは船員たちに指示を出し、船を停泊させる。
ちなみにだが、マリーナは船員たちの反対を押し切って強引に『魔の海域』への侵入を決めたようだったが、それによって『海の悪魔』ことジャイアントオクトパスに遭遇してしまっても、海賊船の船員たちはマリーナから離反したりはしなかった。
俺たちがジャイアントオクトパスを退治したのち、マリーナは船員たちの前で神妙にあぐらをかき、「お前ら、あたいを船長として相応しくないと思うんなら、煮るなり焼くなり好きにしな」と啖呵を切ったのだが、船員の誰一人としてマリーナに危害を加えようとはしなかったのだ。
度を過ぎたことが起こるようなら俺も黙ってはいないつもりだったが、問題がなかったようで何よりだ。
ようはマリーナが、この海賊船の船員たちから、思いのほか信頼されているのだろう。
ともあれそんなわけで、船は海食洞の奥に停泊。
その横手にあった岩棚に、勇者たちが跳び下りていく。
俺と教え子たちとアーニャ、それにマリーナだ。
「よーし、それじゃあたいたちは、キャプテンミスリルの宝を探しに行ってくる。野郎ども、船のほうは頼んだよ」
『ういっす! いってらっしゃい、姐御!』
船員たちが野太い声で、気合の入った見送りの声をあげる。
なお屈強な男の勇者二人は、ほかの船員たちの護衛として船に残すという。
サハギンどもの動きが読み切れないので、やむを得ない采配だろう。
というわけで、マリーナと俺と教え子たち、それにアーニャという合計六人の勇者で、キャプテンミスリルの宝探しを開始することになった。
いやまあ、正直俺たちには宝探しに参加する動機は、実はあまりないのだが。
どっちにしろサハギンと遭遇しないことには手掛かりがないので、先に進めば何か進展もあるかもしれないという、希望的観測での行動ではあった。
俺たちは、船が停泊している横手の岩棚から、その先に続く狭い洞窟へと足を踏み入れていく。
手には【光】の魔法で用意した灯りを持ちつつ、だ。
人ひとりがどうにか通れるぐらいの狭い道を、マリーナのあとに続いて進みながら、俺は周辺の岩肌の様子なども観察していく。
「この洞窟、明らかに人の手が入っているな。【穴掘り】の魔法でも使って、掘り進めたのかもしれない」
「ってこたぁブレットさん、キャプテンミスリルの宝の隠し場所としては、この島のこの洞窟は間違いなくドンピシャってわけだね」
「だろうな。──っと、アーニャ、そこ足元に気を付けろよ」
「は、はい、大丈夫です。ありがとう、ブレットさん」
「あのさアーニャ、今のうちに言っとくけど、兄ちゃんに惚れたらダメだぞ。兄ちゃんの隣は、もうとっくに定員オーバーだからな」
「むぅー。先生の周りがいつも、気が付くと女の人ばっかりになってるのはどうしてだろう?」
「……イリス、それは多分、考えるだけ無駄。……お兄さんは、磁石みたいなもの」
勇者も六人いればかしましいとでも言えばいいのか。
思い思いに適当な話をしながら、洞窟を進んでいく。
ちなみに三人の教え子たちの発言にはいろいろと突っ込みたいところはあったが、キリがないので今はスルーしておくことにする。
そうしてしばらく、身をかがめながら狭い洞窟を進んでいくと、やがて開放的な大きな広間に出た。
やはり洞窟内であることは変わりないのだが、天井が高く、周囲も広い。
ホールというような表現が適切な雰囲気だ。
そのホールの一角には、石造りの大扉があった。
脇の壁には、何やら文字の書かれた石碑のようなものが据え付けられている。
好奇心旺盛なメイファが、とててっと近付いていって、その石碑に書かれた内容を読みあげていく。
「……えっと、なになに……『お兄さんの朝は早い。毎朝ボクたちがベッドで眠っている間に、ボクたちの下着を盗んでいく。犯行に抜かりはない。新品の下着と差し替えて、使用済みの──』って、痛い痛いっ! ギブ! ギブアップ……!」
俺はメイファの背後に歩み寄って、そろそろ恒例となった頭ぐりぐりである。
「書いてないよな、んん? 伝説の海賊キャプテンミスリルが、ピンポイントに俺を貶めるテキストをこんなところに残すわけないよな?」
「……ううっ……ちょっとした、冗談なのに……。……最近、お兄さんのツッコミが激しい……」
「お前のボケのほうがよっぽど激しいわ。……ったく」
俺は気を取り直して、石碑に記された言葉を読み上げていく。
そこにはこのように記されていた。
「えーっと──『此処に眠りし宝の資格、心優しき者たちの縁が抱く。二つの鍵を持たぬ者は立ち去るがよかろう』だそうだ」
と、読み上げてはみたが、正直ちんぷんかんぷんである。
扉やその周辺を見ても、鍵穴らしきものは見当たらない。
それどころか、石の扉はほぼ完全に真っ平で、取っ手が一つ付いているだけだ。
「なんだって、『資格』? 『二つの鍵』? んなこと言われたって、あたいは地図しか──」
そうぼやきながら、マリーナが石の扉にぐっと力をかけてみる。
すると──
──ゴゴゴゴゴッ。
石の大扉は、重厚な音をたてつつも、素直に開いてしまった。
「……ありゃ? 普通に開いちまったね」
「となると、この先に罠があるとかか? 正しい開き方をしないと、罠が発動して痛い目を見るみたいな」
「はっ。だとしても、ここで怖気づいて帰るようなら、あたいは海賊なんて稼業からはとっくに足を洗ってるさ」
マリーナはそう言って、止める間もなく、開いた扉の先へずんずんと進んでいってしまった。
一応、周囲の警戒はしながらのようだが、それにしても大雑把で大胆だ。
……あの娘、勇敢なのはいいが、いつかそのうちポックリ逝きそうなタイプだな。
うまいこと生き残れれば、将来的に相当強い勇者にもなっていそうだが。
ただそのあたりは、マリーナの中でスタイルも覚悟もすでに固まっているようなので、今さら俺がどうこう指導するようなものでもないよなと思う。
「おーい、ブレットさんたちも早く来なよ~。罠もないし、普通に道が続いてる」
さくさくとだいぶ先まで進んだマリーナが、まだ扉の前で躊躇っている俺たちに向かって、手を振りつつ声をかけてくる。
……何もないとすると、この石碑の内容はフェイクか?
いや、わざわざこんな場所を作って宝を隠すようなやつが、そんな真似をするとも思えないが。
だがひょっとすると、この入り口の扉の開き方ではなく、この宝の隠し場所全体に関するメッセージかもしれない。
いずれにせよ、この石碑に書かれている言葉の意味が分からない以上は、俺たちにできるのは進むか退くか、その選択だけだ。
こちらの戦力から考えて、よほどのことがなければ、大きな危険はないと思うが──
「うーん……兄ちゃん、どうしよう?」
「正直に言って、俺にも正解は分からん。リオたちはどうしたい?」
俺がそう聞き返すと、リオ、イリス、メイファの三人は顔を見合わせる。
そして互いにうなずき合うと、
「行きたい!」
「行ってみたいです、先生」
「……好奇心は、猫を殺す。……でも退屈は、人を殺す。……今は、猫になりたい気分」
と、三人とも乗り気のようだった。
でもメイファのそれは、死ぬんじゃないだろうか。
「アーニャはどうする? なんなら船で待っていてもいいが」
俺が最後の一人にそう聞くと、アーニャは少し考えるような仕草をしてから、こう答える。
「ブレットさんたちは行くんですよね? だったら私も。少し気になることもありますし」
「よし、分かった。じゃあみんなで宝探しといくか」
そんなわけで俺たちは、大扉をくぐり、その先へと踏み出していった。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
まともなダンジョン探索は久々なので、俺もまた、年甲斐もなく少しワクワクしていた。




