第136話
マリーナたちに協力して、宝の地図が指し示す場所に向かうことにした俺たち。
目的地へは、急げば半日ほどで到着できるらしい。
一方、俺たちのやり取りを見ていた海神様が、声を上げる。
『では、我はねぐらに帰るぞ。あとはその船で送ってもらうがいい』
「はい、ここまでありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
「……海神様、またね~。……海神様に乗った海の旅、楽しかった」
海神様をいつまでも付き合わせるわけにもいかない。
ここまで運んでくれただけでも感謝だ。
俺たちは、ざあざあと波をかき分けて帰っていく海神様を、手を振って見送った。
そんなわけで、新たにマリーナの海賊船に同乗して、海の旅を再開した俺たち。
しばらく船旅を続けた頃、俺たちに同行していた村の勇者見習いアーニャが、ふとあることに気付いた。
アーニャは海賊船の船長、マリーナのもとへと歩み寄る。
「あの、マリーナさん。その指輪は──」
「あん? 指輪って、あたいのしているこの指輪のこと? これがどうかしたのかい?」
マリーナの右手の薬指にはまっている指輪を見て、アーニャが呆然とした表情になっていた。
それからアーニャは、自らの手をマリーナの前に差し出してみせる。
その手にもまた、指輪がはめられていた。
アーニャの持つ指輪と、マリーナの持つ指輪。
二つの指輪は、よく似ていた。
まるで一対のペアリングのようだ。
「お……? あたいの指輪と似てるねぇ。あんたアーニャっていったっけ。その指輪、どこで手に入れたんだい?」
「これは私たちの村に、代々伝わる指輪です。歴代の勇者が所持することになっていて、私はお師匠からこれを引き継ぎました。返そうと思ったんですけど、お前が持っておけと言われて。村の伝承によると、これは昔、一人の海賊が命を助けられたお礼にと、村に置いていったものだそうです」
「へぇ、海賊がねぇ……。てことは、あたいのこれとも何かの縁があるのかもしれないね」
マリーナはそう言って、自らの右手を頭上に掲げてみせる。
太陽の光が反射し、指輪がきらりと光った。
しかしアーニャは、「いえ」と言って首を横に振る。
「そうなんですけど、そうじゃないんです。──もともと海賊が村に置いていった指輪は、二個で一対だった聞いています。それがある日、片方が失われて、片方だけが村に残ったと」
「……なんだい。あたいが村から奪ったとでも言いたいのかい?」
マリーナが険悪な目つきでアーニャを睨みつける。
だがアーニャは、再び首を横に振る。
「違います──その指輪は、私がまだ幼い頃に海で行方不明になったという、私の姉とともに失われたものなんです。ひょんなことから、姉がその指輪を手にしたまま海で遊んでいたときに、いつの間にか村の大人の目を離れていなくなったと。姉はそのまま見つからず、村ではもう、私の姉は死んだことになっています」
「ん……? そりゃあ一体、どういう……。だってこの指輪は、あたいの親父からもらったもんだよ。親父はもうおっ死んじまって、あたいが代わりにこの船の船長を引き継いだんだけど──」
「分かりません、分かりませんけど……私のお姉ちゃんがもし生きていたら、マリーナさんぐらいの歳だろうなって、そう思うんです……」
「んあ……? それって……」
アーニャはうつむきがちにマリーナを見つめ、マリーナは困ったようにぽりぽりと頭を掻く。
言われてみれば確かに、アーニャとマリーナは、顔立ちなどが少し似ているかもしれない。
だとしたら、なんともまあ、数奇な巡り合わせだ
「なぁ兄ちゃん、何の話してんのあれ?」
リオが寄ってきて聞くので、俺はちょうどなでやすい場所にきたその頭を、なんとなしになでる。
「ふにゅっ」と、ほのかに心地よさそうな声を上げるリオ。
「アーニャとマリーナは、生き別れの姉妹なんじゃないかって話だよ」
「へっ……? ──えぇえええっ!? マ、マジで……!? そう言われてみればあの二人、見た目は結構似てるかも……。でもなんで……」
「ということは、先生、この海賊船の前の船長さん──マリーナさんが『親父』と呼んでいる人が、海で事故に遭ったマリーナさんを拾って、育てたっていうことでしょうか……?」
イリスも俺の前に寄ってきて、上目遣いに俺を見上げて聞いてくるので、俺はイリスの頭もなでる。
「多分そういうことだろうな。本当のところは分からないが、そう考えると符号はする」
俺の返事を聞きながら、イリスは「にゃあっ」と気持ちよさそうに鳴いた。
それにしても、教え子たちの頭をなでるのが、どうにも癖になってしまっているな。
うちの子たちは嫌がらないというか、むしろなでられるのが好きみたいだからいいが、ほかの相手にもつい同じノリでやってしまいがちなのが怖いところ。
ちなみにメイファは何の脈絡もなく「……ボクも、お兄さん」などと言って俺の海パンの裾をくいくいと引っ張ってきたので、ついでになでてやると、「……ん、これこれ」といって満足げにしていた。
それはさておき。
当のアーニャとマリーナはというと──
どうやら、お互いにそれ以上は踏み込まずに、話をうやむやにしたようだった。
マリーナが船員に呼ばれてそっちに向かい、アーニャが俺たちのほうへと戻ってくる。
「アーニャ、いいのか?」
「はい。──ていうか、いまさらお姉ちゃんだ妹だっていっても、向こうも実感が湧きませんよね。本当にそうかどうかも分からないですし。私だって、もしかしてと思ったから言ってみただけで。冷静に考えてみたら、それは普通こうなるよなーって」
どうやらアーニャの中で整理はできているようだ。
ならばどうこうは言うまい。
さて、そんなことがありながらも、航海は続いていく。
すると次には、こんな話があった。
「けど姐御、本当に『魔の海域』を突っ切るつもりですかい?」
甲板上でマリーナ船長に向かってそう言ったのは、例の屈強な男の勇者のうちの一人だった。
それを聞いたマリーナは、少し不機嫌になってそいつを睨みつける。
「なんだい? あたいの決めたことに文句でもあんの? この船の今の船長は誰だい、言ってみな」
「そりゃ姐御ですけど。でも先代からは、『魔の海域』には絶対に踏み込むなって言われてたじゃないっすか。一回はうまくいきやしたけど、そう何度も危険域に突撃していたら──」
それを聞いたマリーナは、チッと舌打ちをして、それから苛立たしげに足踏みをする。
「もう一度だけ聞くよ。この海賊船の、今の船長は誰だい?」
「あ、姐御です……」
「じゃあ今、この船の航路を決めるのは誰だ。親父──先代の船長か?」
「……すんません。姐御です」
「分かりゃいいんだよ。ほら、持ち場に戻りな」
「へい……」
男は肩を落として、とぼとぼと持ち場に戻っていく。
俺は、その勇者のところに行って話を聞いてみた。
「あの、『魔の海域』っていうのは、なんなんです?」
「ああ、お客人。俺たち海賊の間に、昔っから伝わる伝承でしてね。これから向かう『魔の海域』には、絶対に近付いちゃならねぇって言われてんでさぁ。なんでも『海の悪魔』が出て、あっという間に船を沈没させちまうってぇことで」
「『海の悪魔』……? それは確かな話なんですか?」
「いえ、言い伝えっすよ、お客人。ただどの船もそこを避けて通るもんで、真相は分かりやせん。度胸試しに『魔の海域』に行くって言ってた船が、それっきり姿を見なくなったってぇ話は今でも聞くんすけどね。それも酒の席の話なんで、ホラかも分かりやせんけど」
なるほど。
俺はさらに、マリーナにも話を聞きにいく。
するとマリーナは、遠くの海を見るようにして、こう言ってきた。
「あたいだってそのぐらいは分かってるさ。けどその手のは、だいたいが迷信だとあたいは思ってる。あたいらがキャプテンミスリルの宝の地図を手に入れられたのも、似たような言い伝えのせいで誰も近寄れなかった海域を攻めたからさ」
マリーナはそこで一息つき、さらに鋭く船の前方を見据えながら言う。
「それに何より、『魔の海域』を避けて大回りしていったんじゃあ、時間を大幅にロスしてサハギンどもに先を越されちまう。ブレットさんだって、現地についてみたらサハギンどもはすでにお宝を持ち去った後で、もぬけの殻だってんじゃあ困るっしょ?」
「まあ、それはそうだな」
「でしょ? それにあたいはこう思ってるんだ。『魔の海域』だの何だのってのは、かのキャプテンミスリルが、自ら流したデマなんじゃないかってね。迷信を恐れて冒険ができない臆病な海賊にゃあ、宝は手に入らないって寸法さ」
なるほどな。
マリーナの言うことにも、一理はあるように思う。
「ちなみにマリーナ船長、その『魔の海域』に現れる『海の悪魔』ってのは、具体的に何だか分かるか?」
「あー、言い伝えだと、めちゃくちゃでっかいタコだかイカだかって話だね。んなもんいやしないと思うけどさ」
ということは、実在したとしてジャイアントオクトパスか、クラーケンってあたりだろうな。
いざとなっても、どうにかはなるか。
俺はちらりと教え子たちのほうを見る。
水着姿のリオ、イリス、メイファ、アーニャの四人は、甲板上で楽しげに話をしていた。
アーニャはともかく、うちの三人娘と、それに加えて俺がいれば、この世界に存在するたいていのモンスターはどうにかなっちまうんだよなぁ……。
それにマリーナ船長の言うことも分かるし。
一刻を争う状況で、遠回りをしていられないのも事実だ。
ならばと考え、俺は航路に口出しはしないことにした。
そして俺たちの乗った海賊船はやがて、『魔の海域』と呼ばれる地帯へと進んでいく──




