第125話
活動報告にてカラー口絵公開です。
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磯の香りのする潮風を浴びながらシーフィードの街並みを歩いていると、やがて目的の宿へとたどり着いた。
予約しておいた宿は、一階部分が食堂兼酒場、二階と三階部分が宿泊用の部屋になっているという典型的な旅行客向けの宿屋だ。
俺はフロントでチェックインをしてから、食堂へと向かう。
食堂の一角には、六人掛けのテーブルでお茶を嗜んでいる、一人の見知った女性の姿があった。
ポニーテールの赤毛と、眼鏡がチャームポイント。
待ち合わせの相手、アルマだ。
俺は元同僚の女性教師に、片手を上げて挨拶をする。
「よっ、アルマ。会うのは久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「あっ、ブレット先生、久しぶり♪ しばらく会えなかったから、あたしは寂しかったよ~。リオちゃん、イリスちゃん、メイファちゃんも元気だった? それに……えっと?」
アルマが俺の後ろを付いてきた、もう一人の人物──セシリアを見て、首を傾げた。
俺はアルマに、連れのことを紹介してやる。
「俺の魔王ハンター時代の先輩で、世界でも有数の凄腕勇者であるセシリアさんだ。“鋼の聖騎士”セシリアって聞いたことないか?」
「いぃいいいいっ!? ……は、“鋼の聖騎士”セシリアって、あの超有名人の!? え、な、なんでそんな人が……もう一人連れてくるとは聞いてたけど……」
慌てて席から立ち上がったアルマは、口をパクパクさせて驚きの表情を見せる。
「いや、このあいだ偶然出会ってさ、ひょんなことから今、うちで一緒に暮らしてるんだよ」
「はぁあっ!? い、一緒に暮らしてるって……ブレット先生と、このモデル体型の美人で凛々しいお姉さんが、ひとつ屋根の下で暮らしてるってこと……? それって、つまり……け、けけけ、結婚──」
「いやいや、違うって、早合点するな。そういうんじゃなくて、もっと普通に──つっても、なんて説明したらいいかなぁ……」
さっそく勘違いを始めたアルマに、俺は慌てて待ったをかける。
しかしまいったな、どう説明したものか。
どうしてこうみんな、環境で男女の関係を決め付けたがるかな。
と、俺が困っていると。
後ろから当のセシリアが、俺の肩にポンと手を置いてきた。
「ブレットくん、アルマさんには私から、直接説明をするよ」
「あー、そうですね……。その方がいいかも。お願いします、セシリアさん」
ヴァンパイア騒動の話を最初からしないと、アルマに理解してもらうのは難しいかもしれない。
俺はセシリアに説明を任せることにした。
セシリアはアルマの前まで歩み寄ると、握手を求めて右手を差し出した。
「魔王ハンターのセシリアだ。アルマさんだったね、ブレットくんから話は聞いているよ。彼の王都での教員時代の、同僚教師だそうだね」
「あ……は、はい! 勇者学院教師の、アルマです。お会いできて光栄です、セシリアさん。よ、よろしくお願いします」
アルマは差し出された手をおずおずと握り、ポーっと頬を赤らめる。
セシリアは男性並みの長身なので、アルマが少し見上げる形だ。
まあ、アルマがあんな感じになるのも、分かる気はする。
セシリアは同性から見ても、格好よく見えるところはあるだろうからな。
……いや、その本性を見せなければの話だが。
一方のセシリアは、そんなアルマに対して、女性をも虜にする男優顔負けの微笑みを浮かべて言う。
「ああ、こちらこそよろしく、アルマさん。それで、私とブレットくんの関係について、だったね」
「は、はい。ブレット先生とセシリアさんとは、どういったご関係なんでしょうか……?」
憧れの人へと向けるような、アルマの視線。
セシリアは彼女の質問に、こくりとうなずいて答える。
「うん。私とブレットくんの今の関係は、そうだな──一言で言うならば『召使い』と『ご主人様』かな。私は彼の言うことならば、どんな外道な要求でも呑まなければならない立場にある。だからもっと言えば、私は彼の『奴隷』とも言えるね」
「へぇー、そうなんですか。じゃあセシリアさんは今、ブレット先生の奴隷……って、はい?」
アルマが首を傾げた。
そして俺は、がっくりと肩を落とした。
セシリアのやつ、間の説明を綺麗にすっとばしやがった……。
俺はセシリアの片手を、がしっと掴む。
「……セシリアさん、ちょっと」
「ん……? な、なんだいブレットくん? ……いや、確かに私はキミの奴隷といって過言ではない立場だが、さすがにこんな公の場で強引に事を運ばれるのは、私としても心の準備が──」
「黙れポンコツ。いいから来い」
俺はセシリアの手を引っ張って、食堂の端に連れていって説教をした。
一方で、首を傾げたまま半笑い状態のアルマには、リオたちが歩み寄ってポンポンと肩を叩く。
「アルマ姉ちゃん、そのことはオレたちから説明するよ」
「……ダメな大人たちに任せておくと、話が前に進まない」
「あはは……セシリアさんも、本当はすごい人のはずなんだけどね」
アルマもリオたち三人から説明を受けて、最終的には理解してくれたようだった。
まったく、ちょっと油断をすると俺の社会的尊厳が脅かされるのは、どうにかならんものだろうか。
***
ひととおり話が落ち着いてから、みんなで食堂のテーブルについた。
適当に軽食を注文してから、話を再開する。
「ふぅん……つまりセシリアさんは、そのヴァンパイアロード退治のときにみんなに迷惑をかけたから、その罪滅ぼしとしてブレット先生たちにご奉仕をしていると、そういうわけですか」
アルマはリオたちから聞いた話をまとめて、そう確認する。
対面の席に座ったセシリアが、それにこくりとうなずいた。
「ああ。勇者としての私は、ブレットくんたちが救ってくれなかったら、あそこで死んでいたのだしね。いくら感謝と奉仕を尽くしても足りないぐらいなんだよ」
セシリアはそう答えて、運ばれてきた紅茶を優雅に嗜む。
やっぱり見た目だけだと様になるんだけどな、この人……。
一方でアルマはというと、それを聞いて大きくため息をついた。
「はぁ~っ……ていうか、ヴァンパイアロードって……。ブレット先生たちが、そんな国が一つ二つ消し飛ぶレベルの伝説級の魔王と交戦して、いつの間にか倒していたなんて……。そんなとんでもないことが起こっていたなんて、あたし全然知らなかったよ……」
「まあ勇者学院の方には、その辺の情報は回らないかもな。あとヴァンパイアロードを倒したのは俺たちじゃなくて、“魔帝”マヌエルと“武神”オズワルドの最強魔王ハンタータッグだよ」
俺が横から訂正すると、それを聞いたアルマは頭を抱える。
「にしたってさぁ……異次元すぎるぅ~! どこの世界に、教え子と一緒にヴァンパイアロード退治に参加する勇者学院の教師がいるんだよ……聞いたことないよそんなの……」
「いや、だってしょうがないだろ。あのときは状況が状況だったんだから。あそこで前に踏み出さなかったら、ヴァンパイア化したセシリアさんだって元に戻れなかったと思うぜ」
「うん……責めてるわけじゃないからね……。あまりに非常識すぎる世界が展開されていることに、驚いて呆れているだけだからね……。ていうかどうしてあたしは、こんなとんでもない人たちと海水浴に来ているんだろう……あたしだけ凡人……」
「海水浴を楽しむのに、勇者としての能力は関係ないだろ。だいたいアルマ、お前も勇者って時点で凡人じゃないからな」
「そりゃあそうですけどね……。そういうのって、能力のある人だから気兼ねなく言えるんでございますよ。そこんところお分かりですかね、ブレット先生?」
アルマは不貞腐れたように、しかし同時に冗談めかした様子も混ぜながらそう言ってくる。
別にそんなには気にしてないよ、というサインだろう。
実際、能力の高低なんてものは、どこまでいっても上には上がいるってだけの話だから、気にしすぎてもしょうがない。
というのはまぁ、俺自身に向けるべき話でもあるのだが。
しかも、「とりわけ能力の高い者は、それなりの義務や責任を伴うとすべきだ」とかいう類のノブレス・オブリージュの派生みたいな議論もあって、能力がある者も良いことばかりではない──というようなことを言うと、またアルマに怒られそうだな。
でもそう考えると、うちの子たちにもそのうちに、この子たちが倒すべき宿敵みたいなものが現れたりするんだろうか。
俺はリオ、イリス、メイファの三人へと視線を向ける。
おやつをパクついている三人は、不思議そうな顔で俺を見つめ返してきた。
相変わらずクッソかわいい……じゃなくって。
こいつらが立ち向かうべき大きな何かに出遭ったとき、俺はどこにいるのだろうか。
今と同じようにこいつらを守り、教え育てる立場にいるのか。
それとも──
……なんて、たられば話を考えていてもしょうがないか。
俺たちがするべきことは、いつも決まっている。
過去や将来のことを思い悩むのではなく、今このときに向かって全力を尽くすことだ。
そんなわけで、俺はおやつを頬張る子供たちに声をかける。
「よし、それじゃお前ら、一休みしたら水着を買いに行くぞ」
「「「やったーっ!」」」
だから今はこれからの海水浴を、全力で楽しむことに注力しよう。
なんかちょっと違う気もするが、きっと気のせいだろう、うむ。




